彩雲華胥

柚月なぎ

文字の大きさ
上 下
18 / 231
第一章 予兆

1-18 招かれざる者

しおりを挟む


 始まりの神子みこによってこの地が拓かれた後、光架こうかの民の中から約百年に一度の間隔で、その神子みこの魂を持つ子供が生まれるようになる。

 成長し十五になると山を下り、各地を巡礼し、その地を守護する四神と契約を交わし、その命を国の守護のために尽くすことを誓約する。

 始まりの神子みこと同じ魂を持つ者と、四神の関係は主従で、四神は神子みこの命にしか従わない。そのため、各地の一族にとって神子みこの巡礼はなくてはならないものであった。

 その頃のこの国は今以上に怪異で溢れており、妖獣や妖鬼も多く存在していた。

 当時の神子みこは、鬼術きじゅつを操る烏哭うこくの一族と彼らに従う邪悪なモノ、それらを自らの命を以って伏魔殿に封じ、事態を治めたという。

 しかしその巡礼は、数百年前の晦冥崗かいめいこうでの大きな争いの後、一度も行われていない。神子みこの魂は伏魔殿に多くの邪を封じる代償として、以降、この世に生まれることはなかったのだ。

 その打開策として、行われるようになったのが一年に一度の奉納祭。
 奉納舞を行うことで四神に祈りを捧げ、この地の守護を願うのだ。

 百年祭の四神奉納舞が特別なのは、かつて神子みこが巡礼し、契約を交わしていた時期が百年に一度だったから。

 各地を守護するそれぞれの四神の契約は、数百年前の最後の神子みこのままになっているため、四神は直接ではなく、宝玉を媒介にして間接的に力を貸している状態だった。

 故に、その地の穢れが溜まれば浄化が必要になる。それが百年祭の特別な四神奉納舞であった。

 通常の奉納舞と違うのは、舞う時間が倍以上長いということと、霊力を大量に消耗するということ。


****


 本邸は広く、毎年集まる他の一族たちが集っても十分に余裕があった。

 中央に置かれた丸い舞台は、歩幅でいえば端から端まで縦横で五歩ずつくらいの幅だろうか。また、東西南北それぞれ、東に青、西に白、南に赤、北に黒の宝玉が置かれていた。そしてその舞台の中央には、四神の長で中央を守護するという黄色の竜、黄龍おうりゅうが描かれていた。

 奥の席に金虎きんこ、左側に白群びゃくぐん、右側に雷火らいか姮娥こうがの一族が並んで座っている。

 奉納祭が始まると、古くから一族が代々読み上げてきた長い祝詞のりとを、金虎きんこの宗主が重みのある声で読み上げていく。続いて、各一族が順にそれぞれの四神へ祝詞を捧げていく。

 半刻はんときほど形式的な儀式が厳かに行われた後、従者たちによって膳が運ばれてくる。綺麗に並べられた精進料理と、盃に注がれていく酒。先ほどまでの重たい雰囲気は消え、賑やかな声すら聞こえてくる。

 奉納舞は四神に捧げるものだが、賑やかで華やかである方が良いと言われている。

藍歌らんか夫人の舞、楽しみね、兄様」

「ああ、しかも百年に一度の特別な舞が見られるなんて、幸運だな」

 宗主や母、兄たちの後ろに用意された席に、少し離れて並んで座る竜虎りゅうこ璃琳りりんは、こそこそと母に聞かれないように囁きあう。

「でも、無明むみょうの席は今年も用意されてないのね、」

 母にとって、彼はただのれ者で、一族の恥さらし。大事な奉納祭でなにか事を起こされるくらいなら、いない者として扱う方が良いと考えている。

(そもそもどうしてあいつは、そんなややこしいことをするんだ?)

 母に目を付けられないように、というなら、目立ったことなどせず、静かに大人しくしていた方が絶対に効果がある気がする。

(単に母上を苛つかせて、楽しんでいるだけだったりして)

 あり得なくもないその考えに、竜虎りゅうこは苦笑を浮かべた。

「おい、藍歌らんか夫人は、準備にでも時間がかかってるのか?そろそろ舞台に上がって来る時間だろう?」

 近くの従者に小声だが怒鳴るような威圧感で、兄の虎宇こうが訊ねていた。

「む、迎えは間違いなく、時間通りに邸に向かいましたっ」

「どうしたの?何か問題でも起きたの?」

 姜燈きょうひはふたりの様子に気付いて眼を細める。周りが賑やかなおかげでこの会話は他の一族の者たちには届いていないようだ。

「なにかあったのかしら?」

 璃琳りりんが首を傾げて、前の席の様子を心配そうに見ていた。その後ろに座る親族たちもざわざわとし出したその時だった。

「ちょっと!だめですってばっ!!わーっ!?そっちはもっとだめですーっ」

 若い従者の慌てふためく声と、制止を求める声が響き渡った。

「えーなんでなんで?せっかく綺麗にしたんだから、みんなに見せたい~っ」

「いや、だからそれがだめなんですってっ」

 遠慮なしに衣を掴み、若い従者はその場からなんとか離れようと、もうひとりの声の主を後ろに引きずる。

 広間の入り口にある太い柱の間から、その従者と騒ぎの中心にいる者の細い手と足がバタバタしているのが見えた。

 なんだどうしたと、他の一族たちもそちらに注目し始める。

「どうしたの、何の騒ぎ?」

 この広い広間でもよく通る声で、姜燈きょうひ夫人が奥にいる者たちに訊ねる。他の従者たちも集まって来て、若い従者に加勢する。

 しかしそんな包囲網をするりと軽やかに抜け、広間に現れたのは、思いもしない人物だった。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

学園の天使は今日も嘘を吐く

まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」 家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった

たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」 大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

処理中です...