彩雲華胥

柚月なぎ

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第四章 謀主

4-11 出立まで、あと一日

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 よし、と清婉せいえんは筆を置く。このひと月半ほど、時間がある時に少しずつ書きためていたものがなんとか完成した。

 白群びゃくぐんの人たちのために、なにかできないかと思い、自分ができることを考えた末、用意できる食材ごとにいくつかの調理法と、作れる料理を書き綴ってみたのだ。

(食事は毎日の修練でボロボロになっているみなさんの、英気を養う大事な時間。時間を短縮できる簡単で、栄養もある食事を、と思ったけど、)

 思い付くだけ書き綴ってみたら、だいぶ書物がぶ厚くなってしまった。

「ん?なにしてるの?」

 厨房でひとりもくもくと何かを書いている姿を目にした雪陽せつようが、後ろから覗き込むように声をかけてきた。
 びくっと肩を揺らして、清婉せいえんは思わず書物をぶん投げそうになるのをなんとか思い留まる。

「び、びっくりしました!雪陽せつよう殿、でしたか。まだ昼餉の準備には少し早いですよ!?」

「うん、知ってる。今日は白冰はくひょう様が無明むみょう殿と一日中符術の研究をするって言うから、やることなくて」

「そうなんです?では他の方々も修練はお休みなんですね、」

 そうだよ、と雪陽せつようは言いながら、清婉せいえんの横に座った。筆と硯と書物が並べられており、なにか書いていたのだろうということは分かる。

 雪陽せつようは凛々しい眼をしているのに、いつもぼんやりとしていて、話し方ものんびりしている。けれどもちゃんと気遣いができ、周りにも尊敬されていた。

「なに書いてるの?」

「あ、はい、みなさんに、僭越ながら私からの贈り物です」

「あ、これ、料理の調理法?」

 ぱらぱらと捲って目を瞠る。うちの台所事情を考慮した上で、少ない食材でいくつもの料理が考案されていた。

「みなさんにはとても良くしてもらったし、無明むみょう様たちもお世話になったので、どうしてもお礼がしたくて。でも、私は大したことはできないし、お金もありませんから、こんなことくらいしかできなくて」

 あはは、と卑下しながら清婉せいえんは言う。

「なに言ってんの?清婉せいえん殿はすごいひとだよ。俺も雪鈴せつれいもすごく助かってる。ずっとここにいてくれたらいいのにって、思ってるし」

 それは従者として、ではなくて。友として、兄として、家族として。しかしそれは叶わない。だって、それは、ただの我が儘だから。

「俺、清婉せいえん殿のこと、好きだもん」

「あ、ありがとうございます」

 一瞬、その眼差しに囚われそうになったが、清婉せいえんはにっこりと笑って礼を告げる。家族とか、兄弟とか、そういう意味での好きだと受け取った。

 もし自分に兄弟がいたら、きっとこんな風に兄として世話を焼いていたのだろうと思わせてくれる。兄弟のいない清婉せいえんには、とても新鮮だった。

「私も、ずっとここにいたいと思えるくらい、大好きな場所でした」

「そうだ、あのさ、昼餉の後に時間作れる?雪鈴せつれいも一緒に誘って、市井しせいに行かない?俺たちも清婉せいえん殿にお礼がしたい」

 清婉せいえんの手を取って、ね?と雪陽せつようは小首を傾げてねだってくる。

 無明むみょう白冰はくひょうと一日中なにかするようだし、竜虎りゅうこはなぜか白笶びゃくやとどこかへ出て行ったきり戻って来ていない。

「お礼なんていらないですよ?でも、一緒に出かけるのは大賛成です!」

「じゃあ、きまりだね」

「なにが決まりなの?」

 食材の入った籠を抱えて厨房に入って来た雪鈴せつれいが、楽しそうにしているふたりを眺めて首を傾げる。

 雪陽せつよう清婉せいえんの手を握ったままのその手を掲げ、雪鈴せつれいの方へ顔を向ける。

「捕獲した」

「ん?なんて?」

 説明もなく唐突にそんなことを言う雪陽せつように、疑問符を浮かべて雪鈴せつれいがさらに首を傾げる。双子の弟は今日も通常運転で自由なようだ。

「最後に、たくさん思い出づくり」

「ああ······、」

 雪鈴せつれいはふんわりと柔らかい笑みを浮かべる。それはとても素敵な提案だ。明日にはもう、出立してしまう。白笶びゃくやが同行することは聞いていたが、自分たちは明日も明後日もずっとここにいるのだ。

(なんだろう、なんだか、すごく、)

 胸の辺りがチクチクする。

 雪鈴せつれいは胸元で拳を握り締める。
 これはなんだろう?

(永遠の別れでもないのに、なんでこんなに)

 寂しく思うのだろう。

「大丈夫ですか?」

 気付くと、清婉せいえんが心配そうに目の前に立っていた。ふるふると首を振って、いつもの笑みを作り、見上げる。

「なんでもありません。さあ、昼餉の準備をしましょう」

 それに簡単に騙され、清婉せいえんは腕を捲って、そうしましょう!と食材を手に取って物色を始める。

 雪陽せつようだけは、そんな雪鈴せつれいを頬杖を付いて静かに見つめていた。


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