彩雲華胥

柚月なぎ

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第四章 謀主

4-16 届け物

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 明け方、無明むみょう白笶びゃくやと共に玄冥山げんめいさんの玄武洞へと足を運んでいた。

 昨夜から降り続いていた雨は止んでいたが、足元がぬかるんで歩きにくい。朝露に濡れた道端の葉が、太陽の光を浴びてキラキラと輝いて見えた。

 澄んだ空気の中、白笶びゃくや無明むみょうの歩幅に合わせてゆっくりと並んで歩いていた。

 無明むみょう白笶びゃくやの左側を歩くのが癖になっていた。

 会話はいつもの通り、無明むみょうがほとんどひとりでしゃべっているような状態だが、それを見つめる眼差しはどこか優しく穏やかに見えた。

 途中からは白笶びゃくやに抱き上げられ、玄武洞のある場所まで飛んでいく。

 碧水へきすいの地が端まで見渡せるかのような絶景に、無明むみょうは思わず声を上げていた。

 晴れ渡った空もそうだが、壮麗な湖水の都は、運河も含めてひとつの景色として素晴らしい眺めだった。

「おはよ、無明むみょう白笶びゃくや

 玄武洞の入口に立って、ひらひらと優雅に手を振っている逢魔おうまは、ふたりの名を呼んでにこやかに挨拶をした。

 隣には彼より背の低い太陰たいいんが、腕を囲って揖し、礼儀正しく迎えてくれた。

「おはよう!ごめんね、急に押しかけて。頼みたいことがあって、白笶びゃくやに連れて来てもらったんだ。でもよく来るのがわかったね?」

 逢魔おうまを見上げて首を傾げて、そんなの簡単だよ、と笑う。腰を屈めて、無明むみょうの顔を覗き込み、人懐っこい雰囲気を纏ったまま、その金眼の瞳でじっと見つめてくる。

神子みこの匂いがしたから、太陰たいいん兄さんと一緒に待ってたんだ」

「え?匂い?俺ってそんな変なにおいがするの?」

「変な、じゃなくて、とてもいい匂いだよ、」

 無明むみょうはますます首を傾げ、それ以上聞いても納得する答えは返ってこないと察する。

 そんな逢魔おうまの襟首を掴み、太陰たいいんは後ろに引きずると、話が進まないからお前は大人しくしていろ、と吐き捨てる。

神子みこ、それで、頼みとは?」

「うん、あのね、逢魔おうまに頼みたいことがあって、」

 言って、無明むみょうは白い衣裳の懐から綺麗に畳まれた文と、小さな花柄模様が描かれた布で作られた、鶯色の小袋を手の平に乗せた。

「これを、母上に届けて欲しくて」

藍歌らんか殿に?いいよ。あなたの頼みを断る理由はないし」

 逢魔おうまはそれを受け取ると、自分の懐にしまう。なぜ名前を知っているのか、という質問さえ抱かせないくらい自然な会話だった。

「なにか伝えることはある?」

「ううん、邸に置いて来てもらうだけでいい。母上ならそれでちゃんと解かってくれるから、」

 そう?と逢魔おうまは少し残念そうに答える。

「まあ、俺も紅鏡こうきょうに用があったから、ちょうどいいお遣いだね、」

「そうなの?じゃあよろしくね、」

 任せて、とにっこりと笑みを浮かべる。あ、そうだ、と無明むみょうは思い出したかのように、逢魔おうまの衣の袖を引く。

逢魔おうま、君の真名まなを呼んだら、君はどこにいても俺の前に現れるの?」

「うん、そうだよ。俺はあなたの眷属だから、どこにいても名を呼ばれれば召喚される。契約を結んだ四神も同じだよ。四神は陣さえ発動させればそこに現れる。ただ、恩恵を受けていない地での他の四神の召喚は、特に霊力を消耗するから、本当に必要な時だけにしてね?あなたが倒れたら何の意味もないから」

 現に、碧水へきすいに玄武の陣を展開した時でさえ、無明むみょう四半刻しはんときほど意識を失ったのだ。

 太陰たいいんもその意見には賛成だった。

「声だけなら、心の中で名を呼んでもらえればいつでも応えられます。私で役に立つことがあれば、いつでも呼んでください」

 太陰たいいん無明むみょうの前に跪いて、頭を下げる。無明むみょうは慌ててそれを止めさせる。

 何回されてもその姿は恐れ多いと思ってしまう。自分などに跪かないで欲しいと、無明むみょうは首を振った。

 こんな状況になっても、無明むみょうにとっては四神のひとり、玄武であることに変わりはなく、自分はこれから先も、ただのれ者なのだ。


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