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第五章 欲望
5-3 竜虎と少女
しおりを挟む夕刻まであと一刻半ほど。
無明たちは姮娥の一族の邸に向かう前に、都の状況を把握するため、無明と白笶、竜虎と清婉の二手に分かれた。
二手に分かれたのは都の状況を見て回るためだけではなく、無明が白虎の所へ行く口実を得るためであった。もちろん、民からの話も重要なので、情報収集という意味では大事な役割を担う。
竜虎と清婉は人ひとり見当たらない市井を歩き、固く閉じられた二階建ての宿の扉を叩く。
低い建物が多い中、数少ない大きな建物であったが、後ろに広がる竹林の竹はそれ以上に背が高く、ここから見上げると、宿の屋根の上に緑の葉が生えているように見える。
「すみません、だれかいらっしゃいますか~」
清婉が竜虎の代わりに声を張って呼びかける。とんとんと扉を叩いても反応がなかったからだ。
「旅の者なのですが、少しでかまわないので、お話をお聞きしたいのですが~」
少し間をおいて、奥の方から足音が聞こえてきた。扉は開くことはなかったが、隔てた先で「旅のお方でしたか、このままでよろしければ、」と中年の上品な口調の女性の声が返ってきた。
「私たちは紅鏡から来たのですが、玉兎の都は一体どうしてこんな状態になってしまったんです?」
清婉が続ける。竜虎は先に話し合い、何をどう聞くかを打ち合わせていた。
こういう状況なので、やんわりとした口調の清婉の方が、相手に対して警戒心を抱かせにくいだろうと考えての事だった。
「せっかく紅鏡から来てくださったのに、なんのおもてなしもできず申し訳ございません。私の知っていることでしたらお話致します」
「ありがとうございます。途中立ち寄った皓月村で耳にしたのですが、数日前から疫病が流行っているとか、」
「······いいえ。正しくは、もっとずっと前です。確かに都がこのような状態になってしまったのは数日前ですが、始まりは十数日前。半月経たないくらいでしょうか。最初は誰もそれが疫病だなんて思ってもいませんでした」
女将らしき女性は嘆息し、疲れた声で話し出す。
彼女の話を聞いていくつか解ったことがある。
ひとつは、都がこんな風に廃都のようになってしまったのは、姮娥の一族の宗主と数名の術士が倒れてから。それが数日前の話。
十数日前、最初にその症状を発症させたのは、とある商家の夫婦であること。
都中に広まっている疫病だが、全員が罹っているわけではなく、女将のように無事な者もいるそうだ。
そしてそれとは別に、ひと月半ほど前から、もうひとつ不可解なことが起きていたことも。
女将から話を聞き終わったふたりは、無明たちと落ち合う約束をした、都の外れにある姮娥の一族の邸の近くへと向かうことにした。
「この先の道を曲がって、そのさらに先を左に、いや右か······、」
白笶が書いてくれた簡易的な地図を手に、人ひとりすれ違うことのない広い路を歩く。
目線を下に向けたまま、塀に沿って歩いていた竜虎がその角を曲がろうとしたその時、強い衝撃と共に、視界が一瞬真っ暗になる。
「うわぁっ!?」
「——————っ」
どん、と額同士がぶつかり、その衝撃でお互いが地面に尻をついて倒れた。
「竜虎様、大丈夫ですかっ!?そこのお方も!お怪我はありませんかっ!?」
後ろを歩いていた清婉は美しい建築物や趣のある建物をきょろきょろと眺めていたため、その瞬間を見ていなかった。
なので、視界を戻した時には二人が路の角で、尻もちをついて座り込んでいる姿が飛び込んできたのだ。
「す、すまない、考え事をしていて······不注意だった。平気か?」
額を涙目で抑え、反対側にいる少女が途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「い、いや俺の方こそ。そちらも大丈夫ですか?」
相手に訊ねながら、同じく額をさする。痛い。ものすごく、痛い。
視界が戻って来た竜虎は、目の前に座り込んでいる少女を見て、さらに驚く。
その少女は、薄茶色の髪の毛の横のひと房をそれぞれ編み込んでいて、後ろで残りの髪の毛と一緒にひとつに纏めており、紫色の小さな花がふたつ付いた簪を付けていた。
月のように冴え冴えとした灰色の瞳と目が合う。
右目の下に小さな黒子があり、秀麗だがどこか冷淡そうな顔立ちをしていた。紺青色の上衣下裳。藍色の広袖の羽織。
両耳に小さな銀の輪の耳飾りをしており、薄桃色の紅が映える。首から下げた琥珀の玉飾りが、紺青色の衣裳に浮いて見えた。
竜虎は目の前の少女を知っていた。
「君は確か······、」
少女もまた、竜虎の顔を見て気付く。
「はい、姮娥の一族、宗主の次女、朎明です。竜虎殿、ご挨拶申し上げます」
慌てることなく冷静に態勢を整え、跪いたままの格好で腕を囲い、揖する。
竜虎も同じように挨拶を交わすが、目の前の少女の赤くなっている額が気になって、それどことではなかった。
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