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大槍武祭編
9話
しおりを挟む「強化魔法でお互い強化し、木槍を使い戦ってもらう。いや、木槍じゃ折れるか。木槍を鉄の槍へ変え、戦ってもらう。」
今までと対してルールは変わらない。
槍が木から鉄に変わり、強化魔法が使えるようになっただけだ。鉄の槍に刃は付いていない。言ってしまえば、ただの長い鉄の棒。
強化された肉体で木槍を使えば、小枝の様にポキリと折れてしまうだろう。槍術の腕を競う大会で開始早々槍が折れるなど笑えない。
影丸と冬瓜は鉄の槍を受け取り、強化魔法を発動する。
『我は武人。強固にして強靭。何者よりも速く、何者よりも強い、切っ尖の劔なり。』
これは大和に伝わる武人のみが使うことのできる特別な強化魔法。身体は鋼のように硬くなり、強靭な肉体へと変える。強化していられる時間や、どこまで高められるかは使用者の技量次第。
お互い、強化魔法で強化すると二人の周りに風が起こり、囲むように砂埃が立った。この魔法の特徴だ。
「では、これより大槍武祭、決勝戦を始める。」
両者は配置につき、会場は心臓の音すら聞こえてきそうなくらい静まり返る。
聞こえるのは自分の心臓のみ、会場全体に緊張が走る。
「はじめっ!!」
両者が一斉に飛び出し、闘技場中央でお互いの槍が衝突する。それは衝撃波を生み、辺りを風圧で吹き飛ばした。その風圧は観客席まで届き、観客から驚きと声援が上がる。両者は端から端へと飛び、闘技場全体で火花を散らす。お互いの攻撃は身体すれすれを通る。だが決して当たることはない。ここまでは両者互角の戦いをする。
「ははっ!オモシレーー!!やっぱ、つえーよ!さすが、俺のライバルッ!だが、これまでだ!」
影丸は息を飲む。再び両者が衝突。その間際、冬瓜が笑みを見せる。
次の瞬間、目の前から冬瓜が消えた。心臓が高鳴る。全神経を研ぎ澄ませた影丸のセンサーが反応する。辛うじて、目の端で冬瓜の動きを捉える。冬瓜は一瞬にして影丸の背後へ移動した。背後からの攻撃を体勢を崩しながら紙一重でかわした。
「よく避けたな、さすがだ。」
これが冬瓜のスキルである事はすぐにわかった。恐らく見たままのスキルだろう。
高速移動だ。突然のスピードアップ。瞬間移動と錯覚するほど速かったが、このスキルには特徴がある。それは残像が残るという事だ。さっき、影丸が攻撃をかわすことができたのも、目の端で残像を捉えることができたからだ。正直、部が悪い。いや、部が悪いなんてものではない。このままだと確実に負ける。だが、影丸にとってはそっちの方が都合がいい。
冬瓜はスキルを織り交ぜ、影丸に襲いかかる。何とか避けはするが、攻撃どころではない。影丸ですら避けるのが精一杯だ。
切羽詰まった状態だ。なのになぜか、ふと貴賓席の方に視線が向いた。そこには、シャルロットの姿があった。
なんだ、来たのか…。
シャルロットは今にも負けてしまいそうな影丸を心配そう見詰めていた。
今より少し前、自室で寝ていたシャルロットに昔から側で使えている使用人が声をかけた。
「行かなくて本当に宜しいのですか?」
「いいよ別に、どうせ勝つんだから。」
「ですが、今日のお相手は上杉家の冬瓜様ですよ。さすがの影丸様の簡単には勝てないんじゃないですか。」
「そんなこと……」
「影丸様はスキルお待ちなんですか?」
「たぶん…持ってない」
「もし冬瓜様がスキルを持っていたら」
シャルロットの中にどんどんと不安が増していく。
負けたらどうしよう…
気になってしょうがないという表情をするシャルロットへ使用人がもう一度たずねる。
「応援、行きませんか。」
「……。」
ようやく重い腰を上げ、そして今に至る。
「何やってるの?早く倒しなよ。」
周りからはうるさいくらいの声援が上がっていた。なのになぜか、シャルロットの声が綺麗に入って来た。
悪いなシャル。俺はこの試合、勝っちゃダメなんだよ。
心の中でシャルロットに謝る。
影丸はこの大会で優勝してはいけない。
決して、誰かに言われたり脅されたりしていない。暗黙のルールだ。これは上杉流槍術のランキング戦、影丸は真田家の人間。真田家は剣術流派の家系だ。剣術流派の家の者が槍術の大会で優勝したなど、槍術のみに打ち込んでいる者達の立つ瀬がない。そして今日の相手は上杉家の者だ。いくらライバルと言っていても本家の者が他の流派の者に負けたなど上杉家の面子に関わる。もちろん、上杉家当主の冬瓜の父は「気にせず本気で戦え!」と、言ってはくれるが、それを鵜呑みにしていいわけがない。
だから、父はいつも大会前は何も言わないのだ。
「くっ!」
スキルを使い始めた冬瓜の攻撃は徐々に影丸を捉え出す。直撃はしないが、身体を掠める攻撃は確実に影丸の体力を奪っていく。
「どうした!バテたか影丸!!」
そして遂に影丸を捉えた。辛うじてガードするが、影丸は壁へ激突する。
「はぁ…イッテ……」
もうこのくらいでいいか。十分だろ。
そろそろ負けようかと考えながらシャルロットのいる方に視線を向ける。身体を乗り出し何かを叫んでいた。さっきの様に何を言っているのかわからない。
「ははっ、アイツ何叫んでんだ」
泣きそうな顔でブサイクに応援をする姿に心が揺らぐ。
「……」
これでいいんだ、これで…。
視線をずらし、目を閉じて揺らいだ心を正す。
だが、その揺らいだ心に追い打ちをかける。
「頑張ってーーーーーッ!!!」
さっきまで周りの雑音に掻き消され聞こえなかったシャルロットの声が雑音を搔き消し、聞こえてくる。
心は決まった。
鼻から息を吐き立ち上がる。
「上がれ!」
再び強化魔法で身体を強化する。
空気が揺れた。
今までと違う。それに気づいのは目の前にいる冬瓜と後は冬瓜の父、そして観客席にいる手練れ何人かというところだろう。
「お前に謝らないといけない事がある。」
「へぇ、なんだ」
「俺は今まで手を抜いていた。すまん。」
「手を抜いていただと?」
「お前の顔を立てて負けてやるつもりだったが、気が変わった。悪いが勝たせてもらう。」
槍を構え、次の瞬間。思いっきり地面を蹴った。
冬瓜は速度が速くなる事を警戒し、身構えたがさほど変化はない。
「何が手を抜いてただ、大して変化してないじゃないか」
冬瓜も飛び出し槍が打つかる。闘技場内に爆発音に似た音がなる。槍同士の衝突は皆が互角に見えていた。
「イッ…!」
冬瓜の槍が振動し、手を通して腕全体が痺れる。完全に力負けしていた。
続けて二撃。それをスキルで距離を取りかわす。
イッテー!攻撃重すぎんだろ!なるほど、手を抜いてたって言うのはあながち嘘じゃなさそうだな。
気合いを入れ直し、今まで以上に集中する。冬瓜の準備ができたのを確認し、再び飛び出し両者が衝突する。冬瓜の対応は早い。力で勝てないと悟り、影丸の攻撃を受け流すスタイルへ変えた。
受け流した直後、すぐにスキルで背後へ高速移動する。
もらった!!
移動した瞬間、冬瓜はそう思った。が、影丸の眼は冬瓜の動きを捉え、鋭い眼光で睨みつける。そこへ移動する事を読んでいたかの様な反応速度、冬瓜よりも先に影丸が攻撃する。
「なっ!?」
攻撃は冬瓜の肩を掠め、ジンジンとした痛みが生じる。連続して畳み掛ける。速すぎる攻撃と多すぎる手数、スキルを使用する隙もない。
待て!待て!待て!待て!!どうなってる!!シャレになんねぇぞ!
影丸の攻撃に対応しきれず、肩に一撃攻撃をもらう。冬瓜は後方へ吹っ飛んだ。だが、審判の試合終了の合図はない。まだ、致命傷ではないと判断された。
クソッ!左腕が…
今の攻撃で冬瓜の肩が外れる。素早すぎ外れた肩を入れる。だが、もうこの左腕は使えない。使えば直ぐにまた外れるだろう。自分の状態を確認するため身体を触る。
冬瓜は大きくため息を吐いた。
正直。勝ち目はもう無いだろな。左腕潰され、スキルにも反応しやがる。
まだ決めつけるには早いかもしれないが、今の戦闘と左腕を潰された事で冬瓜の戦闘経験が勝ち目はないと言っていた。
「けど、上杉家である俺がここで負けを認めるわけにはいかないよな…」
冬瓜は右手のみで槍を構える。
策など全くない。ただ、今出せる全力で影丸を迎え撃つ。それしか無いのだ。
冬瓜は勢い良く飛び出した。一撃目、影丸の攻撃をスキルでかわし、背後へ飛ぶ。もちろん、影丸はそれに反応した。それをまたスキルでかわした。冬瓜はそれをなん度も繰り返す。
もし、冬瓜にまだ勝算があるとするなら、影丸に唯一勝っているスキルによる速さ。それによる一撃。急所さえ突ければ勝てる。それしか無いと結論付けた。
冬瓜はスキルを使用し続ける。影丸の反応が遅れるまで。
だが、影丸は冷静に先を読み攻撃を繰り出す。はっきり言って、この反応速度はもう未来予知の域に達している。時々繰り出される冬瓜の攻撃はもう大した脅威では無い。片手から繰り出されるそれは、パワーもスピードも両手の時より格段に落ちる。今の影丸にとって、かかわす事など造作も無い。
冬瓜。お前は強い。技術的にも、精神的にも。だが、親友。俺はお前を親友とは思っていても、ライバルとは思っていないんだよ。
冬瓜は背後へ飛ぶと影丸は反応していなかった。遂に反応が遅れた。
もらった!!
冬瓜の頭に勝利がチラつく。勢いよく踏み込み攻撃を加えんと迫る。影丸はまだ反応していない。勝利を確信し、笑みをこぼした。が、その瞬間だ。視界が暗くなった。
「なっ!?」
視界はボヤけ、身体が仰け反る。
冬瓜は顔面に回し蹴りをもらった。ギリギリまで近づけ、素早く、鋭く顔面を蹴り上げる。冬瓜は何が起こったのかまったく理解していなかった。
…何をもらった?
攻撃を受けた直後、冬瓜の頭によぎる。
そんな事は今はどうでもいい。すぐに目を凝らし、ボヤけた視界から影丸を探す。だが、視界に影丸の姿は無い。冬瓜はスキルへ前方へ飛ぼうとするが
ドンっ!!
スキルを使う前に首を引っこ抜かれる。
視界にいないが、近くにはいる。そう思った冬瓜は距離を取る為、確実にいない前方は飛ぼうとした。
視界に居ないからと前方にはいないと決めつけた。だが、そうではない。影丸は前方にいた。視界の外である足元。視界がボヤけていなければ見つけることができただろう。影丸はそれを見越していた。
冬瓜の意識が飛びかける。
続けて腕、足、身体、と攻撃を加える。冬瓜はもうガード出来る状態ではない。もろ直撃する。そして最後、急所を突いた。冬瓜は吹っ飛び壁へ直撃。冬瓜はピクリとも動かなくなり、完全に気を失った。
『勝者、真田影丸!!!』
試合終了。観客は立ち上がり、拍手と歓声を送る。
大槍武祭決勝戦、真田影丸の優勝で幕を閉じた。
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