57 / 231
第二章 邂逅
2-27 君の傍にいる
しおりを挟む「おかしい······確かにもう一着分、替えの衣があったはずなのに」
「うん。もしかして置いてきちゃったのかな?邸の中は何度も確認して忘れ物はないはずなんだけど、」
「なにか探し物?」
無明は竜虎にくっついたまま、横でうんうん唸っているふたりに首を傾げる。
同時に振り向いた双子に恥ずかしい姿を見られ、いい加減離れろ、と竜虎は無明の身体を押し退けた。
「どうしたの?なにがないの?」
押し退けられた無明はそのまま地面に手を付き、荷物を漁っているふたりの間に顔を覗かせる。
自分たちの間に割って入ってきた無明に気付き、手を止めてふたりは同時にそれぞれ左右に顔を向けた。
「白笶様の替えの衣が見当たらないんです」
雪鈴が困った顔で笑みを浮かべる。無明はそれに対して思い当たる出来事があった。
おそらくふたりが探しているのは、奉納舞の後、口紅の毒に侵され、意識を失っている時に掛けてもらった衣のことだろう。
結局その後に返しそびれてしまい、碧水に着いて落ち着いてから返そうと思っていた。
「清婉、俺の荷物はどこにある?」
「あ、はい、ここに。どうしたんですか、急に」
ふたりの後ろで地面に座り込んだ無明に袋を渡し、清婉は不思議そうにその様子を眺めている。
「······あった。この衣、公子様に借りてたんだ。俺が直接返してくる」
「え?あ、はい······なぜ?」
混乱して、雪鈴は最終的に首を傾げた。
(あいつ······またなんかやらかしたのか?嫌な予感しかしない)
竜虎は中心にいる無明の姿に、眉を顰める。そしてその腕の中にある薄青の衣を見るなり、あの時の光景を思い出す。
白笶が膝の上で眠っている無明の唇を拭っていた、あの、光景を。そして後悔する。真っ赤になった顔が真っ青になり、あの恥知らず!と怒りが込み上げてくる。
それぞれに疑問符を浮かべている者たちをよそに、無明はまっすぐに白笶に駆け寄る。白冰や白漣はその姿を見るなり気を利かせたのか、そそくさとその場から離れていった。
「はい、替えの衣。やっと返せて良かった。俺が着させてあげるね」
「いや、そんなことはさせられない」
いいから、いいから、と無明は持っていた衣を左腕に掛けて背中に回ると、血で汚れた無残な状態となっている衣に手をかける。
皆が各々の気持ちで見守る中、ひとり楽しそうに無明が白笶の衣を脱がせ、新しい衣を着せ替える。
(あいつ······本当になんとも思わずにやってるんだろうな)
竜虎は引きつりながら、恥知らずな義弟をもはや見ていられないと明後日の方向を向く。
(従者でも奥方でもないのに、なんてこと!さすが無明様)
清婉は顔を覆いながらもその指の隙間から覗き見る。やはり痴れ者の名は伊達ではなかったと感心すらしていた。
あの近づきがたく、怖い雰囲気を纏う白笶公子に、へらへらと接している時点で頭がどうかしている。
(あの白笶様にあんな表情をさせられるなんて。さすがです)
雪鈴は感動し心の中で称賛していた。その横で雪陽は音を出さずに無言で拍手をしている。
(あんな困り顔、私にはみせたこともないのに······いいものが見れた)
瞼に焼き付けよう、と白冰は扇で口元を隠して眼を閉じ、しみじみと心の中で呟いた。
そもそもなぜ無明が白笶の衣を持っていたのかという根本的な問題はどうでも良く、ただ自分の弟の貴重な困り顔に高揚していた。
「できた!どう?うまく着せられたかな?」
「問題ない」
即答し頷く白笶の前に立ち、無明は満足げに笑みを浮かべた。そして、
「白笶様?白笶殿?白笶兄さん?うーん。公子様はどれがいい?」
首を傾げて見上げてくる無明は、特に悪気もなく様々な呼び方で問いかける。白笶はただ石のように固まり、言葉を失っていた。
「年上だから、白笶兄さん?公子様だからやっぱり白笶殿?ねえ、どれなら嫌じゃない?」
「白笶、でかまわないと前に言った」
ずっと、呼び捨てでかまわないと言っていたのに、無明は結局一度も呼び捨てで名前を呼ぶことはなかった。
白笶は落ち着いた声音で答える。へへっと無明は笑みを浮かべて、白笶をじっと翡翠の大きな瞳で見上げた。
春の暖かな風が強く吹き上げ、長い髪の毛が赤い髪紐と共にふわりと舞い上がった。
まるでたった今、空から舞い降りてきたかのように、羽織っている衣がひらひらと目の前で揺らめく。花びらと葉っぱが舞い上がり、周りの者たちも思わず目を閉じてしまうほどだった。
しかし、白笶だけはその姿を瞬きもせずに見つめていた。白笶の右手を両手で包むように握り、無明は花が咲いたようにあたたかい笑みを浮かべる。
「白笶、俺と友達になってくれる?」
それは遠い日の誓いを思い出させた。気が遠くなるくらい昔の、けれども色褪せることのない記憶。
決して語ることのない泡沫の物語。
叶わない願いと思っていた。それでも選択した。何年、何十年、何百年、それでも叶わぬならば、千年でも待ち続け、巡り巡って、いつか再び目覚めたなら。
君を迎えに行こう、と。
たとえ君が、すべてを忘れてしまっていても。それでもかまわない。
「······君が、望んでくれるなら」
全てをかけて守ると、何度でも誓おう。
そのために、永遠の輪廻の禁忌を手にし、君に出逢える日を待っていた。何度も何度も生まれては死に、絶望し、何度も何度も違う人生を生きる。
自ら死ぬことは赦されず、誰かに語ることも赦されず、君のいないセカイで何度も一生を繰り返してきた。
孤独の流転。何にも関わらず、ひとりで死んだように生きる日々。
それでも、光は見失わず、そして今、そのすべてが報われたような気がした。
「君の傍にいる」
包まれている右手の上に左手を重ねて、白笶は笑みを浮かべた。これは何度となく見ては消えてしまう夢の中ではなく、目の前にある現実。
もう二度と、失わないように。間違えないように。後悔しないように。
この手を、離さないと誓う。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。


思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった
たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」
大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

実はαだった俺、逃げることにした。
るるらら
BL
俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!
実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。
一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!
前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。
!注意!
初のオメガバース作品。
ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。
バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。
!ごめんなさい!
幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に
復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる