彩雲華胥

柚月なぎ

文字の大きさ
上 下
23 / 231
第一章 予兆

1-23 藍歌の不安

しおりを挟む


 夕方になった頃、頬に触れられた冷たい手に気付いて目が覚める。

「母上、もう、起きても平気なの?」

 困ったような顔で、藍歌らんかは見下ろしてくる。

「ええ。でも今度はあなたがそんな状態だったから、驚いてしまったわ」

 自分の寝台の下で倒れていた無明むみょうの姿を見た時、心臓が止まるかと思った。

 顔色が悪く、とても苦しそうに息をしていたのだ。だが今の力が抜けた自分の腕では、寝台に運ぶこともできず、額の汗を拭ってやることくらいしかできなかった。

「まだ起き上がらない方がいいわ、」

 無理に起き上がろうとしている無明むみょうの肩を抱いて優しく諭すが、ふるふると首を振ってなんとか身体を起こす。

 ふと、身体に掛けられていただろう薄青の衣が、膝の上にはらりと落ちたことに気付く。

 それに、毒が回っていたはずの身体が楽になっている。薄青の衣を軽く握って、眼を細める。間違いなく、白笶びゃくやがここに来て、毒の処置をしてくれたのだろう。

(目覚めるまで、ここにいれば良かったのに。まだなんの礼もしていない)

 外の様子を見れば、夕方になっていた。かなりの時間眠っていたようだ。そう考えると、仕方のないことだろう。目覚めるまでいろだなんて、図々しい話だ。

「母上、父上からの使いはまだ来ていないよね?」

「なにかあるの?」

 こく、と頷き、藍歌らんかが倒れた後に起こったことをすべて話す。奉納舞が上手くいったことや、その後のことも。

「では、あの方がこんな企みを?いったい何のために、こんな、」

 正直、あまり関わりのない人物の名前が出たことに、藍歌らんかも腑に落ちない表情をしていた。

「それはもちろん、本人から直接、宗主の前で話してもらうよ」

 どんな言い訳をしようが、絶対に言い逃れができないようにする。そして正当な罰を下してもらうことが、今回の件のけじめなのだ。

「母上の方こそ、まだ身体を休めていた方がいい。俺は大丈夫だから、」

 ね、といつもの無邪気な笑みを浮かべ、寝台に促す。仕方なく、藍歌らんかは言われるがままに元の場所へ戻った。

「失礼します、宗主より公子にお呼びがかかりました。準備が出来ましたら、お声掛けください」

 外から聞こえてくる声に、うん、わかった!と無明むみょうは答える。衣裳を着替えるのも面倒なので、髪の毛だけいつものように後ろで一本に括る。

 赤い紐が編み込まれたままの髪も一緒に括っているため、それはそれで女子おなごのような姿だったが、特に気にする様子もない。

「じゃあ、行ってくる」

「いってらっしゃい。でも、無理はだめよ、」

 生まれた時に見たその瞳は、それ以来仮面の奥に隠れて見えなかったが、今はすぐ目の前にあって、なんだか懐かしい気持ちになった。

 手を伸ばして、もう一度頬に触れる。こんな風に、しっかり触れてやることもずっとできなかったから。

「母上の手は、冷たくて気持ちがいいな」

 ふっと目元を細め、どこまでも甘えるように笑って、無明むみょうは頷く。

 その細身の後ろ姿を見送って、藍歌らんかは静かに祈る。なんだか、無明むみょうが遠くに行ってしまうような不思議な感覚があった。

 気のせいであればいい、と瞼を閉じ、再び眠りに落ちた。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった

たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」 大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

学園の天使は今日も嘘を吐く

まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」 家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...