117 / 231
第五章 欲望
5-6 姮娥の邸へ
しおりを挟む竜虎と清婉、そして偶然出会った朎明たちは、都の外れ、竹林の中にある姮娥の邸に向かいながら、都の事に関して知っていることを話し合っていた。
朎明は口数が少ないが、質問にはしっかりと答えてくれた。もちろん話せる範囲で、だ。
姮娥の一族には姮娥の一族のやり方があり、部外者に知られたくないこともあるだろう。それを理解した上で、竜虎は言葉を選んで訊ねる。
「それで、薊明宗主の具合は?他の術士たちは?」
歳の近いふたりは、最初こそ敬語だったが、途中からはそれぞれ話しやすい話し方に変わった。
道を案内をするため前を歩く朎明の足が、ぴたりと止まる。少しして竜虎たちの足も止まる。
「母上には会えていない。姉上は問題ないと言うけれど、実際その姿を見ていないから、断言はできない」
「蘭明殿が言うなら心配ないんじゃないか?」
別に楽観的に言っているのではなく、噂に聞く宗主の長女蘭明は、聡明なだけでなく人当たりも良いので、公子たちの間でも評判が良かった。
実際、竜虎も何度か言葉を交わしたことがあったが、いつでも優しく笑みを浮かべている、おっとりとした美しい女性だった。
逆に、目の前にいる朎明は、あまり表情が変わらず言葉数も少ない、寡黙な美人という感じだ。
特に目元が宗主にそっくりで、背も竜虎とほとんど変わらない。
白笶を女性にしたような感じと言えば、想像がつくだろう。今日はだいぶ話している方だ。
いつもは姉や妹の言葉に頷いているか、短く答えるくらいで、無口というか大人しい印象がある。
弓の腕が五大一族の中で一番優れており、三姉妹の中で唯一、姮娥の一族の特別な力を受け継いでいた。
つまり長女の蘭明ではなく、次女である彼女が、次期宗主候補なのだ。
「君は、あんなところで何をしていたんだ?」
「······私は、」
朎明は身体半分だけ後ろを向いて、そのまま視線を地面に向ける。何か言いたげなのが解るが、話しづらいのだろうことも見て取れた。
「俺たちでよければ力になれるかもしれない。白群の白笶公子も一緒なんだ。邸の前で合流する。その時まででいいから、考えておいて欲しい」
「······解った」
朎明は再び前を向き、止めていた足を再び動かす。陽も暮れ始め、外は薄暗くなってきていた。
清婉はそんなふたりのやり取りを黙って見ていた。公子たちの話に従者が割り入るのは本来は禁じられている。
そもそも公子たちと普通に言葉を交わしていること自体、あり得ないことなのだ。
無明たちがあんな感じで、白群の人たちも気軽に話しかけてくれていたので、清婉は随分と長い期間忘れていた。
(無明様たちは、従者である私をなぜか守ってくれる。私が彼らにしてあげられることは、あまりないけれど、)
それでも、彼らが怪我をしたり、悲しい想いをするのだけは嫌だった。無明を蔑んでいたあの日々を、時間を戻せるならやり直したい。
だが時間は戻らないから、それ以上に尽くすことで少しは許されるだろうか。
(いや、許すも許さないも、無明様にはないのかも······)
そもそもそのことについて、無明は「反応が面白くて、つい、」と言っていたのだ。それが本音かどうかは解らない。
(竜虎様も、危険を承知で、自分を盾にして守ってくれたし、)
あの巨大な黒蟷螂のことを思い出すと、今でもぞっとする。足手まといにはなりたくない。そんな気持ちが清婉の中で大半を占めていた。
それでも、ついて行くと決めたのだ。物理的には無理でも、違う意味でふたりを守れるように。
あの日、碧水の市井で雪鈴と雪陽に貰った、白い鞘に銀の装飾の付いた守り刀を胸元で握りしめる。
お守り代わりにと貰ったその守り刀が、なんだかずっしりと重く感じた。
この時の清婉は、人ひとりを守るということが、どれだけ大変であるかを知らなかったのだ。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください


淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
学園の天使は今日も嘘を吐く
まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」
家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる