彩雲華胥

柚月なぎ

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第一章 予兆

1-26 幕引き

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 宗主は感情は抑えていたが、低い声音で無明むみょうを止める。そして自らは立ち上がり、後ろに立つ周芳しゅうほうの衣を掴んだ。

「ひっ!?そ、宗主まで、あのれ者の言うことを真に受けるのですかっ」

れ者だと?あれは私の子だ。お前は藍歌らんかも侮辱した。すべてが明るみになった時、その身がどうなるか思い知るといいだろう」

「叔父上、宗主の言う通りです。なぜこんなことをしたんです?なんのために、こんな····」

 虎珀こはくはいつもの落ち着いた声音とは違う、信じられないという震えた声で、叔父である周芳しゅうほうを見上げていた。

「この女がっ!姜燈きょうひ夫人が悪いのです!公子の役目を奪い、あたかもすべてが自分の手柄だとでもいうような振る舞いをするからっ!だから!」

「だから、藍歌らんかに毒を盛ったと?」

 衣を掴んでいた手に力が入り、首が締まる。

「それは、いったい誰のためになるというんです?」

「公子!私はあなたのためにっ」

「私はそんなことを頼んだ覚えはありませんよ。人を傷付けて、それで自分はなにも悪くなく、悪いのはすべて他人だとでも?奉納祭が失敗に終わったら、あなたはそれを夫人のせいにして笑うつもりだったのですか?それで私が喜ぶとでも?もし無明むみょうが舞を舞って宝玉を浄化してくれなければ、いずれこの国自体が、危機に陥るところだったというのに?」

 虎珀こはくは淡々と言葉を紡いでいく。身内であるが故に、赦せなかったのだろう。そこに情状酌量の意はない。

「父上、どうかこの者とそれに関わった者たちすべてを罰してください」

 ゆうして、改めて虎珀こはくは宗主に頭を下げた。宗主は周芳しゅうほうの衣を掴んだまま、従者を呼んだ。

「この者を連れて行け」

 従者の方へ乱暴に放ると、観念したように言葉を失った周芳しゅうほうが、力なく項垂れながら連れて行かれた。

無明むみょう藍歌らんかは無事なのだろうな?お前も毒を自分で試したと言っていたが、平気なのか?」

「はい、白群びゃくぐんの公子様に助けていただきました」

 どういう経緯で、とは詳しく聞かなかったが、あとで礼をしに行くことにしよう、と宗主は言った。

「後のことはこちらですべて片付ける。皆も、思うことはあるだろうが、今回はこれで解散とする」

 その言葉を以って、宗主は早々に部屋を出て行ってしまった。それに対して誰かが何かを言うことはなく、残された者も次々に部屋を出て行く。無明むみょうもまた、それに紛れてさっさと部屋から去った。

「母上、絶対に周芳しゅうほうを赦してはいけません。母上を陥れようとするなんて、なんて奴。それに、ああは言っていたが、お前が加担していないなんて俺は信じていないぞ。絶対に、化けの皮を剥がしてやるからな」

「黙りなさい。私たちも行くわよ、虎宇こう竜虎りゅうこ璃琳りりん

 座したまま、眼を閉じて動かない虎珀こはくに暴言を浴びせ、虎宇こうは先に立った夫人の後をついて行く。

虎珀こはく兄上、大丈夫?」

 そっと竜虎りゅうこは心配そうに声をかける。ああ、と静かに笑みを浮かべて答えたが、どこか疲れた様子だった。

「さ、君も早く行きなさい。私は大丈夫だから、」

 ずっと面倒をみてくれていた叔父が、とんでもないことをしたのだ。本音は大丈夫ではないだろう。それでも気丈に振る舞う義兄を、支えたいと思ってしまう。

虎珀こはく兄様、私たちは味方よ?」

「ありがとう、璃琳りりん。心強いよ」

 よしよしと頭を撫で、いつもの優しい笑みを浮かべる。

 竜虎りゅうこの後に付いて、駆け足でついて行く璃琳りりん。やがて部屋にたったひとり残った虎珀こはくは、肩を震わせていた。


 ――――こうして、暗い影を落としながら、長い一日が幕を閉じたのだった。


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