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6章 剣祇祭
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夕暮れを迎えた。
長門は、その大きさと重量故に、分解して持ち運ばねばならない。逆に使用するときは、当然組み立てが必要となり、どれほど急いでも数時間は掛かってしまう。
「できたか」
朱色に染め上げられる砲身を見上げ、呟く。
汗水を垂らし作業に当たってくれた魔導官達に感謝し、そっと巨体を撫でる。夏の日差しを浴びていたため、鋼鉄の体躯は生きているかのように熱を持っている。
尾栓装置のすぐ脇には、人ひとりが立てるような足場が設けられ、手の届く場所に直方体の黒い機材が接続されている。半透明の素材が一部に使用されており、放熱用の隙間も無数に開いている。
懐中時計を開くと、五時半と示している。作戦開始の時間である。甲高い笛の音が新田島に木霊する。
直方体に手を宛がい、魔力を流す。半透明の部分が緑の蛍光色が灯る。体内の魔力が抜けていくにつれ、身体が芯から冷えるような感覚を受ける。しかし、異能を併用することでそれは解消できる。
第一段階の充填が終わる。これをおよそ二十回繰り返す。異能の恩恵で魔力は無くならない。しかし、精神力はそうではなく、砲撃後はしばらく動けなくなる。ゆえに機会は一度きりである。
第二、第三段階が充填し終えた頃、木々がざわめき始め雄叫びや怒声が聞こえてきた。
核持ちが自身を害するだけの魔力に気が付いたのだ。半不浄は動かない核持ちの手足となっている。それらが仄に向かって動き出した。
「おお、始まったか」
「何をのほほんとしてるんだ、お前は」
新田島は大きな島ではない。島内でどんなに離れていようと、大声で叫べば耳に届く程度の大きさだ。そのため、どこかで戦闘が始まろうものなら現場に居合わせなくとも分かる。
「俺らも」
「行く必要はない」
「なんでだ?」
「どうして配置が決まっているのか考えろよ。自分たちの為すべきことは、半不浄が『ここ』に来たときに倒すことだ」
ここ、という部分を強調する。
「むう……まあ、そうか」
納得したのか、倒木に腰を下ろす。
「……なあ、お前さ」
六之介をじいっと見つめた後に、おもむろに口を開く。
「なんだ?」
「この間の件、どう思ってるんだ?」
何のことであるかは、言うまでのない。住良木村での事件だ。
「どう、とは?」
「いや、その、気に病んだりさ」
「しない」
即答である。一切の言い淀みもなく、本心であると伝わってくる。
「でもよ」
「なんだ? 人を殺した罪悪感に苛まれる自分が見たいのか?」
「そうじゃねえよ! ただよ、そのなんつーか、ああやって誰かを殺めたりは……その」
六之介の嘲笑するような物言いに、かっと声を荒げるがすぐにその声色は小さくなり、口をすぼめていく。
はっきりしない態度が癪に障ったのか、六之介は再度、五樹を煽る様に口を開く。
「では、お前はあのまま殺されるのが御所望だったのか」
「それも違う! 俺、馬鹿だからうまく言えねえけど、お前に怒ってもいるし、感謝もしてるんだよ」
何度か視線を泳がせた後、六之介を見据える。
「魔導官は、人間を守るもんだ。そして、俺個人としても人をあんな風に殺すなんて認められない。でもよ、生物として、一つの命ある存在としては感謝してるんだ。お前が助けてくれたことを」
「別に助けたわけじゃないさ」
あの時、六之介にそんな意識はなかった。ただ目の前にいる存在を、敵を駆除せねば、自分自身が危険に瀕する。それを避けねばならない。ただそれだけが頭の中にあった。
五樹の存在は、完全に意識の外だった。
「それでも結果的に助かったんだ。礼を言わせてくれよ」
咳払いをし、襟元を正す。改めて真っすぐに目を向け頭を下げる。
「ありがとう、そんで、すまない」
「何故謝る?」
謝られるようなことがあっただろうか。
「お前に汚れ役を背負わせちまったからな。そのせいで……鏡美と、あれから疎遠だろ、お前」
本来、ここに派遣されたのは六之介と華也であった。しかし、彼女はそれを拒んだ。任務の強要はしないのが雲雀の方針であるため、第六十六魔導官署員には任務の拒否権がある。しかし、それでも華也が任務を拒むなど初の出来事であり、仄ですら一瞬驚愕の表情を浮かべたほどである。
私生活においても、食事は作ってもらえるがいつものような談笑は無く、重苦しいまでの沈黙が松雲寮の食堂を支配するのが、最近の常である。おかげで共同生活をする三人はこれ以上ない居心地の悪さを味わう羽目になっている。
「別に。さして親しいわけでもないさ」
ふんと鼻で笑う。
「嘘言え。魔導官学校からの付き合いだが、あいつがあんなに懐いてたのは筑紫とお前だけだぜ」
「へえ、そうなの」
同学年であることは知っていたが、それは初耳である。
「あいつ、多分自分でもよく分かんなくなってんだろうさ。民間人を守るのが魔導官の使命だってのに、保護対象に命を狙われた。その上同僚が手を汚したんだからな」
こんな仕事をしているのだから、手を染めることは勿論、人から狙われることもある。そんなことは皆承知の上。おそらく華也もそうだ。だが、彼女は、人が人を傷つけるという行為を認めたくなかったのだろう。つまりは、覚悟が足りなかったのだ。そのつけが、認識の甘さが今回の事件で露呈したのだ。
「今度よ、御剣で夏祭りがあるんだ。そん時にでも一緒に回って話せよ、鏡美と」
元より祭りは楽しむ予定であったが、誰かと回ろうなど考えてもいなかった。
「なんでお前に指図されなきゃならない」
「ほら、数字的に兄貴分だし?」
この二人が出会った日に、五樹が言っていたことだ。
「まだ覚えてたのか、そんな馬鹿げたこと」
「へへ」
楽し気に五樹が笑う。それと同時に、木々を掻き分けふらりと何かが躍り出る。
目を血走らせ、唾液を滴らせる大猪であった。どう見ても正気ではない。
「ようやく出番か!」
「ちっ……このまま終わればよかったのに」
「何言ってんだ! いっくぜえええ!」
金剛を抜刀し、咆哮。五樹は敵に向かい、駆け出した。
長門は、その大きさと重量故に、分解して持ち運ばねばならない。逆に使用するときは、当然組み立てが必要となり、どれほど急いでも数時間は掛かってしまう。
「できたか」
朱色に染め上げられる砲身を見上げ、呟く。
汗水を垂らし作業に当たってくれた魔導官達に感謝し、そっと巨体を撫でる。夏の日差しを浴びていたため、鋼鉄の体躯は生きているかのように熱を持っている。
尾栓装置のすぐ脇には、人ひとりが立てるような足場が設けられ、手の届く場所に直方体の黒い機材が接続されている。半透明の素材が一部に使用されており、放熱用の隙間も無数に開いている。
懐中時計を開くと、五時半と示している。作戦開始の時間である。甲高い笛の音が新田島に木霊する。
直方体に手を宛がい、魔力を流す。半透明の部分が緑の蛍光色が灯る。体内の魔力が抜けていくにつれ、身体が芯から冷えるような感覚を受ける。しかし、異能を併用することでそれは解消できる。
第一段階の充填が終わる。これをおよそ二十回繰り返す。異能の恩恵で魔力は無くならない。しかし、精神力はそうではなく、砲撃後はしばらく動けなくなる。ゆえに機会は一度きりである。
第二、第三段階が充填し終えた頃、木々がざわめき始め雄叫びや怒声が聞こえてきた。
核持ちが自身を害するだけの魔力に気が付いたのだ。半不浄は動かない核持ちの手足となっている。それらが仄に向かって動き出した。
「おお、始まったか」
「何をのほほんとしてるんだ、お前は」
新田島は大きな島ではない。島内でどんなに離れていようと、大声で叫べば耳に届く程度の大きさだ。そのため、どこかで戦闘が始まろうものなら現場に居合わせなくとも分かる。
「俺らも」
「行く必要はない」
「なんでだ?」
「どうして配置が決まっているのか考えろよ。自分たちの為すべきことは、半不浄が『ここ』に来たときに倒すことだ」
ここ、という部分を強調する。
「むう……まあ、そうか」
納得したのか、倒木に腰を下ろす。
「……なあ、お前さ」
六之介をじいっと見つめた後に、おもむろに口を開く。
「なんだ?」
「この間の件、どう思ってるんだ?」
何のことであるかは、言うまでのない。住良木村での事件だ。
「どう、とは?」
「いや、その、気に病んだりさ」
「しない」
即答である。一切の言い淀みもなく、本心であると伝わってくる。
「でもよ」
「なんだ? 人を殺した罪悪感に苛まれる自分が見たいのか?」
「そうじゃねえよ! ただよ、そのなんつーか、ああやって誰かを殺めたりは……その」
六之介の嘲笑するような物言いに、かっと声を荒げるがすぐにその声色は小さくなり、口をすぼめていく。
はっきりしない態度が癪に障ったのか、六之介は再度、五樹を煽る様に口を開く。
「では、お前はあのまま殺されるのが御所望だったのか」
「それも違う! 俺、馬鹿だからうまく言えねえけど、お前に怒ってもいるし、感謝もしてるんだよ」
何度か視線を泳がせた後、六之介を見据える。
「魔導官は、人間を守るもんだ。そして、俺個人としても人をあんな風に殺すなんて認められない。でもよ、生物として、一つの命ある存在としては感謝してるんだ。お前が助けてくれたことを」
「別に助けたわけじゃないさ」
あの時、六之介にそんな意識はなかった。ただ目の前にいる存在を、敵を駆除せねば、自分自身が危険に瀕する。それを避けねばならない。ただそれだけが頭の中にあった。
五樹の存在は、完全に意識の外だった。
「それでも結果的に助かったんだ。礼を言わせてくれよ」
咳払いをし、襟元を正す。改めて真っすぐに目を向け頭を下げる。
「ありがとう、そんで、すまない」
「何故謝る?」
謝られるようなことがあっただろうか。
「お前に汚れ役を背負わせちまったからな。そのせいで……鏡美と、あれから疎遠だろ、お前」
本来、ここに派遣されたのは六之介と華也であった。しかし、彼女はそれを拒んだ。任務の強要はしないのが雲雀の方針であるため、第六十六魔導官署員には任務の拒否権がある。しかし、それでも華也が任務を拒むなど初の出来事であり、仄ですら一瞬驚愕の表情を浮かべたほどである。
私生活においても、食事は作ってもらえるがいつものような談笑は無く、重苦しいまでの沈黙が松雲寮の食堂を支配するのが、最近の常である。おかげで共同生活をする三人はこれ以上ない居心地の悪さを味わう羽目になっている。
「別に。さして親しいわけでもないさ」
ふんと鼻で笑う。
「嘘言え。魔導官学校からの付き合いだが、あいつがあんなに懐いてたのは筑紫とお前だけだぜ」
「へえ、そうなの」
同学年であることは知っていたが、それは初耳である。
「あいつ、多分自分でもよく分かんなくなってんだろうさ。民間人を守るのが魔導官の使命だってのに、保護対象に命を狙われた。その上同僚が手を汚したんだからな」
こんな仕事をしているのだから、手を染めることは勿論、人から狙われることもある。そんなことは皆承知の上。おそらく華也もそうだ。だが、彼女は、人が人を傷つけるという行為を認めたくなかったのだろう。つまりは、覚悟が足りなかったのだ。そのつけが、認識の甘さが今回の事件で露呈したのだ。
「今度よ、御剣で夏祭りがあるんだ。そん時にでも一緒に回って話せよ、鏡美と」
元より祭りは楽しむ予定であったが、誰かと回ろうなど考えてもいなかった。
「なんでお前に指図されなきゃならない」
「ほら、数字的に兄貴分だし?」
この二人が出会った日に、五樹が言っていたことだ。
「まだ覚えてたのか、そんな馬鹿げたこと」
「へへ」
楽し気に五樹が笑う。それと同時に、木々を掻き分けふらりと何かが躍り出る。
目を血走らせ、唾液を滴らせる大猪であった。どう見ても正気ではない。
「ようやく出番か!」
「ちっ……このまま終わればよかったのに」
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