31 / 231
第二章 邂逅
2-1 旅立ちの朝
しおりを挟む翌日。
竜虎は姜燈に何度も、それは耳に胼胝ができるほどしつこく念を押された。
「いい?なにかあったら必ず知らせを飛ばすこと。無謀なことはしないこと」
「無明が馬鹿なことをしないように眼を光らせること、でしょ。何度も聞いたから大丈夫だよ、母上」
そもそも普段の無明は姜燈が思っている何倍もまともだ。
さすがに他の一族の前でいつものあれをすることはないだろう。白群の公子とはいつの間にか仲良くなっていたし、今更痴れ者になる必要もない。
「兄様、気を付けてね、」
璃琳は心配そうに眉を寄せて、竜虎の両手を取って別れを惜しむ。確かに寂しくないわけではないが、今は好奇心の方が勝っていた。離れるのは不安もあるが、ひとりではない。
「璃琳も元気で。無明のことは心配いらない」
最後の方は耳打ちするように小声で伝える。べ、別に!心配なんてしていないわっ!と璃琳はあからさまに動揺して声を荒げた。
無明も今頃、同じように藍歌と別れを惜しんでいることだろう。
「竜虎、これを持って行って?怪我をしたら使うといい。傷に良く効くはずだよ」
あの一件で少しやつれたように見える虎珀だが、いつものように微笑んで、貝殻でできた薬入れと薬草を詰め込んだ袋を手渡す。
ありがとう、と竜虎は頷く。大変な時なのに自分のために用意してくれたのだと思うと嬉しかった。
それに比べて血が繋がっている方の兄の姿はない。自分のことなど眼中にないのだろう。
「戻ってきたら、虎珀兄上の力になるから期待して待ってて」
母に聞かれないように小声で伝えると、虎珀は首を振った。
「こちらのことは気にしなくていい。君は君のために頑張って」
竜虎は虎珀らしいと思いながらも、心の中で最初の誓いを叶えられるように精進しようと決める。
「白群の方々を待たせても悪い。竜虎、私からは、昨夜の内に十分言葉は送ったから必要ないだろう。しっかり学んで来なさい」
「はい、父上。では、行ってきます」
前で腕を囲って丁寧に揖し、深く頭を下げる。
顔を上げ、地面に置いていた荷物を持ち、そのまま見送りに来てくれた者たちに背を向け無明の邸の方へと歩を進める。ひとり若い男の従者がその後ろをついて行く。
飛虎たちが見えなくなった頃に、従者が恐る恐る竜虎に声をかけてきた。
「······あ、あのぅ、竜虎様?」
「どうした?なにか忘れ物か?」
「い、いえ!あの、わ、私がどうしてお二人の付き人になったのか······なにか聞いていますか?」
若い従者は正直、昨夜から何かの間違いであれと思っていた。同じく邸で従者をしている親には、年甲斐もなく今生の別れとばかりに泣きついた。
夢であれと願ったが、朝になり、現実だと思い知らされる。
竜虎はまだしも、あの第四公子も一緒となれば、毎日頭を悩ませることは間違いない。
金虎の一族の従者となって早十五年。
幼い頃から仕えてきて、なんなら竜虎や無明が赤ん坊の時から知っている。ふたりより八つも年上だが、公子と従者の立場なので、習性でどうしても恐れ多いと委縮してしまう。
「俺もよくは知らないが、あいつが指名したとかなんとか?」
「······え?あいつとは、その、無明様、が?」
従者は露骨に顔を歪めた。確かに、奉納舞を舞った姿に心を奪われた。
だがその後の彼は、いつもの彼だった。美しくても、間違いなく彼だった。朝餉を届けに行った時も、夕餉の時も、いつもの彼だった。
あれが常に繰り広げられるとしたら、いつ我慢の限界が来て発狂してもおかしくない。
「お前は確か藍歌夫人たちの従者だったろう?指名されるなんて、よほど気に入られているんだな、」
(そんなはず、ないです······だって、いつもなるべく顔を合わせないように、関わらないように、していたというのに、)
前を歩く竜虎をよそに頭を抱え、従者はとぼとぼと後をついて行く。心なしか足取りは泥沼を歩いているが如く重い。
「そういえば、名前を聞いていなかったな」
「は、はい。私は、清婉と申します」
腰を深く折り、頭を下げる。
金虎の従者が纏う黒い衣。背は竜虎より少し高く、二十三歳にしては頼りなさげな性格。童顔だが顔はそこそこ整っている。
日頃の従者としての習慣で、竜虎に対してはどうしても腰が低くなってしまう。
「これから迷惑をかけるかもしれないが、よろしく頼む」
「はい!あ、いえ!お気になさらず」
あわあわと清婉は首をぶんぶんと横に振った。そして見慣れた邸が近づいて来るにつれ、再び気分が鬱々としてくる。
(はあ······これからどうなってしまうことやら)
不安しかないこの旅路。そんなことなど露知らず、聞き馴染みのある声が響いた。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
学園の天使は今日も嘘を吐く
まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」
家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった
たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」
大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる