104 / 231
第四章 謀主
4-18 お世話になりました
しおりを挟む黒い広袖の羽織に腕を通し、金の糸の刺繍が入った黒い帯の上に飾られた、臙脂色の長綬と左右に垂れている短綬を整える。
羽織の中の上衣は赤く、黒い羽織によく映える。左右の袖の下に、銀の糸の刺繍で描かれた二匹の胡蝶と、山吹の花枝の模様も美しい。
清婉はその上等な衣裳を纏った無明に、感動していた。
「無明様、良く似合ってますよ!」
「ありがとう、俺もすごく気に入ったよ」
いつもの赤い髪紐をしっかり結って、背中に垂れた黒髪を梳きながら、清婉はうんうんと頷いた。本当にお世辞など抜きで良く似合っていて、寸法もぴったりだった。
「麗寧夫人は、お前を相当気に入ったみたいだな」
「俺もお礼をしたかったんだけど、たくさんもらったからいいって言われた。俺、一緒に遊んでただけで、なんにもあげてないんだけどなぁ」
ふふっと清婉は本当に解っていない無明に、そういう意味じゃないと思いますよ、と遠回しに教えてやる。一足先に準備を終えていた竜虎は、やれやれと肩を竦める。
竜虎は金虎の一族が纏う、袖と裾に朱と金の糸で描かれた何かの陣のような複雑な紋様が入った白い衣を羽織っている。
上衣も下裳も白。帯は上下の縁が金色で、長綬と短綬は黒だった。
長い前髪は真ん中で分けられており、他の髪の毛は頭の上でしっかり結って、銀の髪留めで纏めていた。
「はい、これでふたりとも準備は完了ですね。忘れ物はありませんか?」
綺麗に片付けられた部屋の中を見回して、ここで過ごした日々を思い起こす。このひと月半、長いようで短い時間だった。
ここにやって来た日のことを思い出す。厳しかったが、充実していた修練も、白冰との研究も、雪鈴や雪陽との共闘も。これからも共に旅を続ける白笶との関係も。
すべてが、大切な時間だった。
(お世話になりました)
竜虎は別邸の入口で腕を囲い、頭を下げて儀式的な挨拶をする。それを見たふたりも、同じように最後の挨拶をする。
「よし、行こう」
うん、と無明は大きく頷く。清婉も荷物を背負い、後に続く。渡り廊下を歩き、本邸の方へと向かう。
白群の人たちには夕餉の時に一度挨拶をしたが、最後に宗主や白冰たちと広間で会うことになっていた。
広間の前に最小限の荷物を持った白笶が立っていた。一緒に中に入れば、白漣や白冰、麗寧夫人、雪鈴と雪陽、そして内弟子たちまでも揃っていた。
全員が宗主を真ん中にして綺麗に並び、無明たちに対して、同時に腕を前で囲い、揖する。顔を上げて、白漣は白笶に視線を向ける。
「白笶、金虎の公子殿たちをしっかりとお守りするのだ」
「はい」
白笶はその命に応じ、跪いて頭を下げた。
「必ず、この身に代えても守り抜きます」
それは大袈裟じゃないか?と他の内弟子たちは心の中で皆思っていたが、誰一人として顔にも口にも出さなかった。
「無明ちゃん、元気でね?怪我には気を付けて、」
「うん、麗寧夫人も」
夫人は我が子を旅に出す母親のように、涙目になりながら無明の衣裳をそっと整えてやる。とても離れがたい気持ちが伝わってきて、胸の辺りがじんわりとあたたかくなる。
「清婉殿、」
「雪鈴殿、雪陽殿、昨日はありがとうございました。頂いたもの、一生大切にします」
「寂しくなる」
「そうだね、でも、またきっと会えますよね?」
泣き出しそうな笑みを浮かべて、雪鈴は清婉を見上げてくる。
もちろんです!と大きく頷いて答えた清婉を囲むように、ふたりは同時に左右から抱きついた。
厨房で一緒に働いていた内弟子たちも数人集まってきて、皆がそれぞれ別れを惜しむ。
竜虎の周りにも一緒に修練をした内弟子たちがひとりひとり挨拶を交わしていた。
「竜虎殿なら、きっとすごい術士になるよ」
「俺たちも負けてられないなっ」
「いつか一緒に妖退治ができたらいいなぁ」
毎日の修練で共に過ごした日々は、知らず知らずのうちに結束を強めていた。
「ああ。俺はもっともっと強くなる」
竜虎は仲間に誓うように、拳を握り締めて胸元に掲げ、大きく頷くのだった。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
学園の天使は今日も嘘を吐く
まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」
家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった
たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」
大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる