彩雲華胥

柚月なぎ

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第二章 邂逅

2-27 君の傍にいる

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「おかしい······確かにもう一着分、替えの衣があったはずなのに」

「うん。もしかして置いてきちゃったのかな?邸の中は何度も確認して忘れ物はないはずなんだけど、」

「なにか探し物?」

 無明むみょう竜虎りゅうこにくっついたまま、横でうんうん唸っているふたりに首を傾げる。

 同時に振り向いた双子に恥ずかしい姿を見られ、いい加減離れろ、と竜虎りゅうこ無明むみょうの身体を押し退けた。

「どうしたの?なにがないの?」

 押し退けられた無明むみょうはそのまま地面に手を付き、荷物を漁っているふたりの間に顔を覗かせる。

 自分たちの間に割って入ってきた無明むみょうに気付き、手を止めてふたりは同時にそれぞれ左右に顔を向けた。

白笶びゃくや様の替えの衣が見当たらないんです」

 雪鈴せつれいが困った顔で笑みを浮かべる。無明むみょうはそれに対して思い当たる出来事があった。

 おそらくふたりが探しているのは、奉納舞の後、口紅の毒に侵され、意識を失っている時に掛けてもらった衣のことだろう。

 結局その後に返しそびれてしまい、碧水へきすいに着いて落ち着いてから返そうと思っていた。

清婉せいえん、俺の荷物はどこにある?」

「あ、はい、ここに。どうしたんですか、急に」

 ふたりの後ろで地面に座り込んだ無明むみょうに袋を渡し、清婉せいえんは不思議そうにその様子を眺めている。

「······あった。この衣、公子様に借りてたんだ。俺が直接返してくる」

「え?あ、はい······なぜ?」

 混乱して、雪鈴せつれいは最終的に首を傾げた。

(あいつ······またなんかやらかしたのか?嫌な予感しかしない)

 竜虎りゅうこは中心にいる無明むみょうの姿に、眉を顰める。そしてその腕の中にある薄青の衣を見るなり、あの時の光景を思い出す。

 白笶びゃくやが膝の上で眠っている無明むみょうの唇を拭っていた、あの、光景を。そして後悔する。真っ赤になった顔が真っ青になり、あの恥知らず!と怒りが込み上げてくる。

 それぞれに疑問符を浮かべている者たちをよそに、無明むみょうはまっすぐに白笶びゃくやに駆け寄る。白冰はくひょう白漣はくれんはその姿を見るなり気を利かせたのか、そそくさとその場から離れていった。

「はい、替えの衣。やっと返せて良かった。俺が着させてあげるね」

「いや、そんなことはさせられない」

 いいから、いいから、と無明むみょうは持っていた衣を左腕に掛けて背中に回ると、血で汚れた無残な状態となっている衣に手をかける。

 皆が各々の気持ちで見守る中、ひとり楽しそうに無明むみょう白笶びゃくやの衣を脱がせ、新しい衣を着せ替える。

(あいつ······本当になんとも思わずにやってるんだろうな)

 竜虎りゅうこは引きつりながら、恥知らずな義弟をもはや見ていられないと明後日の方向を向く。

(従者でも奥方でもないのに、なんてこと!さすが無明むみょう様)

 清婉せいえんは顔を覆いながらもその指の隙間から覗き見る。やはり痴れ者の名は伊達ではなかったと感心すらしていた。
 
 あの近づきがたく、怖い雰囲気を纏う白笶びゃくや公子に、へらへらと接している時点で頭がどうかしている。

(あの白笶びゃくや様にあんな表情をさせられるなんて。さすがです)

 雪鈴せつれいは感動し心の中で称賛していた。その横で雪陽せつようは音を出さずに無言で拍手をしている。

(あんな困り顔、私にはみせたこともないのに······いいものが見れた)

 瞼に焼き付けよう、と白冰はくひょうは扇で口元を隠して眼を閉じ、しみじみと心の中で呟いた。

 そもそもなぜ無明むみょう白笶びゃくやの衣を持っていたのかという根本的な問題はどうでも良く、ただ自分の弟の貴重な困り顔に高揚していた。

「できた!どう?うまく着せられたかな?」

「問題ない」

 即答し頷く白笶びゃくやの前に立ち、無明むみょうは満足げに笑みを浮かべた。そして、

白笶びゃくや様?白笶びゃくや殿?白笶びゃくや兄さん?うーん。公子様はどれがいい?」

 首を傾げて見上げてくる無明むみょうは、特に悪気もなく様々な呼び方で問いかける。白笶びゃくやはただ石のように固まり、言葉を失っていた。

「年上だから、白笶びゃくや兄さん?公子様だからやっぱり白笶びゃくや殿?ねえ、どれなら嫌じゃない?」

白笶びゃくや、でかまわないと前に言った」

 ずっと、呼び捨てでかまわないと言っていたのに、無明むみょうは結局一度も呼び捨てで名前を呼ぶことはなかった。

 白笶びゃくやは落ち着いた声音で答える。へへっと無明むみょうは笑みを浮かべて、白笶びゃくやをじっと翡翠の大きな瞳で見上げた。

 春の暖かな風が強く吹き上げ、長い髪の毛が赤い髪紐と共にふわりと舞い上がった。

 まるでたった今、空から舞い降りてきたかのように、羽織っている衣がひらひらと目の前で揺らめく。花びらと葉っぱが舞い上がり、周りの者たちも思わず目を閉じてしまうほどだった。

 しかし、白笶びゃくやだけはその姿を瞬きもせずに見つめていた。白笶びゃくやの右手を両手で包むように握り、無明むみょうは花が咲いたようにあたたかい笑みを浮かべる。

白笶びゃくや、俺と友達になってくれる?」

 それは遠い日の誓いを思い出させた。気が遠くなるくらい昔の、けれども色褪せることのない記憶。

 決して語ることのない泡沫の物語。

 叶わない願いと思っていた。それでも選択した。何年、何十年、何百年、それでも叶わぬならば、千年でも待ち続け、巡り巡って、いつか再び目覚めたなら。

 君を迎えに行こう、と。

 たとえ君が、すべてを忘れてしまっていても。それでもかまわない。

「······君が、望んでくれるなら」

 全てをかけて守ると、何度でも誓おう。

 そのために、永遠の輪廻の禁忌を手にし、君に出逢える日を待っていた。何度も何度も生まれては死に、絶望し、何度も何度も違う人生を生きる。

 自ら死ぬことは赦されず、誰かに語ることも赦されず、君のいないセカイで何度も一生を繰り返してきた。

 孤独の流転。何にも関わらず、ひとりで死んだように生きる日々。

 それでも、光は見失わず、そして今、そのすべてが報われたような気がした。

「君の傍にいる」

 包まれている右手の上に左手を重ねて、白笶びゃくやは笑みを浮かべた。これは何度となく見ては消えてしまう夢の中ではなく、目の前にある現実。

 もう二度と、失わないように。間違えないように。後悔しないように。


 この手を、離さないと誓う。


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