彩雲華胥

柚月なぎ

文字の大きさ
上 下
95 / 231
第四章 謀主

4-9 触れたい

しおりを挟む


 白群びゃくぐんの内弟子たちが纏う、無明むみょうには少し大きな白い衣裳の袖から覗く指先が、なんだか愛おしい。探すふりをしながら、本棚を右往左往している無明むみょうに視線を向ける。

 歩く度に揺れる一本に括った長い髪の毛が目に入る。結ばれた赤い髪紐。

 ふと、腰に差している横笛に視線を落とす。その先に飾られた赤い紐飾り。あの時、鬼蜘蛛の繭の中で思わず掴んでしまった手首のこと。

逢魔おうまは、約束をちゃんと果たしたんだな、)

 終わりの日に、始まりの神子みこに託された横笛、天響てんきょう。そして、必ず神子みこを見つけて返すと誓ったあの赤い髪紐も。

 目印はすぐそこにあったのに、晦冥かいめいの地で無明むみょうを助けた時は気付けなかった。

 それにあの時、無明むみょう白笶びゃくやに対して初対面の反応だった。その少し前に逢っていたことも忘れられていたのだ。 

 三年前。初めて無明むみょうと言葉を交わした時、ずっと捜していた神子みこかもしれないという、曖昧な感覚を覚えた。確証もないまま、その後再び逢う機会はなかった。

 だから、あの日、晦冥かいめい無明むみょうの姿を目にした時、心がざわついた。それも感覚でしかなかったが、確信に近いものがあった。それは仮面が外れ、舞を舞った瞬間、現実のものとなった。

 触れたい。
 愛おしい。
 触れてはいけない。

 触れたい。

 それからは自分の感情を抑えるのが難しくなった。無明むみょうはそんな自分の気など知らず、無防備に笑みを零し、触れ、ずっと欲しかった言葉を紡いでくる。どうして、君というひとは、そうなのか。

白笶びゃくや?」

 背後に気配を感じて無明むみょうは振り向こうとしたが、そのまま本棚と白笶びゃくやの間に挟まれて身動きが取れなくなる。

 今の状況は正直、冷静さを保てそうにない。白笶びゃくやの薄青の衣の袖が顔の右側に、もう片方はその少し左斜め下に、無明むみょうを囲うように本棚に身体を預けて置かれていた。

 その距離はとても近く、無明むみょうは背中から感じる温度に少なからず動揺の色を見せる。白笶びゃくやはなにも言わず、その両腕に逃げ道を阻まれているため、無明むみょうはただ立ち尽くすしかなかった。

「えっと、こっちの本棚にはないみたい、だから」

「うん、」

「あっちの方に、行きたい、んだけど?」

「うん、」

 うん、と低い声で応えているのに、白笶びゃくやはまったく動く気配はなさそうだった。振り向かなくても、白笶びゃくやの眉目秀麗な顔が自分の首筋辺り、すぐ後ろにあるのが解る。

 一体どうしたのだろうと問いたいが、心臓の音が外に聞こえそうなくらい煩かった。頬に息がかかるくらいの、触れそうで触れない微妙な距離感に頭の中が混乱して、どうにかなりそうだった。

「もう少しだけ、このままで、」

 耳元で囁かれた声は、少し掠れているせいか艶っぽくてぞくりとした。俯いたままいつもの調子がでず、されるがまま、無明むみょうは胸元で本を抱きしめて耳まで赤くなっているだろう自分の顔を恨んだ。

 白笶びゃくやはしばらくして何事もなかったかのようにすっと離れ、ひと言だけ「すまない」と呟いた。

(やってしまった······)

 後悔先に立たずとはまさにこの事だろう。無明むみょうから離れて、自分の口元を右手で覆う。運の良いことに、その顔はいつも通り無表情で、むしろ怖いくらいだった。

(私は、今、なにをしようとした?)

 というか、寧ろ、してしまった、というのが正解だろう。

 触れたい。
 抱きしめたい。

 そんな衝動をなんとか抑え込み、しかしその寸前まで及んでいた事に自分でも驚きを隠せない。

(抑えるのが難しくなってきた。気を付けないと、自分でもなにをしでかすか解らない)

 無明むみょうを視界に入れないように、少し離れた所で再びあてもなく書物を探すふりを続ける。一体どれくらい時間が経ったのか、それさえわからなくなる。

 結局、日誌は見つからず、ふたりは心の中で喧しいくらい自問自答を繰り返していたが、無言のまま肩を並べて蔵書閣を後にした。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった

たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」 大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

学園の天使は今日も嘘を吐く

まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」 家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...