70 / 231
第三章 氷楔
3-13 好きだよ!
しおりを挟むその唐梅楼という名の二階建ての茶屋は、宿泊も兼ねているようでかなり立派な造りだった。
白笶とずぶ濡れになっている無明を見るなり、替えの衣を用意してくれただけでなく、一番広い部屋に案内してくれた。
赤を基調とした造りの派手な茶屋で、店の名の梅の色を表現しているらしい。所々に梅の花の造花が飾られていて、店内は甘い香りが漂っていた。
部屋に着くなり、無明は恥じらいもなく目の前で次々に衣を脱ぎだす。白笶は脱ぎ捨てられた衣たちを無言で拾い上げ、腕に掛けていく。薄青の自分の衣だけは丁寧に畳まれていた。
日焼けのひとつもない生白い上半身は、どこもかしこも細くて心配になる。赤い髪紐に手をかけ、括っていた髪の毛を解いて背中を隠すように垂らす。正面を向いたまま、無明は首を傾げて、白笶の方を見上げる。
「その衣をもらっていい?」
店主が用意してくれた衣は、白笶の立っている場所のすぐ横の棚の上に置いてあり、わかったと手に取った。しかしその衣を広げた途端、眉目秀麗な白笶の眉が、思わず歪んだ。
「··········替えを貰ってくる」
「えーいいよ。着られれば問題なし」
どう見ても女物の衣で、先程下の階で働いていた女人たちと同じ衣のようだった。麗寧が纏うような薄い衣でも、露出が多い衣でもない分まだマシだが、薄紅色の上衣とその下に穿く桃色の下裳に言葉を失う。
仕方なく手渡し、無明は少しも躊躇わずに纏っていく。紅鏡から出る時も着ていたが、全く抵抗がないようだ。
そしてやはり似合っていた。
無明は固まっている白笶の腕から自分の衣を取って、部屋を仕切っている屏風に掛ける。髪の毛は括らずに垂らしたまま、赤い髪紐も一緒に乾かすことにした。
「日当たりのいい部屋で良かったね、」
大きめの花窓から降り注ぐ暖かい光に手を翳して、無明は眩しそうに瞼を細める。それから白笶の前にやって来て、下から顔を覗き込む。
「ここのおススメは梅茶と無花果の餡が入った餅らしいよ?白笶と市井に遊びに行くって言ったら、麗寧夫人が何軒か教えてくれたんだけど、ちょうどそのひとつがこの茶屋なんだ」
「······甘いものが好きなのか?」
「うん、好きだよ!」
そういえば紅鏡の市井でも点心の店に寄っていた。ほぼタダで持ち帰った点心は、夫人に渡したらものすごく喜んでいた。ふたりは下の階に降り、賑わう店内の中、空いている席に通される。
部屋で食べることもできたが、なぜか無明が下で食べたいと言ったので、そうすることにしたのだ。
「あー。おいしかった。梅茶って初めて。無花果の餡と餅が合うなんて意外だったね!あとで夫人にお土産を買っていこう!」
白笶は幸せそうに頬に手を添えている無明に満足し、ゆっくりと梅茶を口に運ぶ。
独特の香りと味だが、嫌いではなかった。茶と言えば麗寧の実家が商家で、送られてくる変わった茶を頻繁にすすめてくるのため、こういう茶にあまり抵抗がないのだ。
そしてふたりはまったく気付いていないが、周りの客たちが息を呑んでふたりのいる席を見守っていた。それはもちろん、あの第二公子が連れている美しい少女は、一体どこの誰なんだ?という好奇の眼差しである。
いつも通りほぼ無明がひとりでしゃべり、白笶は頷くかひと言返すという会話が続く。
(あの白笶様が、私たちと同じお茶を飲んでいるわよ!)
(一緒にいるのはどこの名家のお嬢様かしら?)
(入って来た時はびしょ濡れだったみたいだけど、一体何があったのかしら!?)
気になる!!!
奇跡的に一番近い席に座っていた三人の若い娘たちが、ひそひそと顔を近づけて各々思いを馳せる。決して自分たちが、憧れの公子と婚姻を結べるなど本気で思ってはおらず、しかし妄想するのはタダなのだ。
(ねえ、見たでしょ?あの時羽織っていた衣っ)
(見た見た。あれは間違いなく白笶様の衣だったわ!大きすぎて地面についちゃってたわよね?)
(あの身長差が最高なのっ!)
解る!!!
三人は眼を輝かせて手を取り合う。公子の連れの上背は公子の肩くらいまでしかなく、頭ひとつ分は差があった。今纏っている衣も、少し大きいのか袖で手が隠れてしまうようだ。
立ち上がり二階に戻っていくふたりの姿を、三人娘はなるべく見ていることを気付かれないように顔を背け、視線だけ向ける。
「白笶様、なんだか楽しそうだったわね」
「いつもの氷のような冷たいお顔も素敵だけれど、あんな優しい表情が見られるなんて!今日はいいことがありそう!」
「でもあの子が最初に着ていた衣、男物だったような気が······」
娘たちは顔を見合わせ、それはそれで······と新たな妄想を始めるのだった。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった
たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」
大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる