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第四章 謀主
4-12 弟子にしてください!
しおりを挟む竜虎は後悔していた。
自分で誘っておいてあれだが、共通の会話が無明以外ない。そもそもついひと月半前までは、彼は口が利けたのかと驚いていたくらいだ。
白群の中でも、修練の時以外はひと言でもしゃべれば珍しがられるほど、普段から無口なようで、これでも社交性のある方である竜虎でさえも、そろそろ限界に達しそうだった。
「あー······えっと、白笶公子は、なにか趣味でも?」
馬鹿か!俺は馬鹿なのか!
訊いておいてすぐに後悔する。もちろんこんな唐突でわけのわからない質問にも白笶は無表情で、だが誠実な性格が返答しないのを許さなかった。
「··········特にない」
すみません、俺の質問が悪かったんです、許してください。
どうしてこんな苦痛をわざわざ味わっているのかと言えば、答えは一つ。これからどうやってこのひとと向き合えばいいのか、を模索するためだった。
市井の茶屋は何軒もあり、それぞれに売りにしている菓子や茶があり、この茶屋は無明にすすめられて選んだつもりだ。
目の前には茉莉花の花茶の良い香りが漂っていて、茶請けに蜜棗が添えられていた。
それから沈黙が続く。
竜虎は完全に気まずさが顔に出ているが、白笶にとって沈黙はいつものことなので特に気にしておらず、花茶を口にしては店内を眺めていた。
この茶屋はそれぞれ個室になっていて、大きな花窓が入り口から見て左側にある。右側には木製の赤い衝立があり、個室と通路を仕切っている。
竜虎は入口側、白笶は奥側に座っており、花窓は竜虎から見ると左側にあった。
周りの声はそれなり聞こえるので、茶屋自体は賑わっているのが分かる。ここの空間以外は、だが。
「······君は、なぜ強くなりたいんだ?」
まさかの白笶からの問いに、竜虎はもう少しで口に入れたばかりの蜜棗を呑み込んでしまうところだった。
「き、急に、なんですか?なんで、そんなこと、」
自分の質問も大概だったが、白笶のその問いも急すぎる。しかし、せっかくの会話のきっかけだ。竜虎はこほんと咳をひとつして、ひと呼吸おいて口を開く。
「俺は、ずっと昔からあいつを見てきました。あいつを傷付ける奴は赦さないし、絶対に負けたくない。無明を守る。これは約束であり、決意であり、俺が剣を揮う理由。もちろん、紅鏡の民も守る。だけど、そのためには強くならないといけない。口だけならなんとでも言える。でも、実力が伴わなければ、それはただの戯言になるだけ」
こんなこと、誰にも話したことなどない。父や母はもちろん、無明にもだ。目の前にいるひとは、かつての華守。
つまりは五大一族で一番だったひと。今もそれはたぶん変わっておらず、それは竜虎にとって、またとない機会だった。
「こんなこと、あなたに頼むべきじゃないのかもしれないが、」
この短い期間で今まで以上に成長したのを実感している。白笶の教え方はとても解りやすく、自分が強くなるためにはこれを利用しない手はない。
恥などない。弱いのは自分が一番よく解っている。だから。
「俺を、弟子にしてください!」
深く、竜虎は頭を下げる。その発言に白笶は少なからず動揺していた。よりにもよって金虎の公子が「弟子にしてくれ」と言っているのだから。
「わかってます。おかしな話です。俺は金虎の公子。本来仰ぐべきは同じ一族の術士。けど、俺は強くなりたいんです。そのためなら手段は選んでいられない。あなたはこの国で一番強い。お世辞でもなんでもなく、実際そうだ。そんなひとが近くにいて、足手纏いになるのは嫌なんだ」
置いて行かれるのは嫌だ。
ふたり並んでいる場所に自分も立てるとは思っていない。
けれどもせめてその近くで。
手の届く場所で。
「俺は、あなたを師として仰ぎたい」
真っすぐで揺るがない、若く恐れを知らないその紫苑色の瞳は、白笶を捉えたまま離さない。少し考えた末、白笶は小さく頷く。
無明のためにも、戦力は多い方がいいだろう。それに、竜虎の実力は未知数だった。まだまだ時間はかかるかもしれないが。
「······断る理由はない、」
その言葉を聞いた途端、竜虎は本来の少年らしい輝いた眼を白笶に向けてくる。
これは夢か幻か。いや、現実だ。あの華守にこれから先も修練をつけてもらえるのだから。
「では、今日から師父と呼ばせてください!」
「いや······それは、断る」
「は?なんでですかっ!?」
急に遠慮なしに突っ込みを入れてくる竜虎を無視して、白笶は再び茶を口に運ぶ。賑やかしい茶屋に、竜虎の大きな声が響く。
それを無視し、花窓に視線を向ける。
次に向かう地は懐かしき場所。色んな意味で因果のある場所だった。
(白虎、少陰か)
あの四神は少し癖があり、白笶はあまり得意ではなかった。
遠い昔に思いを馳せながら、花窓から見える青く澄んだ空を、白笶はただ静かに見つめていた。
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