彩雲華胥

柚月なぎ

文字の大きさ
上 下
11 / 231
第一章 予兆

1-11 白群の第二公子

しおりを挟む


「や、····やった、か?」

 ぜぇぜぇと肩で息をしながら、頬を流れる汗を拭って竜虎りゅうこは辺りを見回す。

 静寂を取り戻したのを確認し、ようやくほっと息を付いたその時。陥没したままのその大地から、ぼこぼこと連続して、土が盛り上がるような奇妙な音が鳴り響いた。

 次々に現れる無数の手は、まるで地面いっぱいに咲いた曼珠沙華のように、赤い月に向かって蠢きながらどんどん伸びていく。

 その数は、もはや数えきれない。

「嘘だろ····あれが地面から全部出てきたら、俺たちだけでは本当にどうにもならないぞっ!」

 全身から力が抜けてしまったのか、がくんと膝から崩れ落ちる。

 そんな竜虎りゅうこの右腕を掴んで、無明むみょうが立たせようと引っ張った。

「まるで、無理やりなにかに呼び起されているみたいだ、」

 這い出てこようとしている殭屍きょうしの群れだが、完全に姿を現すまでには時間がかかりそうだ。

(なにか、原因となるものがあるはず、)

 無明むみょう竜虎りゅうこの腕を放すと、もう一度笛を口元に運んだ。

 あの荒々しい音色とは真逆の、柔らかい優しい音色が奏でられると、ふわりと無明むみょうの身体が宙に浮き、殭屍きょうしの群れの中心へと昇っていく。

 高い位置から見下ろし、笛を吹き続けながら眼を凝らす。笛の音に合わせてぼんやりと、赤い文字で描かれた広範囲の陣が、赤黒い光を湛えて薄っすらと浮かび上がったのだ。

(こんな陣、見たことがない。陰の気が強くて禍々しい····けど、これは、祓う陣ではなく、明らかに強い陰を招く陣!)

 この陣が下にある限り、この地に眠る死体が無限に湧いて出てくる。これでは助けを待つどころか、霊力が尽きて終わりだ。

「真下に大きな陣がある!これを破らないと、無限に湧いて出てくるよ!」

 声の方を見上げ、竜虎りゅうこはくそっと膝に力を込めて立ち上がる。霊剣を握り直し、落ち着くために大きく息を吐いた。

 冷静にならないと。

 ここで自分たちがやられれば、この先にある都が殭屍きょうしで埋め尽くされてしまう。助けは望めない。離れることも赦されない。ならば。

「わかっている!陣があるが術士がいないということは、どこかに媒介があるはず。それを無効化できれば、勝機はある!そうだろっ!?」

 笛を奏でながら、その声に無明むみょうは小さく頷く。

(そのためには、この陣の形を把握しないと!)

 宙に浮き続けるのはかなりの霊力が必要だった。今の状態ではあまり長くは持たないだろう。

 奴らを押さえつけながら、媒介を探す。容易なことではない。

 眼を閉じ、あの荒々しい音色を再び奏でる。土から這い出てこようとしている殭屍きょうしの群れは、またあの圧力で地面に戻される。

 その強さに大地が震え、地震でも起こっているかのように地響きが鳴る。

(これは····六角形の陣?)

 先ほどよりも、さらにくっきりと浮かび上がった赤い陣は六角形で、それぞれ線が重なる場所に、黒い霧がかった部分が見えた。

(陣が下からもはっきり見える····よしっ)

 まずは近い場所から取り掛かる。霊剣をしまい、右手で印を結び、素早く片膝を付いて、地面に強く両手を付く。

 途端に、赤い陣に纏わりつく黒い霧が、白い光に包まれてすぅっと消えていった。

「よし、あと五つ!」

 片手を付いて反動をつけ、勢いよく立ち上がる。上で鳴り響く笛と、下で蠢く殭屍きょうしの身体半分を交互に見ながら、次の場所へと駆ける。

 あと四つ、三つ、二つ、と次々に媒体を無効化していく竜虎りゅうこだったが、最後の一つに取り掛かろうとしたその時、笛の音が突然ふつりと切れた。

 はっと見上げたその時、赤い月がまず眼に入った。その次に、大きな月に照らされ、ぐらりとその華奢な身体が力なく傾ぐ姿が見えた。

 黒い衣は月のせいか赤黒く染まっており、傾いだ身体が頭を下して、ゆっくりと無数の殭屍きょうしたちの待つ地面へと近づいていく。

 まずい!と、考えるより先に、再び自由を取り戻した殭屍きょうしの群れに向かって、地面を強く蹴ろうとしたその時————。

 白い光を湛えた大きな陣が闇夜に咲き、この辺り一帯を照らすように展開された。

 その瞬間、活発に動き出していた殭屍きょうしの群れが、再び強い霊力で圧し潰されると同時に、ぼろぼろと崩れて土に還っていく。

 降り注ぐ光は神々しく、まるで天女でも降りてきそうな光景だった。

 突然の出来事に呆然として立ち尽くす竜虎りゅうこだったが、次々に上がる獣のように耳障りな殭屍きょうしたちの悲鳴で、すぐさま現実に戻され、肝心なことを思い出す。

(あいつは?どうなった!?)

 辺りを見回し、はっと何かを見つける。丁度、陣を挟んで反対側。崩れていく殭屍きょうしの群れの先に、人影があった。

無明むみょう、無事か!?」

 大声で叫ぶ。あの人影がそうに違いないと確信する。しかし、眼が慣れてその姿が現れた時、竜虎りゅうこは色んな意味で驚愕した。

 そこには、薄い青色の衣を纏った青年に大事に抱きかかえられた、無明むみょうの姿があった。

 その薄青の衣が意味するのは、金虎きんこの一族ではなく、碧水へきすい白群びゃくぐん

 そして|竜虎《はその人物を知っていた。

(····白笶びゃくや公子?)

 腰まである長い髪を、藍色の髪紐で高い位置で結んでいる背の高い細身の青年が、ゆっくりとこちらをふり向いた。

 興味がないとでもいうように、無明むみょうを抱きかかえたまま、赤い陣を冷たい瞳で見下ろしている。

 上空に展開されている白い陣は、今もなお殭屍きょうしたちを次々に塵にしていくが、いつまでも生まれ出るそれらに気付いたようだ。

白笶びゃくや公子、この赤い陣を無効化しない限り、やつらは召喚され続ける。あとひとつで終わるので、それまでどうか力を貸して欲しい」

 声の届く場所まで駆け寄って、簡潔に話す。非常事態なので、言いながら軽く拱手礼の仕草を見せ、相手は手が塞がっているため会釈で快諾の意を表す。

「····かまわない」

 低い声が返ってくる。眉目秀麗な青年は、口数が少なく、あまり交流はなかったが、顔見知りではあった。毎年この時期にだけ、この地に訪れる。

 まさかこんな所で出くわすとは、夢にも思わなかったが。

 竜虎りゅうこが最後の媒介を無効化し、赤い陣がゆっくりとあの禍々しい光を失っていく。

 同時に宙に展開されていた白い陣が、地面にどんどん近づいてきて、しまいにはすべてを地面に押し戻し、役目を終えたとばかりに消えてしまった。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

堕とされた悪役令息

SEKISUI
BL
 転生したら恋い焦がれたあの人がいるゲームの世界だった  王子ルートのシナリオを成立させてあの人を確実手に入れる  それまであの人との関係を楽しむ主人公  

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった

たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」 大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

学園の天使は今日も嘘を吐く

まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」 家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

処理中です...