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第二章 邂逅
2-12 雪鈴と雪陽
しおりを挟む夜が明け、朝早くから出立することになる。さらに高い渓谷の上から下に流れ落ちる水の飛沫の強さと大きさに、目を奪われる。
新緑が崖の所々にあり、岩だらけのごつごつした景色に風情が生まれる。
薄桃色の花や、紫、青の小さな花々も映え、滝にかかった虹に桃源郷を描いた巻物を思い出す。
吊り橋は古く、数人で一緒に渡ると一歩踏み出すたびに揺れた。風もそれなりに吹くので、深い渓谷の真下に広がる青い空が映った湖が、美しいはずなのに逆に恐ろしいとも思う。
「む、無理です!これ以上は耐えらえませんっ」
がたがたと膝を震わせ、情けない声で清婉はそのまま蹲った。昨日は暗くてよく見えなかったため、あまり気にせずに渡りきったのだが、まさかこんなに高い場所だったとは思いもよらなかった。
(何も考えてなかった昨日の自分が恐ろしいっ)
まだ半分以上距離がある。一番後方を歩いていた雪鈴と雪陽は、急に止まって蹲ってしまった清婉を、煩わしいと思うこともなく、当然のように大丈夫ですかと声をかける。
「あの人たちはともかく、おふたりともよく平気でいられますね······、」
同じ従者だというのに、白群の従者である雪鈴と雪陽は、まったく動じていないようだ。
よく考えたら紅鏡に来る際にふたりは一度通っているので初めてではないのだが、今の彼にはそんなことを考えている余裕はなかった。
「俺たちは従者ではなく、護衛だから」
双子の弟である雪陽が無愛想だが、呆れた顔もせずに問いに答える。
「はい。良かったら手を繋ぎますよ?」
蹲ったままの清婉の方へ手を差し伸べ、にっこりと笑みを浮かべて兄の雪鈴が言った。
「え、ええと········いいんですか?」
「はい、もちろんです」
おずおずと顔を上げて、体裁など気にせずに差し伸べられたその手を取った。
双子だとは聞いたが、身長も違うし、声や性格も違うようだ。顔はどちらも整っており、美少年という言葉がしっくりくる。
雪陽は冷淡そうに見えるが気遣いができ、雪鈴はにこにこと優しく穏やかだ。
白群の家紋である蓮の紋様が背中に入った白い衣は、ふたりの廉潔さを引き立たせている。
一方、清婉は幼い頃から生粋の従者で、修行などしたこともないし、ましてや術士になりたいとも思ったことがない。
日々の雑用をこなし、嫌なことがあってもその場では取り繕い、影で文句は当たり前。金虎の従者が纏う黒い衣は、誇りでもあり長年の愛着もある。
彼らよりも年上だが、情けない姿を晒してもなんとも思わない。顔は童顔のせいか年相応に見られないこともあるが、ただの一般人なのだ。
自分よりも背の低い、しかも年下の少年に手を引かれ、なんとか前を行く主たちとの遅れを取り戻そうと歩く。
「下を見るからダメなんだ。背筋を伸ばして、先を見ればいい」
一番後ろを歩く雪陽は清婉の背中に右手を添え、肩越しに左腕を伸ばして吊り橋の先を指差した。
「それが難しそうなら、私の顔でも眺めていてください」
「い、いや、それはさすがに········」
振り向いて真面目に言う雪鈴は、冗談なのか本気なのか解らない。
しかし綺麗な顔を眺めていては逆効果だと、清婉は首を振った。なので、雪陽の提案の方を実行しようと試みる。
「なるべくゆっくり歩きますが、止まって欲しい時は言ってくださいね?」
「は、はい。ありがとうございます。おふたりは護衛と言ってましたが、お強いのですか?」
なんとか会話をして気を紛らわそうと、話を振ってみる。宗主と公子の護衛というからには、厳選された人材なのだと思うが、清婉が思い浮かべる護衛とは真逆の見た目なのだ。
上背も体格も自分とあまり変わらない雪陽と、それより低く細身の雪鈴。
肩に掛けている荷袋とは別に、護身用の短刀をそれぞれが腰に差していたが、あくまで護身用だろう。
「俺たちはふたりでひとり。白群の術士たちの中でも特殊なんだ」
「そうですね、そういう意味では自負していますよ。まだまだ修行中の身ですが」
そうこうしている間に、あんなに離れていた距離が縮まり、目の前に白笶の背が現れる。
この人は苦手だ······と心の中で呟く。それは昨日のことが大いに関係しているが、とにかくこの人がいる時は無明に近づくのは止めようと心に決めた。決めたというのに、
「あ、清婉!雪鈴に手を繋いでもらってるの?言ってくれれば、俺が繋いであげたのにっ」
無明は歩きながらくるりと身体を後ろに向けて、白笶の横から顔を出す。吊り橋の幅はふたり並んで歩くには狭いが、ひとりで歩く分には十分な広さがある。
「け、結構です!色んな意味で恐怖が増すので!」
「えー、なんで?いいじゃん!」
「喧しい。ふざけていないでさっさと歩け」
後ろで騒いでいる無明の腕を掴み、竜虎はずかずかと進んで行く。はーい、と渋々返事をし、無明は頬を膨らませて前を向く。
「ふふ。清婉殿の主は面白い方ですよね」
雪鈴がのほほんとそんなことを言うが、清婉は誤魔化して引きつり笑いをするしかなかった。
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