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第二話 疫病神と問題児

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 ――――半年前。

 剣や武芸を極める事によって仙への道を説く流派である風明フォンミン派において、符術や陣を主とする道士は本来優遇されることはない。そもそも、そのような道士たちがこの門派を選ぶことはないだろう。

 しかしそんな風明フォンミン派の中で、武芸の修練に一切顔を出さず、特別に用意された別棟の自室からほとんど出ることなく、首席道士の肩書を与えられている若き青年がいた。

 ほぼ引きこもり道士と化している青年は、門派の実質的な長である掌門しょうもんから直々に任務を与えられることがある。

 それは決まって上級の妖魔や魔族の討伐、門派の道士たちが手に負えないような厄介な怪異を解決するという任務が主で、道士たちを率いる師として、その時ばかりは自室から外に出ることを余儀なくされる。

 彼は仕方なく赴きはするが、道士たちに手を貸すことはなく、いつも安全な後方から大扇を扇いで状況を眺めているだけで、なにもしない。指示すら出さない。

 道士たちはそれを噂で聞いて知ってはいたが、実際それを目の当たりにすると怒りが込み上げてくる。こっちは命懸けで戦っているのに! と。

 だが相手は師の肩書を持っている為、文句などもちろん表立っては言えない。仮に誰かが大きな怪我を負ったり、死んでしまうような事態になれば口を揃えて「あんたが動かなかったからだ!」と訴えられるのだが、格上で上級の妖魔相手になぜか予想以上に楽に勝ててしまうのだ。

 最初は皆が不思議に思うが、やがて任務を終える頃には、大抵の道士たちが自分たちにその実力があったからだと思い込む。

 彼が率いた道士たちは、今まで一度も重症者や死者を出していないにも拘らず、その後、翠雪ツェイシュエ抜きで別の討伐の任務に赴いた者たちの約半数が、重傷を負って帰って来るか、最悪、命を落として帰らぬひととなる。

 故に、翠雪ツェイシュエと関わった道士たちがいつしか口を揃えて彼のことをこう呼ぶようになる。疫病神、もしくは死神と。もちろん本人は否定も肯定もしない。なぜそんなことになるのか、彼自身はその原因を知っていたからだ。

 はあ、と大きく嘆息して、中性的な面立ちの美しい青年が大扇で口元を隠しながら目の前の少年を見据える。

「噂は耳に入っているでしょう? あなたも私などの傍にいたら、その内きっと同じ目に遭いますよ? それでも構わないと?」

 背中まである茶色い髪を右側ひと房だけ三つ編みにしていて、白い道袍の上に若草色の衣を纏っている翠雪ツェイシュエは、大きな翡翠の瞳を細めて問う。

 秀麗な顔立ちの自分とさほど歳も変わらなそうな少年の名は、天雨ティェンユーというらしい。

 その長い黒髪を高い位置で括って背中に垂らしており、風明フォンミン派の門下生以上の道士と認められた者たちが纏う、白と黒が左右半分ずつの長い上衣に赤い帯、白い下衣を纏っていた。
 
 違和感があるとすれば、あまりこの辺りでは見ない灰色がかった青い瞳と、他の道士たちが佩いている細身の退魔剣ではなく、珍しい湾曲の刀剣を腰に佩いていることくらいだろうか。 

「そんな間抜け共と一緒にしないで欲しい。俺は、あの討伐の時にあなたがなにをしていたのか、知ってる。その上で、弟子入りを志願したんだ」

 そして約半年間毎日欠かさずしつこく通い、先程やっと承諾してもらえたのだ。なぜ、彼が率いた道士たちがほとんど無傷で帰って来られるのか。どうして今まで誰も気付かなかったのか。その理由に天雨ティェンユーは心当たりがあった。

「あなたはなにもしていないようなふり・・をして、詠唱もせずに見えない陣を展開させ、妖魔たちの魔力を低下させていた。劣っている道士たちを援護し、守りながら全体の戦況を判断していたんだ」

 それを大半の道士たちが自分たちが強かったからと勘違いをして、次の任務に赴いて失敗していたのだという真実を知った。本人から聞いたわけではないが、あの妖魔討伐の際に天雨ティェンユー翠雪ツェイシュエを観察して、辿り着いた答えだった。

「私などに弟子入りしても、この門派が主とする武の修練は説けません。そもそも私は、自分の研究で手一杯なんです。それに私の弟子だなんて名乗るのは、あなたの道士としての生涯の汚点となることでしょう」

「別に構わない。他の奴を師と仰ぐより、ずっと自分を納得させられる」

 翠雪ツェイシュエは首を傾げる。ずっと思っていたが、どうしてこの少年は自分に対して敬語を使わないのか。おそらく年下で、道士ではあるが立場ももちろん翠雪ツェイシュエの方が上だ。

「まさか他の師が気に喰わないから、まったく関係のない私の所に来たわけじゃないですよね?」

「俺は風獅フォンシー様に拾われた恩があるからここの道士になったが、この門派で学ぶ事が正直ない。あなたが押しに弱そうなのはなんとなくわかってたけど、たった半年で諦めてくれるなんて思わなかった」

 は? と翠雪ツェイシュエは、自分の想像の斜め上の答えを平然と言ってのけた目の前の生意気な少年に対して、珍しく次の言葉が出て来なかった。もしかしなくても選択肢を誤ったのではないか? と今更後悔する。

「それに俺の一族は代々退魔師だから、わざわざ道士の道を極める理由がない。あなたも同じようなものだろう? だから他の奴らと距離を置いて、ひとりでいる」

「あなたって、もしかしなくても問題児って言われてません?」

 彼の弟子入りの本当の目的は、おそらく別のところにあるのだろう。どこまでが本当でどこまでが偽りなのか。もはや考えても仕方がない。

 一度弟子として認めてしまったからには、早々に破門になどできるわけがないのだ。


 まったくそりが合わないこの弟子と師の関係の始まりは、天雨ティェンユーが十六歳、翠雪ツェイシュエが十八歳の頃の話である。


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