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2章 御剣の担い手
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「……なるほどね、話は分かった」
小一時間ほどの説明を終え、六之介はぐったりとうなだれている。
ここは第六十六魔導官署署長室、先ほどまでいた第六十七魔導官署と構造は同じだが、こちらはかなり私物が多い。雑誌、瓶、犬の置物、観葉植物、衣類、そして何よりも目立つのが段ボール箱である。
二つの世界の共通点を喜ぶよりも先に、その中身に対する驚愕が先行する。膝を抱えれば六之介でも入れそうなその中身は、駄菓子であった。他に嵩増しするものは何一つ入っていない。全てが駄菓子である。
重量にして十キロはあるだろう。
雲雀は六之介に問いながら、それらを貪り、これまた巨大なゴミ箱に包装を叩き込む。根掘り葉掘り聞かれる疲労感と、見ているだけで胸焼けしそうな光景に、六之介は精根が尽きていた。
「んで、六之介、お前はこれからどうする気だ?」
突っ伏していた状態から、弱弱しく頭を上げる。
「……とりあえず、何か仕事を見つけようかなあと」
「文字も読めないのにか」
それを言われると、正直つらいものがある。
田舎はともかく、都市で暮らしているような人々は皆、文字の読み書きは完璧にこなせるという。まずその時点で六之介は劣っているということになる。
「そこは、まあ、華也ちゃんが教えてくれるという約束になってるんで」
ちらりと見ると、何度も力強く頷いている。
「そうか。んで、鏡美、いつ教えるんだ?」
ぴたりと華也の動きが止まる。
「え、休日とかでいいんじゃないの?」
「そうなると週に2度ほどになってしまうんです、言語習得には少なすぎます」
以前の世界の英語教育を思い出し、六之介は苦い表情を浮かべる。
「じゃあ、自分が魔導官署を訪ねて……」
「基本的に魔導官署は関係者以外立ち入り禁止だ」
雲雀がぶっきらぼうに告げる。
となると、魔導官としての仕事を終えた華也を訪ねるということも、と考える。だが、それだと彼女の負担が大きすぎるだろう。他者のことを顧みなければ可能だが、六之介は乗り気にはなれない。
「ええっと、どうしましょう……」
そんな中で楽しそうにしているのが掛坂雲雀である。
ふんぞり返りながら、串に刺されたカステラをかじる。
「……これ、誘ってますよね?」
誘うというより、もっと強制力の強いものであるようだが。
「はて、なんのことか分かりかねるな」
絶対に分かっているのだろう。串をゴミ箱に投げ入れ、十五本目に手を伸ばす。
「はあ」
「あの、ひょっとして」
華也にも分かっているようだ。
「たしかに、魔導官になれば華也ちゃんと一緒にいられますし、勉強もできますけど」
「誰かに命を託したくない、と」
雲雀の眼光が鋭くなる。
野田よりも遥かに若いというのに、その鋭さは尋常ではなく、貫かれるようだった。前の世界でもこれほどの迫力を感じたことは決して多くない。思わず、生唾を飲み込む。
「……はい」
この肯定は、貴方に命を預ける気はない、信用していないという意味も含んでいる。言われた方は、面白くないだろう。それは六之介も十分に把握している。しかし、だからといって決して譲れないものがある。
自分の命は、自分だけのものだ。それを誰かに使われたり、託したりなど、するわけにはいかない。
雲雀は黙ったまま、咀嚼し、飲み込む。
「……ふっ」
小さく息を吐き出し、笑いだす。
「はっはっはっは! そうよ、その通りだ。自分の命だ、他人に任せるなど、託すなど、馬鹿のすることだ。それが魔導官という職種であればなおさら。お前の言うことは間違っちゃいない」
卓上に置かれていた茶を一気に飲み干し、荒々しく置く。
「だが、お前の知識、能力は魔導官に向いている」
「いや、そんなことは……」
「あるさ。他でもない、この俺が言うんだ、間違いない」
なんたる自尊心かと感服すらする。
「お前に1ついいことを教えてやろう。この魔導官署における大原則だ。それはな、自分で決心し行動しろ、だ」
「それは、つまり」
「そう、俺は1度たりともここにいるやつに何かを強いたことはない。どんな任務でも、やりたいやつがやるだけだ」
「組織として、それでいいんですか? もし誰もやりたがらないような危険な任務が上から来たら……」
当然、下の者が任命される。万全の準備は為されるだろうが、万が一ということがある。危険なことに変わりはない。
「ふん、愚問だな。そんな任務をいくらでも簡単にこなす、他の魔導官署になく、ここだけに存在するものがあるだろう」
雲雀の背後にある大きな窓から、光が差し込めている。さながらそれは後光のように、彼を照らす。
「この俺だ」
犬歯を覗かせ、右目の紫が怪しく輝いている。その様は、逞しくもどこか禍々しい。ただ、彼から妙な魅力を感じてしまっているのも事実であった。
「……はあ」
心にあるのは、諦めである。
以前の世界での境遇から、誰かに尽くすということ、下に就くということに抵抗があった。否、拒絶していた。華也の言葉でさえも頑なに拒んでいた。だというのに、この男はそれを打ち崩してくる。なんと乱暴なことか、という呆れ。それと、それを一瞬でも心地よく感じてしまった自分自身への驚きが籠ったため息である。
「……わぁーかりましたよ、やりますよ」
「ふぇっ?」
華也が目を見開いている。
この娘は随分と鈍いところがある。
「魔導官、やりましょう」
その言葉を待っていたというよりは、出させるつもりだったのだろう。雲雀の机には、既に必要書類が置かれていた。
それと凝った装飾の万年筆を華也に突きつける。
「鏡美、お前が代筆だ。手続きを済ませるぞ!」
楽しくて仕方がない、そんな声色で雲雀は告げた。
小一時間ほどの説明を終え、六之介はぐったりとうなだれている。
ここは第六十六魔導官署署長室、先ほどまでいた第六十七魔導官署と構造は同じだが、こちらはかなり私物が多い。雑誌、瓶、犬の置物、観葉植物、衣類、そして何よりも目立つのが段ボール箱である。
二つの世界の共通点を喜ぶよりも先に、その中身に対する驚愕が先行する。膝を抱えれば六之介でも入れそうなその中身は、駄菓子であった。他に嵩増しするものは何一つ入っていない。全てが駄菓子である。
重量にして十キロはあるだろう。
雲雀は六之介に問いながら、それらを貪り、これまた巨大なゴミ箱に包装を叩き込む。根掘り葉掘り聞かれる疲労感と、見ているだけで胸焼けしそうな光景に、六之介は精根が尽きていた。
「んで、六之介、お前はこれからどうする気だ?」
突っ伏していた状態から、弱弱しく頭を上げる。
「……とりあえず、何か仕事を見つけようかなあと」
「文字も読めないのにか」
それを言われると、正直つらいものがある。
田舎はともかく、都市で暮らしているような人々は皆、文字の読み書きは完璧にこなせるという。まずその時点で六之介は劣っているということになる。
「そこは、まあ、華也ちゃんが教えてくれるという約束になってるんで」
ちらりと見ると、何度も力強く頷いている。
「そうか。んで、鏡美、いつ教えるんだ?」
ぴたりと華也の動きが止まる。
「え、休日とかでいいんじゃないの?」
「そうなると週に2度ほどになってしまうんです、言語習得には少なすぎます」
以前の世界の英語教育を思い出し、六之介は苦い表情を浮かべる。
「じゃあ、自分が魔導官署を訪ねて……」
「基本的に魔導官署は関係者以外立ち入り禁止だ」
雲雀がぶっきらぼうに告げる。
となると、魔導官としての仕事を終えた華也を訪ねるということも、と考える。だが、それだと彼女の負担が大きすぎるだろう。他者のことを顧みなければ可能だが、六之介は乗り気にはなれない。
「ええっと、どうしましょう……」
そんな中で楽しそうにしているのが掛坂雲雀である。
ふんぞり返りながら、串に刺されたカステラをかじる。
「……これ、誘ってますよね?」
誘うというより、もっと強制力の強いものであるようだが。
「はて、なんのことか分かりかねるな」
絶対に分かっているのだろう。串をゴミ箱に投げ入れ、十五本目に手を伸ばす。
「はあ」
「あの、ひょっとして」
華也にも分かっているようだ。
「たしかに、魔導官になれば華也ちゃんと一緒にいられますし、勉強もできますけど」
「誰かに命を託したくない、と」
雲雀の眼光が鋭くなる。
野田よりも遥かに若いというのに、その鋭さは尋常ではなく、貫かれるようだった。前の世界でもこれほどの迫力を感じたことは決して多くない。思わず、生唾を飲み込む。
「……はい」
この肯定は、貴方に命を預ける気はない、信用していないという意味も含んでいる。言われた方は、面白くないだろう。それは六之介も十分に把握している。しかし、だからといって決して譲れないものがある。
自分の命は、自分だけのものだ。それを誰かに使われたり、託したりなど、するわけにはいかない。
雲雀は黙ったまま、咀嚼し、飲み込む。
「……ふっ」
小さく息を吐き出し、笑いだす。
「はっはっはっは! そうよ、その通りだ。自分の命だ、他人に任せるなど、託すなど、馬鹿のすることだ。それが魔導官という職種であればなおさら。お前の言うことは間違っちゃいない」
卓上に置かれていた茶を一気に飲み干し、荒々しく置く。
「だが、お前の知識、能力は魔導官に向いている」
「いや、そんなことは……」
「あるさ。他でもない、この俺が言うんだ、間違いない」
なんたる自尊心かと感服すらする。
「お前に1ついいことを教えてやろう。この魔導官署における大原則だ。それはな、自分で決心し行動しろ、だ」
「それは、つまり」
「そう、俺は1度たりともここにいるやつに何かを強いたことはない。どんな任務でも、やりたいやつがやるだけだ」
「組織として、それでいいんですか? もし誰もやりたがらないような危険な任務が上から来たら……」
当然、下の者が任命される。万全の準備は為されるだろうが、万が一ということがある。危険なことに変わりはない。
「ふん、愚問だな。そんな任務をいくらでも簡単にこなす、他の魔導官署になく、ここだけに存在するものがあるだろう」
雲雀の背後にある大きな窓から、光が差し込めている。さながらそれは後光のように、彼を照らす。
「この俺だ」
犬歯を覗かせ、右目の紫が怪しく輝いている。その様は、逞しくもどこか禍々しい。ただ、彼から妙な魅力を感じてしまっているのも事実であった。
「……はあ」
心にあるのは、諦めである。
以前の世界での境遇から、誰かに尽くすということ、下に就くということに抵抗があった。否、拒絶していた。華也の言葉でさえも頑なに拒んでいた。だというのに、この男はそれを打ち崩してくる。なんと乱暴なことか、という呆れ。それと、それを一瞬でも心地よく感じてしまった自分自身への驚きが籠ったため息である。
「……わぁーかりましたよ、やりますよ」
「ふぇっ?」
華也が目を見開いている。
この娘は随分と鈍いところがある。
「魔導官、やりましょう」
その言葉を待っていたというよりは、出させるつもりだったのだろう。雲雀の机には、既に必要書類が置かれていた。
それと凝った装飾の万年筆を華也に突きつける。
「鏡美、お前が代筆だ。手続きを済ませるぞ!」
楽しくて仕方がない、そんな声色で雲雀は告げた。
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