彩雲華胥

柚月なぎ

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第一章 予兆

1-24 痴れ者、強要する

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 改めて正面から本邸に入ることを許されると、なんだか逆に後ろめたさが残った。強行突破した時の方が生き生きとしていた気がする。

 いつもの若い従者ではなく、本邸の従者の後ろを間隔をあけてついて行く。

 すれ違う従者たちの顔は、仮面があろうがなかろうが、相変わらず珍しいものでも見るような眼で無明むみょうを見てくる。

 そういう眼をされると、いつもの調子でへらへらと笑ってみたり、手をひらひら振ってみたり、くるくると回ってみたりと、どうもふざけてしまいそうになる。

 なんとかその衝動を抑えて、大人しくついて行くと、立派な部屋の扉の前に案内された。

「宗主、連れて参りました」

 入りなさい、と奥の方から声がして、従者は「失礼します」と扉を開いた。そこには宗主、夫人、義兄たち、竜虎りゅうこ璃琳りりん、そして他の親族たちが揃っていた。

 無明むみょうは部屋に入り、宗主に向かって挨拶をすると、一族の者たちがこちらに注目する中、部屋の真ん中で立ち止まる。

 奉納舞の衣裳のままでやって来た無明むみょうを、なにか言いたげな様子で睨んでくる虎宇こうだったが、無暗に発言すれば面倒だと察したのか、珍しく大人しくしていた。

「では、改めて説明してもらおう。いったい何があったのか」

「はい、父上」

 親族たちに囲まれた中心で、無明むみょうは臆することなくまずは一礼する。

「その前にひとつ、お願いがあります」

 なんだ、と宗主は問う。立ち上がり宗主の目の前まで歩きその場に跪くと、無明むみょうは懐から小物入れを取り出す。

「ここにいるみんなに、この中の紅を塗ってもらいたいのです。男も女も関係なく、みんなに、です」

「····なんのために?」

 さすがに唐突すぎたのか、宗主も驚きを隠せないようだった。まあ、確かに理由くらいは知りたいだろう。男が紅を塗るのは抵抗があるだろうから。
 案の定。

「お前の趣味に俺たちを付き合わせる気かっ!?俺は絶対に嫌だ」

 第二公子の虎宇こうが大声で怒鳴る。それに合わせるように、他の親族たちも各々声を上げる。まあそういう反応にならない方がおかしい。

「父上、何も言わず、俺の言う通りにしてもらえば、すべてが解決されるはずです」

 まだなんの事情も聴いておらず、それなのに言う通りにしろというのも横暴だ。しかしふざけているわけでも、趣味に付き合わせているわけでもない。これは、とても大事なことだった。

 真剣な眼差しが宗主に通じたのか、小物入れを受け取り、自ら指に紅を付けた。

「父上、やめてください!なんでそんなことをっ」

「まだ塗らないでください。まずは先にこの紅をみんなに回して、少しずつでいいので、指に付けて待っていてください」

 唇にもっていこうとした矢先、無明むみょうは制止する。わかった、と宗主はその指を止めた。

「この紅が一体なんだというの?」

 宗主から受け取り、怪訝そうに眺める夫人は、同じように指先に真っ赤な紅を付けて、隣にいる虎宇こうに回す。

「母上まで、なんでこいつに従うんですかっ」

「この子に従っているのではないわ。宗主に従っているだけよ」

 ふん、と横を向いて夫人は珍しく素直に応じていた。奉納舞の一件が、無明むみょうに対しての態度に変化をもたらしたのかどうかは解らないが、あくまで宗主に従うという名目で応じてくれたようだ。

 覚えていろよ、と言わんばかりに睨んでくる虎宇こうだったが、仕方なく紅を指に付けた。そして虎珀こはくにそのまま渡した。

「これは、君が舞の時に付けていた紅かな?」

「そうだよ、虎珀こはく兄上。綺麗でしょ?」

 ふふっと笑って、そうだねと虎珀こはくは笑いかける。特に抵抗はないのか、紅をすっと指に付けた。

 竜虎りゅうこは紅を受け取りさっさと指に付け、璃琳りりんも同く付けた。そうやって次々に回されていく紅は、最後のひとりに回り、無明むみょうに戻ってきた。

 無明むみょうは自らも紅を指に付け、そのまま唇に塗った。真っ赤に彩られた下唇を見せるように、にっと笑う。

「では、紅を塗ってください。上でも下でも好きな方に」

「くそっ····こんなことをして何の意味があるんだっ!?」

 宗主や夫人が言われるがままに指を唇にもっていくのを見て、もうどうにでもなれ、と虎宇こうは自らも紅を乱暴に塗る。

 それに続いて、虎珀こはくが特に気にすることもなく、唇に指を運んでいたその時、

「おやめくださいっ!」

 その手を必死に掴んで、声を荒げて制止させる者がいた。


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