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第五章 欲望
5-1 三日前、地下牢にて
しおりを挟む――――三日前。
玉兎。姮娥の邸内。地下の結界牢。
「姉様、出して!どうしてこんなことっ」
信じられないという顔で少女は声を荒げる。見上げた先にある、にこやかなのにどこか冷たい眼差しに、愕然とした。まさか、身内であるはずの姉に牢に入れられるとは思ってもみなかった。
「お止めなさい、椿明。何を言っても無駄よ」
「母上、どういう意味ですか?」
先に捕らえられていただろう、母であり姮娥の宗主である薊明が、力なく言葉を紡ぐ。
「すべてはこの子のせいで起こったことだからよ」
え?と三女の椿明は人形のように大きな眼を瞠った。
癖のある肩までの薄茶色の髪の毛は、右のひと房だけ三つ編みにしており、赤い椿の耳飾りを付けていた。
紺青色の上衣下裳に藍色の広袖の羽織を纏っている十二歳の少女は、表情が豊かで、今も疑問だらけの顔で宗主と姉を交互に見やる。
「それは言いがかりですわ、母上。すべての原因は母上、あなたにあるというのに」
「だから、何度も説明しているでしょう?どうして理解できないの?」
青白い顔をした薊明は、疲れた声で娘である蘭明に問いかける。
薄茶色の長い髪の毛を頭の天辺で大きなお団子にし、その周りをぐるりと一周するように三つ編みにして留めている。
そこに銀の装飾が付いた簪をふたつ斜めにさしていた。冷たそうな切れ長の灰色の瞳が、落胆の色を浮かべている。
迫力美人で、全体的に冷たい雰囲気を纏っている宗主は、女性にしては低めの声で、刺々しさがある。
椿明と同じ紺青色の上衣下裳、藍色の広袖の羽織を纏っており、胸元に瑠璃色の玉が付いた首飾りをしていた。
耳には薊の耳飾りをしている。
「いい訳は結構ですわ」
「蘭明!」
どうして解らないのか、と。
十数日前。突然、都中に広まった謎の疫病。原因であろう特級の鬼である病鬼を数日後にやっと見つけたが、民を庇い、共に鬼を追い詰めていた術士数人と、自らも病に罹ってしまったのだ。
その疫病は、罹るとまずは倦怠感が出て、力が入らなくなる。
その後、身体中に青紫色の斑点が表れ始め、熱が下がらない状態が続く。今のところ亡くなった者はいないが、感染力が高く、どの薬も効かないため改善策がない。
姮娥の邸に戻った後、宗主と術士たちは倒れた。術士たちがどうなっているかは解らないが、宗主だけは目覚めるとあの斑点は消えており、代わりにこの結界牢に入れられていたのだ。
その時に牢を挟んで目の前にいたのが、他でもない蘭明だったのだ。
薊明が囚われてからさらに数日経っているので、都中に疫病が広がっていてもおかしくなかった。
一方、椿明と言えば、たまたま地下牢に入っていく蘭明を目にし、その好奇心から後を追った結果、この結界牢に囚われている母を見つけてしまったのだった。
椿明は、自室で療養していると聞かされていた母が、なぜこんな所にいるのか、という驚きがますひとつ。
続いて、後をつけていたはずの蘭明に宝具で眠らされ、気付いたら牢の中にいたことに、さらに驚いたのだ。
「大人しくしていれば良かったのに、好奇心が仇となってしまったようね」
おっとりとした口調で、六つ上の長女の蘭明はくすくすと笑う。
優しく柔らかいその表情は美しいが、その愛らしい灰色の瞳の奥は、氷のように冷ややかだった。
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