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第二章 邂逅
2-25 戻ろう
しおりを挟む「······消えちゃった?」
本当なら、あの少年を捕まえて、事の次第を知る必要があった。それに、なぜあの少年はわざわざ自分の目的を話したのか。宝玉を狙っていることを口にすれば、それ以降手に入れるのが難しくなるのだ。
それでも奪えるとという自信があるのか、それとも他になにか理由があるのか。無明は顎に手を当ててうーんと思考を巡らせていると、それを遮るように頭の上に手が置かれた。
「よく、やった」
いつの間にか傍らに控えていた白笶が、小さい子供にするように頭を撫でて褒めてくれたので、無明はなんだか嬉しくなって、先ほど冗談を込めて言ったつもりの約束を、この状況で果たしてくれたことに関してあえて突っ込むことはなかった。
結局、あの少年がなぜ玄武の宝玉を狙っていたのか、村の人たちをあんな目に遭わせたのか、なにひとつ解らないまま。
「あの子は、何者だったんだろう」
「宝玉を狙うなら、いずれ、また会うことになるだろう。その時に解る」
無明は頷き、それから鬼蜘蛛の方に視線を向けた。鬼蜘蛛は大人しく糸の結界の内側でお辞儀をするかのように頭をさげ、そしてなにかを訴えるようにキュウキュウと独特な声を出した。
無明と白笶は近くに寄って行くと、自分たちよりも何倍も大きな鬼蜘蛛の顔の前で、立ち止まった。
「君は、罪を犯したけど、あの子が操らなければ静かに暮らしていたんでしょう?碧水の人たちや白群の術士の人たちには申し訳ないけど、見逃してあげることはできないかな?」
このまま洞窟を出て、みんなと合流すれば、疑われることはないはず。何年、何十年、もしかしたら何百年と人を襲わずに生きてきたかもしれない妖獣が、操られることでその力を使われ、利用されるなんて、なんだか可哀想だし理不尽だと思った。
もちろん、その手にかかってしまった人たちのことを想えば、それこそ理不尽であったと言わざるを得ないが。
「君の想うままに、」
白笶は目を細めて、笛を握っている無明の右手を取る。そこに付いている赤い紐飾りが気になっているようだった。
鬼蜘蛛はふたりに頭を下げ、そのまま洞窟のさらに暗い奥の方へと消えていった。それを確かめてから、白笶は改めて無明を見つめる。
「夜が明ける前に、ここを出よう」
「うん。そうだね、早くみんなの所に戻ろう」
朝になれば、自分たちを皆が捜し回るだろう。そうなれば、色々と言い訳を考えるのが面倒になる。
「足元に気を付けて」
手を握ったまま、白笶は身体半分だけ前を歩く。薄暗くデコボコした道だが、躓きそうになる前に繋いだ手を引いて回避してくれた。
少しずつ明るくなってくる道の先は、白い光で反射してその先がよく見えない。洞窟からやっと抜け出し、細めていた瞼をゆっくり開けると、薄墨色の空に橙色と藍色が混ざって、光がその隙間から射し込んで眩しかった。
「朝だね、」
ぐっと伸びをすると、白笶の片手も一緒に上がった。繋いだままだったその手は、今も離すつもりはなさそうだった。
しかし、崖の下に広がっている鬱蒼とした物々しい森の先に見えた遠くの村の様子に、無明は目を瞠った。
「公子様、見て!村がっ」
竜虎たちがいるはずの村は、見る影もないくらい破壊されていて、自分たちが囚われている間に一体何が起こったのかと不安が過ぎる。
「雪鈴と雪陽、それに兄上も伯父上もいる。だから金虎の公子殿や従者の彼も心配ない」
その表情はどこまでも冷静で、繋いだ手から感じる温度も変わらない。それに安堵して、無明は小さく頷いた。それと同時に、ふわりと身体が浮いた。
「しっかり掴まって、」
抱きかかえられ、答える間もなく白笶は崖から飛び降りた。
そのまま森に落ちることもなく、明け始めた空を村に向かって飛んでいく。
それはまるで夜の闇を切り裂くように、強く、輝く光の暈。
しっかりと薄青の衣にしがみついて、無明は広がっていく光の渦に目を細めた。
明けた空はどこまでも青く澄んでいて、見たこともない景色が飛び込んでくる。空の上から見上げる空は、水の中にでもいるかのようだった。
(竜虎、清婉、ふたりともどうか無事でいて)
祈る。どうか、何事もなくいつもの調子で叱って欲しい。
無明は視界に近づいてくる壊滅的な状態の村を静かに見守るのだった。
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