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大槍武祭編
2話
しおりを挟む「影!早く!」
「おい、走って転ぶなよ!」
「転ばないよ!」
フォルニア王国、王宮の広々とした中庭でシャルロットとの何気ないやり取り。
影丸がシャルロットの側近になってから八年。
完全に彼女との関係性は構築されていた。
何故影丸が敬語を使っていないのかと言うと三年前、とある事件があった。
『真田影丸の王女泣かせ事件』
正直、名前の通り大した事件では無い。
あまりに生意気な姫に影丸がキレてしまったと言うだけの事件。
普段から生意気な態度を取る姫様。影丸や重臣、使用人も含め、皆が苛立ちを覚えるほどだ。
そんな姫様を普段から怒ることはあった。普段は「それはしてはいけません」と優しく叱っていた。
それに対して姫はいつも生返事をした。
普段ならそれで終わり。
だが、この事件の時は朝から天気は曇り空、父に叱られイライラしていた。そこに馬鹿にした態度に生意気な反応。ただでさえイライラしているところに追い討ちをかけられ、ついキレてしまった。
「おい、そろそろ辞めとけ」
影丸のこの言葉に対しても姫は最初生返事をした。
その態度にさらにイラつき「あまり調子に乗っているとブッ殺すぞ!」とまで言ってしまった。
その瞬間、姫の身体はビクッとなった。
ようやく姫は影丸の表情、言い方、雰囲気から本気で怒っていることに気づき、真面目に謝った。
だが、影丸の苛立ちはピークに達し、引っ込みが効か無くなっていた。今まで思った事を全て、喧嘩腰に言い放つ。ただの暴言を喧嘩腰にひたすら怒鳴りつけた。
全て言い終わった後「あっ!」と自分のしてしまった事に気付く。
目の前には泣きじゃくりながら何度も「ごめんなさい…」と謝るシャルロット。
周りには使用人に衛兵たちが群がっていた。
「やってしまった…」
騒ぎを聞きつけた重臣達は影丸を叱りつけ牢屋にぶち込んだ。
牢屋の中は空気も床も冷んやりしていた。
頭を冷やすにはピッタリの環境と言っていいだろう。
だが、「やってしまった」とは思ったが内心、反省などしていなかった影丸は冷たい地べたに座り込み、ぼんやりと石の壁を見つめているだけだった。
それから数時間後、父の影虎が迎えに来て牢屋を出た。
影丸はそのままカーナ王の元へ行き、土下座して謝った。
「申し訳ありませんでした。側近が主人を怒鳴りつけるなど。如何様な処分もお受けいたします」
そんな影丸を見て、カーナ王は笑いながら「構わん。」と言い簡単に許した。死罪は無いにしても側近を解任される事くらいは覚悟していた影丸は少し呆気にとられた。
そしてカーナ王は「明日からまた頼むぞ」と言い、影丸は「はい!」と返信をして王室を出た。
そのあと、父にボコボコにされた事は言うまでも無い。
その夜。次の日、シャルロットにどんな顔して会おうか悩んだが、あまり反省していない影丸は「いつも通りで行こう」と言う結論に至った。
「おはようございます。」
「おはよう。」
一応、キレてしまった事だけ謝ろう。
「あの、昨日はすい……。」
「ごめんなさい!」
影丸が謝ろうとした時、何故かシャルロットが頭を下げ謝った。
「どうして、貴女が謝るのですか?」
「だって、私が影を怒らせちゃったから…だから、謝らないとって………それと、ありがとう。」
「はぁ。それで、どうしてお礼?」
「怒られた時、怖くて泣いちゃったけど……嬉しかったの。」
「嬉しい?」
「いつもみんな、私が何しても怒らないから。だからあの時、初めて本気で怒られて、嬉しかった。」
「……。」
「だから、叱ってくれてありがとう。」
その瞬間、影丸は全て納得した。側近になってからのシャルロットの今までの影丸を含めた使用人達を馬鹿にするような行動、生意気な態度、全て叱られたいがため。
王女という立場上、幼いながらもその立場に何か孤独感の様な物を感じていたのだ。
だから、叱られる為に周りを馬鹿にするような事をしていた。
叱られたかった。
叱られて、心の距離を縮めたかった。
他にも方法はあっただろう。
だが姫には、この方法しか思いつかなかったのだろう。
不器用な王女。
不器用で寂しがりな少女。
影丸は情けなくなった。
五年も側にいて王女の想いに気づけなかった事。そして、ただ怒りに任せて怒鳴り散らしただけの自分。
「はは、ダッセ。俺もまだガキだな。」
「うん?」
「こちらこそ、申し訳ありませんでした。」
影丸は深々と頭を下げた。
「謝らなくていいのよ。私が怒らせるような事をしたのが悪いの。」
「いえ、これはケジメなんで。だから、何か私に罰をお与えください。」
「そんな?!嫌!」
「どうか!!!」
「うっ……。あっ!分かったわ。」
シャルロットは何か思い付いた様な反応をし承諾した。
「それじゃあ、これから私に対しての敬語を禁止します。」
「……はい?」
「これがあなたへの罰よ。」
「意味がよく…。」
「そのままの意味よ。敬語禁止。」
「いや、そんなの罰でも何でもないじゃないですか。」
「罰を与えて欲しい者に罰と思えない罰を与える。これがあなたへの罰。」
少しの沈黙、影丸は少し考えた。
「……わかりました。いや、わかった。これからあんたに敬語は使わん。」
影丸はこの時、シャルロットの言葉の裏の本心に気づいた。
シャルロットの本心、それは縮まった距離をそのままにしておきたいと言うものだ。
幼い彼女は心の距離が縮まったと実感していたいのだ。だからこその敬語禁止という罰。
敬語を禁止するだけと言うのは少し安易だが、彼女がこれで実感できるのならそれで構わない。
彼女の願いを聞くのも側近の役目だと影丸はその罰を受けた。
この事件以来、影丸はずっとシャルロットに敬語は使っていない。
もちろん、初めは重臣達や父も騒いだがそれは時間が解決してくれた。
「シャル!そろそろ中に戻るぞ。」
「えぇぇ、まだ早いよ!」
「もうすぐ勉強の時間だ。」
「勉強はいいよ。それより武術教えてよ。」
「武術は昨日したばかりだろ。おまえはスケジュールが決まってるんだ。今日は勉強。」
影丸はシャルロットの背中を押し、王宮内へ入る。
こんな事を言ってはいるが、シャルロットは別に勉強が不得意と言うわけではない。寧ろ得意、優秀なくらいだ。
彼女は影丸が側近に付く前から勉強を始めている。スケジュールは毎日勉強だ。国政からテーブルマナー、ダンス、魔法、様々な分野の勉強をしている。
一年ほど前からはそこに武術の勉強が加わり、影丸が師となり教えている。
武術の勉強をし始めてからは座学三日して武術一日、このサイクルを繰り返すスケジュールだ。
このスケジュールもシャルロットが優秀だからこそ、こんな風になっている。
本来ならもっと詰め込んだタイトなスケジュールになるはずなのだが、優秀なシャルロットは飲み込みが普通の人より二倍以上早かった。
現段階で既に王女として覚えなければならない事は殆ど覚えている。
だからこそのスケジュール。
特別待遇と言っていいだろう。
「ねぇ、もうすぐ大槍武祭でしょ。ちゃんと修行してるの?」
「してますよ。」
「してますよ?」
「あっ、悪い。してる。」
影丸は時々不意に敬語を使ってしまう。その度にシャルロットに注意される。
「なら良いのよ。当日は応援に行くから、負けたら許さないから。」
「はいはい。」
シャルロットは今回が初めての大槍武祭、かなり楽しみにしているようだった。
「影…。」
シャルロットを自室へ送ると、名残惜しそうに見つめていた。
「何だ、そんなに寂しいのか。何なら別れのキスでもしてやろうか。」
「なっ!い、いらないわよ、バカ!!」
シャルロットは赤面し、大声で怒鳴りバタンっと勢い良く扉を閉める。
影丸は笑みを浮かべ王宮を後にし大和へ帰った。
側近と言ってもずっと側にいるわけでわない。影丸とシャルロットは他国同士、側を離れる事も少なくない。大和で祭り事があれば、その度に国へ帰るし、真田家で何か用事があっても帰る。
この国での側近という立場に大した拘束力はないのだ。
大和へ帰った影丸が向かったのは上杉家の道場だ。
上杉家、大和の五将の一つ。
五将とは真田家を含めた上杉家、武甕雷家、毛利家、浅井家、の将軍家の事だ。
将軍家は王に仕える実質ナンバーツーだ。
国政や祭り事と言ったもの全て、王と将軍家の当主、六人で決められる。
大槍武祭とは上杉家主催の上杉流槍術のランキング戦だ。これは総当たり戦ではなく、トーナメント戦。審判立ち会いのもと木槍を持ち、一対一で戦う。審判が真槍の場合、致命傷と判断する攻撃が入れば終了。致命傷を与えた方の勝ちとなる。
毎年、上杉家は上杉流槍術のランキング戦をお祭りとして大々的に行う。
各将軍家には独自の流派を持っている。真田家の流派は剣術だ。将軍家の生まれの者は自分の家の流派を学ぶのが基本だ。それなのに何故、真田家である影丸が上杉家の槍術を学んでいるのかというと、
影丸が剣術を使えないからである。
真田家本家の長男の影丸は三歳の頃から刀を握らされた。そこから父が付きっ切りで剣術を教えた。
だが、何年経っても上達しない。これは真田家長男としては非常にまずい。武人である者、それも将軍家の長男が武術が出来ないなどあってはならない事。そこで、剣術でなければと、槍術を学ばせるために上杉家の道場につれていった。そしたら、槍術は才能があるとされ、そのまま上杉家にお世話になっている。
……という事になっている。
「やっと来たか!遅いぞ、影丸。」
「悪いな。」
上杉家の道場に来た影丸に真っ先に声を掛けたのは上杉家次男の上杉冬瓜。影丸の幼馴染だ。
「早く準備しろ、始めるぞ。」
「ああ。」
影丸はすぐに着替え、模擬戦の準備をする。
今回の大槍武祭は実質上杉流槍術の免許皆伝者であるこの二人の対決と言われていた。
今現在、大和とフォルニアは北東にあるドゥトリョウ王国と戦争中なのだ。
何故、戦争中に呑気に祭りをしているのかと言う当たり前の疑問が出るだろう。
それは、国が戦争と思っていないからだ。
戦争と思っていないは少し言い過ぎかもしれない。だが、そのくらい余裕があるのだ。
兵の人数自体はほぼ同じかこちらが少し少ないくらいだ。それなのに何故余裕なのか。それは兵一人一人の質が違うのだ。こちらの兵は全て武人で編成されている。どんなに弱い武人でもただの歩兵だと最低でも十人は必要だろう。単純に計算しても兵力は最低十倍。戦が始まれば相手とほぼ同じ人数の兵を出す。相手に相当な策士でもいない限り負けるわけがなかった。
だが、いくら余裕があっても戦争。手練れはほとんど戦争に駆り出されている。
本来、この祭りに出る筈だった免許皆伝者も同様だ。
よって、戦争に駆り出されなかった免許皆伝者。つまり、この二人のどちらかだろうと言う事だ。
大槍武祭三日前に控えた今、街では祭りの準備の大詰め。出場者達は当日を万全にする為の調整に入っていた。影丸と冬瓜も軽く模擬戦をするくらいだ。
それに優勝はこの二人のどちらかと言われている二人が槍武祭間近に本気で模擬戦をするのは良くないだろう。
だから、軽く汗を流す程度に手を抜いていた。
「あと三日だな。お前、残りの二日どうするんだ?」
「俺は親父に相手してもらうよ。まぁ刀を使う相手で仕上げるのは良くないが仕方がない。真田家は刀しか使わんからな。」
「そうなるか。まぁ、お前には悪いが優勝は俺がもらう。」
「……。」
稽古を終え、影丸は家、真田の本家へ帰った。
「だだいま帰りました。」
「ああ。」
親父がボソッと返事をする。
すでに食事の支度がしてあり、影丸待ちという状態だった。
真田家は家族みんなで食事をするという決まり。と言っても、今この家にいるのは影丸、妹、父、母、祖父の五人だけだ。
影丸は素早く着替え、席に着く。
食事は親父の「いただきます。」という声を合図に周りも合掌し「いただきます。」という。
食事だと言うのにいつも変に空気が重い。
影丸はこの空気が嫌いでいつも『何だこれ?』と心で思っていた。
「ねぇ、お兄ちゃん。槍武祭、応援に行くから頑張ってよ。」
「ああ。」
真田珠莉、シャルロットと同い年で影丸の妹だ。
「親父、明日からの稽古頼んでいいか?」
「ああ、構わん。」
本当に呑気と言わざるを得ない。
戦争中だと言うのに真田家当主である父が暇をしている。
これ程呑気にしている国が他にあるだろうか。
食事を終え、すぐ床についた。
次の日、祭り二日前。
朝から親父に稽古をつけてもらう。口数はいつも少ないが、稽古は妙に気合が入っていた。
「……。」
親父は口には出さないが、稽古の気合いから「負けるな!」という思いがひしひしと伝わってくる。
そして、あっという間に時間が過ぎる。
準備万端。充実した稽古をこなし、遂に大槍武祭当日。
「さぁ、行くか。」
「あとで応援に行くから。」
「ああ。」
影丸は家を出た。
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