彩雲華胥

柚月なぎ

文字の大きさ
上 下
15 / 231
第一章 予兆

1-15 痴れ者、動揺する

しおりを挟む


「なんで先に起きたのに俺を起こさないんだ····っと、白笶びゃくや公子、」

 部屋から大声でやってきたかと思えば、予想もしていなかった人物の姿を見つけ、背筋を伸ばし慌てて腕を囲ってゆうし、下げた頭で隠した顔は、一気に血の気が引いていた。

 白笶びゃくやも同じくこちらに向けて挨拶を交わす。

 表情では何も読めないが、万が一いつもの調子で無明むみょうれ者を演じていたら、確実に失礼なこと以外していないだろう。

 ずかずかと大股でこちらにやってきた竜虎りゅうこの様子から、彼がかなり慌てているのが解る。

 面白そうに笑って、無明むみょうは手を振った。

「なにをそんなに慌てて。金虎きんこの公子がみっともないぞ」

「どの口が!?····まさかお前、なにかしてないだろうな?」

 最初の突っ込みこそ勢いがあったが、そばに寄って来て肩を組み、公子に背を向けたその後は、顔を近づけてこそこそと小声で訊ねてくる。

 返答の代わりにへへっと楽しそうに笑った後、くるりと器用にその腕を抜けて、ふたりの間に立った無明むみょうが、竜虎りゅうこに向けて任せろ、と言わんばかりに片目をぱちりと瞑って合図をした。

(ちょっと待て、なにかしろ・・・・・という意味じゃないぞっ!?)

 咄嗟に手を伸ばして制止しようとしたが、それは見事にかわされてしまう。

 案の定、弾みながら白笶びゃくやの方へ駆け寄ると、彼が後ろに回していた左の腕に自分の腕を絡めていた。

「命の恩人さんに、お礼をしなきゃね!なにがいい?公子様っ」

 ぐいぐいと引かれても微動だにしない公子に、気にせずに笑いかけて、犬のようにまとわりつく。

 馬鹿なことはやめろ、と竜虎りゅうこが引きはがそうと逆に無明むみょうを引っ張る。

 このやりとりにさえ公子は怒りも呆れもせず、ただ一点を見つめて、ひと呼吸し、ぽつりと呟いた。

「····では、一緒に碧水へきすいへ」

 その言葉にふたりは同時に動きを止め、え?と瞬きをした。どういう意味だろう、と。そのままの意味だとしたら、唐突すぎる。

「え、ええっと、遊びに来てってこと、かな?すごく嬉しいけど、でも俺は、宗主の許可がないと紅鏡こうきょうから離れられないんだ」

 まさかの返答に思考が停止して固まっていたが、調子を取り戻して、無明むみょうは答える。

 けして遊びに来てという意味ではないだろうが、解らないふりをして訊ね、もっともな理由を挙げてやんわりと断りを入れる。

 竜虎りゅうこはいまだに固まったままだ。

「では、ここにいる間、都を案内して欲しい」

 表情が変わらないので冗談なのか本気なのか解らない。ただ、譲歩はしてくれたようなので、無明むみょうは人知れず安堵する。

「いいよ!公子様はここにはいつまでいるの?」

「····明後日には発つ」

「わかった。じゃあ明日、迎えに来るねっ」

 こくり、とゆっくり頷き、白笶びゃくやはこちらを見下ろしてくる。視線がまったく外れないので、逆に無明むみょうもまっすぐに見つめ返してみた。灰色がかった青い瞳は、波紋のない水面のように感情が読めない。

(不思議なひとだな····俺にあんなこと言うなんて)

 ああいう行動をとれば、変なやつと思われるか、嫌がられるのが普通だが、この青年はまったく気にした様子もなく、真面目に考えて答えてくれた。

「本当に、ありがとう。来てくれたのが、公子様でよかった。じゃあ、そろそろ俺たちは戻るね」

 竜虎りゅうこの肩に手を置いて、ぽんぽんと叩く。

「ほら、ぼけっとしてないで、早く璃琳りりんを連れて来てよ」

「わ、わかってるっ」

 部屋の方へ駆けて行った竜虎りゅうこを見送り、もう一度白笶びゃくやに視線を向ける。

 そうしている間に、いつの間にか顔を出した朝陽の眩しさに、瞼を細める。長い夜が明け、いつもの朝が来る。

 すぐに璃琳りりんを背負って出てきた竜虎りゅうこが姿を現したので、彼の真意は解らないままだった。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった

たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」 大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

学園の天使は今日も嘘を吐く

まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」 家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...