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第四章 謀主
4-4 一緒にいたい
しおりを挟む狼煙は通り名で、真名は鏡月。そして本当の名前は、逢魔。白冰に渓谷で狼煙という名を聞いた時に、なんだか腑に落ちなかった。
けれども、逢魔という名を口にしてみたら、なんだかしっくりとくる不思議な感覚があった。
そして、もうひとつの伝言を思い出す。
「あのね······金眼の鬼子に会ったら、って、神子が、言ってて」
身体を起こして、袖で涙を拭う。なに?と期待の眼差しで逢魔は続きの言葉を待つが、無明はその後の言葉を本当に伝えていいのか迷う。
「神子は、なんて言ってた?」
すっと目の前にしゃがんで、言葉の続きを待っている。それはまるで褒めてもらいたくてこちらを見上げてくる子犬のようで、ますます言いにくくなる。でも、伝えないと、と無明は心を決める。
「もう、······待たなくていいよって········ひとりでよく頑張ったねって、」
言い終えた後、逢魔がどんな顔をしていたか、無明は見る勇気がなくて俯いていた。そんな無明を包み込むように、衣の上からでも判るくらいひんやりとした冷たい身体が寄せらせる。
「そっか······神子らしい」
肩越しに耳元で囁かれたその声は、どこまでも優しかったが、いつものあの軽い感じの声音ではなかった。
「······俺は、君たちの神子の代わりにはなれない。だから、ふたりは、もう、俺の傍にいなくてもいいよ、」
ふたりを縛っていたものはもうどこにもない。制約も、約束も、ここにはもう存在しない。だから、どうか、ふたりにはふたりの道を歩んで欲しい。
「もう、解放されて、いいんだ」
伝言を伝えた後のふたりの顔を見たら、それでいいのだと確信した。神子などいなくとも、ふたりなら生きていける。
無明もまだ、自分がどうなるかなど解らない。けれども、ひとりでもなんとかなると思うことにした。
それなのに。
「私は、君の傍にいる」
「······どう、して?」
白笶は迷うことなくそんな言葉を口にする。そして、逢魔も身体を離して、無明の両肩を掴んだまま、俺も、と笑顔で言った。
「代わりだなんて。違う。あの言葉のおかげで、間違ってたことに気付いたんだ。俺はずっと記憶が無くなった神子を取り戻そうとしてたけど······間違ってた」
「え?······どういう、」
ごめんね、と逢魔は肩から手を離し、そのまま無明の腹に甘えるように抱きつく。突然の行動に、思わず大きな瞳をさらに大きく見開く。
「ずっと、生まれた時から、あなたの傍であなたを見ていたよ。その横笛は始まりの神子から託されたもの。赤い飾り紐は、俺が幼い頃に神子から貰った髪紐を解いて作ったんだ。渡した時の記憶は、俺が消しちゃったから覚えてないかもだけど·······。あなたが危険な目に遭わないように、ずっと傍で見守ってた。だから、あなたがどんなひとか、俺はちゃんと知ってるよ?」
赤子の時から、ずっと、今まで。
"無明"を見てきたのだ。
「あなたを、守らせて?」
神子だから、という理由ではなくて。
「······いいの?俺は、ふたりが待っていた神子じゃないのに?」
「いいもなにも、俺たちがそうしたいって言ってるんだから、あなたはただ肯定してくれればいいんだよ、ね?そうでしょ?」
逢魔は腹から離れて、白笶に視線を送る。言葉数の少ない白笶は、ゆっくりと頷く。言いたいことは全部、逢魔が代弁してくれた。
自分たちは気付かない内に、無明を傷付けていたのかもしれない。
「君は、君のままで、いい」
神子を守る華守。それが自分。それは永遠に変わらない。これから先も、ずっと、傍にいる。傍に、いたい。
「······俺も、一緒にいたい」
たくさん泣いた。泣いたのは、いつ以来だったろう。それくらい、離れがたい想いが溢れてくる。こんな気持ちは初めてで、どうしたらいいのかも分からない。でも、これだけは言える。
「ありがとう、」
ふたりの手を取って、握りしめる。冷たい手と、あたたかい手。温度の違う手は、なんだか心地好かった。
「元の鞘に収まってなによりだが、大事な事を忘れていないか?」
太陰は遠慮なしにそう言って、本来の目的を思い出させる。
白笶と逢魔が同時に差し出した手をそれぞれ取り、無明は一気に立ち上がった。
そしてなんとか夜明け前に、碧水の地に玄武の陣が展開された。
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