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第一章 予兆
1-17 決意
しおりを挟む死には至らず、処置を施してしばらく安静にすれば治るだろうが、それは早くても三、四日はかかるだろう。
白笶は袖から鍼を取り出し、的確に経穴にうっていく。しばらくすると、心なしか藍歌の顔色が先ほどよりもずっと良くなっているようだった。
「······良かった、楽になったみたい」
「毒が抜ければ楽になる。だが、今日の奉納舞は諦めた方がいい」
道中の会話で、奉納舞を踊るのが自分の母親だと言っていたのを聞いていた。無明は藍歌の額に浮かぶ冷や汗を布で拭い、心配そうに見つめていた。
昨日の夕方に届けられた新しい衣裳は、そのまま綺麗に畳んで置いてあった。つまり、衣裳に仕込まれた毒ではない。藍歌は、先に化粧をしていたようだった。
鏡台の前で倒れていたから、間違いないだろう。
違和感はそこにある。
「母上、ゆっくり眠ってて。俺が、なんとかしてみせるから」
頬に触れ、安心させるように笑って見せる。眠っているため返答はないが、こうなることを予測していなかったわけではない。
ただ、あまりにも悪質すぎる。今まで様々な嫌がらせは受けてきたが、これは到底赦されるようなことではない。
白笶が無言で部屋を眺めながら歩き回っていることに何か言うつもりはなく、たぶん原因を探しているのだろうと悟る。
(けど、衣裳まで新調させて、奉納祭にあんなに力を入れていた姜燈夫人が、土壇場でこんなことをするかな?)
口元に眼がいった。ずっと違和感があると思っていたが、改めて藍歌の顔をよく見てみる。
そしてふと気付く。こんな派手な紅を藍歌は持っていただろうか?と。
鮮やかな血のように真っ赤な口紅を、躊躇いもなく親指で軽く拭う。
それを自分の口元に運ぼうとした時、やめなさい、と突然手首を握られ止められる。同じことを思ったのか、部屋を物色し、鏡台の上にあった紅を手にした白笶が隣にいた。
「思っている通り、これが原因だろう」
うん、と無明は頷き、少し震えた手つきで、藍歌の唇を彩る、異様なほど赤い紅を綺麗に布で拭う。
夕方の記憶を辿る。
箱を開けた時、美しい衣裳と共に添えられた小物入れのような物が確かにあった。
そっと置かれた小さな入れ物を見つめ、決心するようにぐっと握りしめる。
「······公子様、頼みがあるんだけど、」
それがどんな頼みであっても、目の前の青年は頷いてくれるだろうと無明は確信していた。案の定、
「わかった」
と言って、なにも聞かずに白笶は頷いてくれた。
奉納祭まであと一刻ほど。舞の時間までは一刻半の猶予しかない。
この状況を覆すための鍵は、ひとつだけ。藍歌と同じ光架の民の血を引く自分が、代わりに四神奉納舞を完璧に舞うこと。
しかし、四神の宝玉を浄化するための舞は、霊力を使いながら半刻舞い続ける必要があった。今の最弱霊力ではまず無理だ。
それを解決するには、仮面を宗主に外してもらう他ない。
しかし、本邸には入れない無明には、奉納祭が始まる前に、この状況を宗主や竜虎たちに直接伝えることは不可能だった。
ここに本邸の従者が迎えにやって来るのは、奉納祭が始まる直前だ。
普段の無明を知る他の従者たちに言ったところで、なにも解決しないだろう。
つまり、舞台に上がらない限り、宗主には会えないということだ。
「――――という計画なんだけど、」
短時間で考えに考え抜いたその計画を伝え、理解したと白笶は頷く。
そして彼が自分の邸に帰った後、藍歌の手を祈るように握りしめる。
絶対に、赦さない。
母にこんな苦痛を与えた者を。
仮面の奥に、いつもの無邪気さはない。
そして、図らずも幕は上がる――――。
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