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第二章 邂逅
2-20 白冰の問答
しおりを挟む黒蟷螂の脚元を照らす陣は薄青に光る雪の結晶の紋様。上空に咲いた陣は蓮の花の紋様だった。
下の陣は雪陽と雪鈴が対となって短刀を地面に突き刺して作り出したようで、それは黒蟷螂の脚をじわじわと氷で覆っていき、とうとう身動きが取れなくなる。
上の陣は空中で印を結んだまま浮いている、宗主である白漣が作ったもので、白い花びらのような無数の光の雪が黒蟷螂に降り注ぐように舞っている。それは黒蟷螂の躰に触れると同時に、その固い外殻を浄化していく。
「妖獣はかつて霊獣だったものが、烏哭の宗主の強大な穢れの力によって妖に堕とされたと聞く」
白冰は苦しみ咆哮を上げる黒蟷螂の丁度顔の辺りに浮いて、大扇を開いて口元を隠し、視線だけを交わす。
「そのすべてを神子は一か所に集め、伏魔殿に自らの魂ごと封じたと文献には書かれていたが、それは先人たちの願いであって、真実ではないと?」
黒蟷螂は視界に白冰を捉え、まだ自由の利く左右の鋭い鎌を震えながら振り翳す。しかし、動かすことはできたが、その切っ先はまったく届かない。
「いや、違う。烏哭に操られていたモノを封じたのだろう。晦冥崗の戦いで集結していた妖獣、妖者すべてを封じた、ということ。じゃあお前はなんだ?何百年も人にほどんど害をなさなかった妖獣が、今更なぜ動き出した?お前の主はどこにいる?」
その眼は鋭く、冷ややかで、問いの答えなど妖獣からは得られないと知っていながら自問自答を繰り返す。
ぱちんと扇を閉じ、口元にその先を当てて不敵な笑みを浮かべる。白冰は見下すように黒蟷螂を見据えて、その深緑色の気味の悪い眼に扇を向けた。
黒い外殻に覆われていた躰がみるみる白色に変化していく。
白漣の陣が黒蟷螂の穢れを半分以上浄化し終え、残るは頭と鎌だけ。
陣を完成させ、ここに縛り付けるまでに村は半壊してしまった。もはや村人のいないこの村は村とは呼べないだろう。
扇の先で珍しい縦長の陣を描き、最後の線を重ねた時、それは青白く光を帯びてみるみる大きくなり、上の陣と下の陣を繋いでぐるりと回ると、円柱のような形になった。
まるで龍が滝を昇るかのような、その紋様の陣が足される。すると、筒の中に閉じ込められた虫のように、黒蟷螂は振り翳していた鎌を下ろして大人しくなった。
筒の中で降る光の雪は、囲まれたことによって集中的に黒蟷螂を浄化していく。
巨大だった黒蟷螂はみるみると小さくなっていき、最終的には真っ白になり普通の蟷螂の大きさまで縮んだ。
それを確認して、各々陣を解く。あんなに明るかった辺りが再び闇夜に変わる。
「父上、どう思いますか?」
白い蟷螂を手の平に乗せ、白冰は宗主に訊ねる。
「かつて、烏哭の一族の中でも宗主の右腕と名高い四人の術士がいたという。彼らは妖者を操るだけでなく、それぞれ特殊な傀儡術に特化しており、晦冥崗での戦いでは多くの術士たちが殺された」
「玄武の宝玉を狙っているのを考えると、やはり、」
「ああ······封印が解かれたと考えるのが妥当だろう。しかもかなり前に、」
それがいつかは今のところは解らないが。四神奉納祭の、しかも百年祭が行われたこの年に、立て続けに奇妙なことが起こった。
「他の地でもなにか異変が起こっている可能性があるだろう」
「紅鏡で白笶や金虎の公子たちが遭遇した陣も、もちろん関係があるでしょう」
白漣と白冰は、目を合わせて頷いた。手の平の中の蟷螂は翅を広げ、闇色の空に飛んで行った。
妖獣としても傀儡としても、もはや役には立たないだろう。害にもならない。
「宗主、白冰殿、今の話はどういう意味ですか?」
一部始終を見ていた竜虎は、怪訝そうに眉を顰めた。封印が解かれたと確かに聞こえた。
何百年も解けることのなかった伏魔殿の封印が、解かれた。そういう話なのだろうと察する。しかし何年も紅鏡の地であの晦冥崗を見てきたが、そんな前兆はなにもなかった。
数日前のあの出来事は確かにそれを彷彿とさせたが、今もあの地は結界で遮られている。
「無事だったようだね。今の話は仮定の話。まだそうとは決まっていない」
「誤魔化しても無駄です。先程の話からして、ふたりの間ではほとんど確定しているようでした」
真っすぐな瞳で見上げてくる竜虎に、白冰は飄々とした態度で肩を竦める。
「だとしても、君に何ができると?我々でさえどうすることもできない。今できることは、君の義弟と白笶を見つけること」
ぽんぽんと肩を叩き、扇を広げる。
「あとは、そうだね。ここで亡くなった者たちを弔ってやらないと」
「········はい、」
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