堕ちた神と同胞(はらから)たちの話

鳳天狼しま

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第二部

第五話 運命〜刺青の謎〜

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新たなる神の見聞は、人々の知らぬうちに続いていた。
信頼できる人間に導かれ、下界の人間たちとの接点を持った神は、やがて人々の歴史の愚かさを知る。
それを神はどう断定するのだろうか。
吉と出るか凶と出るか、人々の生活する水面下にて、神の裁定は続く———

***

日も落ちた東の国王都へ向かう馬車の中で、アカツキはオネストと挨拶がてらの会話を交わしていた。
その会話の中でわかったことは、オネストはそもそも気が弱い方で、リーダーの職務には向いていないのではないか、という不安だった。

「私は父に期待を背負わされたものの、恥ずかしながら気弱な性格から胃痛を患うようになってしまいました」

そうか、それは大変なご苦労を、と言葉を濁したアカツキに、オネストはどこか困ったように眉尻を下げて、なお続ける。

「いえ、良いのです。私は叔父グライドの姓をいただいた日より、こういった責務のある仕事に就くことが運命付けられていたのだと、勝手ながらそう思っておりますので、ただ……」

“私に何かあった時の、後釜となる人物は確保しておきたいのです“

縁起でもなくそう口にしたオネストは、申し訳なさそうに項垂れてしばらく沈黙した後、アカツキに向き直る。

「東の国は長らく内乱を繰り返す歴史の中にあります。こうして内乱が再発してしまったことは非常に心苦しい。ゆえに私は不安なのです、私が敗れ“デオン軍の統治が正史となる未来が来るのではないか“と。後ほどジルカース殿へお伝えいただけませんか、リベラシオンの次期隊長職を引き受けてもらいたいと」

大仰な役目への勧誘に、他人事ではないアカツキの顔にも驚きの表情が現れる。
オネストは驚かせてしまいすみませんと謝り、ゆっくりと言葉を選ぶように続ける。

「神力に関してご教授願いたいと思っていたのには訳があるのです。先にこの国を統治していたレビィ・ザイアッドという人物がおりました。彼は今でこそジルカース殿に討ち取られた人で、悪い噂も数多ありましたが、神力に関する研究を積極的に行っていた方だとの研究結果が残っています」

そしてオネストが明かしたのは、かつて西の国コミツを平定した“不死身になれる鎧を纏った兵の一団“は、東の国シュウヨウの研究あっての賜物であること。
しかしその武具に神力を込めるという作業は、神力の会得者であるレビィの助力無くしては成し得ず、レビィ亡き今は再現不可能な技術であること、などだった。

「ジルカース殿が神力の会得者であるならば、不死身の鎧の再構築に助力いただき、その力でデオン軍を打ち払うことも可能かと思ったのですが……」

「そういうことだったか。俺たちと同じ様に神力を使えるようにしろ、というのはどうにもできない範囲だが。武具に力を込める作業とやらは、レビィにできたというならば、きっと俺たちにも出来うる事なんだろうな」
「俺“たち“にも、というと?」
「俺はいわばジルカースの双子のような存在だ、つまり俺にも神力は備わっている、ということだ」
「なるほど……!それは心強いです、ありがとうございますアカツキ殿」

名を呼ばれたアカツキは、他者に心から感謝される喜びを、テオから受け取った言寿ぎ(ことほぎ)を、確かに実感していた。

***

その頃、東の国王都の外れの古宿では、ジルカースたちがキスクらと合流する手筈を整えていた。
中央に置いた通信機でキスクと会話をしながら、ジルカースらはその周囲に円陣を作るように寝床を広げていた。

「奴隷狩りたちは収容監獄へ送り届けたぜ。いまイヴァンと二人、馬車で東の国へ向かってる最中だ。ただひとつ気にかかる話を聞いてね、眉唾かもしれねぇんだが、聞いてくれるか」
「構わない、話してみな」

夫であるキスクの言葉に相槌を打ちながら了解の意を送ったアイラは、ジルカースらと目線を合わせると声をひそめて聞き入った。

「イヴァンの手にある刺青、確かルトラの腕にも同じのがあったよな、それに関することなんだけど」
「刺青?あるよ、小さい頃に国の偉い人たちが来てさ、この刺青を彫ってったんだよね。ウチもイヴァンも小さい頃のことだから、あんまり記憶が定かでないんだけどさ」
「そうか……まぁともかく、西の国の付近の廃村跡に寄ったんだが、そこの婆さんにその刺青に関する話を聞いたんだ。それによれば、国の要人と名乗る集団が子供達に刺青を彫る事例が、十数年前には国を問わず各地であったらしい。その中には、東国の前精鋭部隊長のレビィ・ザイアッドの姿もあったとか」
「きな臭い話だね……もう少し細かい話は聞けたのかい」

アイラの言葉に“ああ“と返したキスクは、“少し胸が痛む話になっちまうけど“と前置きをして続けた。

「その村では、刺青を彫られた子供達は皆ほどなく発狂して、村を滅ぼし亡くなったらしい。凄惨な事件だったと」

言葉を失った一同に対し、当事者のルトラだけは唯一落ち着いた声色で返した。

「ウチらの村では、刺青を彫られたのはイヴァンとウチの二人だけだったと思うよ。特にこれといった異変もなく今まで生きてきたと思う」
「ああ、何事もなく生きてる、そいつが一番だよ。ただ老婆心からな、気になっちまって話をさせてもらった。嫌な話をしちまってすまなかったな」

話を締めようとしたキスクに対し、ジルカースはどこか気にかかることがある様子で黙していた。それに気付いたアイラが、隣に居たテオに小声で耳打ちした。

「ごめんよ、悪いけど、ルトラが寝た跡にジルカースを少し借りても良いかい。ちょっと“今の話題で“話しておきたいことがあってね」

アイラもテオもお互いのことを深く信用しているものの、テオはジルカースの伴侶である自分に対し、アイラが丁寧に断ってくれたことが嬉しかった。

「ええ良いわよ。アイラも夜更かしはほどほどにね、お肌に悪いから」
「ありがとう、そうするよ」

目配せをして微笑みあっているアイラとテオに対し、ルトラが小声でジルカースに問いかける。

「なんか二人で楽しそうだね~。ジル兄妬いちゃダメだよ、ああいうのは女子特有の仲良しムーブだからさ」
「……?」

世代間ギャップゆえか、ルトラの発言が理解できない様子のジルカースを横目で見て、テオは密かにくすくすと笑っていた。

そしてルトラと並んで寝落ちしてしまったテオを隣に、アイラとジルカースの密談が始まった。

「時間を取らせて悪いね。さっき何か気にかかってる様子だったから。差し支えなければ話を聞くけど」
「ああ……これは俺の推測なんだが、聞いてもらって良いか」

どうぞ、と返したアイラにジルカースは隣にいるテオを心配げに見遣って言った。

「きっと、“この話“はテオに聞かせないほうがいい。幼い子供がいる母親にはショッキングな話だからな、不安はかけたくない」
「オーケー、そういう類の話だと思って聞くよ」

妻であるテオへの気遣いを見せたジルカースは、ゆっくりと語り出した。

ひとつ目は、キスクと初めて会った日のこと。
西の国が平定される直前、戦乱のあった日のことである。
瀕死状態だったキスクへ、ジルカースは己の血の一滴を分け与え、血の契約を結ぶことで不老不死とし、その命を救ったのである。

「あの日のことはまだ鮮明に覚えている。誰に命令されるでもなく、俺の中の血の巡りが、神の血脈が、“そうしろ“と叫んでいた。きっとキスクを不老不死にしたのも運命だったんだろう」
「キスクが生きてなかったら、あたしも今の人生には落ち着いてないさ。そういう意味ではジルカースに感謝だね」
「かもしれないな……ともかくその日、キスクと知り合う直前のことだった。ルトラたちの刺青と似たような刺青を彫られた子供を見かけたんだ」

ジルカースがその日、遠目ですれ違った一団。
それは西の国を平定し帰還する、東の国の一団だった。
キスクの影武者となり、討ち取られた少年の首を掲げたその一団は、ルトラとイヴァンに似た刺青を腕に彫られた銀髪の子供を、鎖で繋ぐようにして連れていた。

「ルトラとイヴァンの刺青を初めて見た時、どこか既視感のようなものがあったんだ。キスクの話を聞いて合点がいった。あの少年の体は返り血に塗れていたからな。おそらく、先ほどの廃村の子供達と似たような事象が起こっていたんだろう」
「なるほどね……その子供がどうなったのかはわからないけど、東の国が絡んでるってのは間違いなさそうだね」
「レビィ・ザイアッド……俺が討ち取った奴には、どうやらまだ秘密が隠されているようだな……」

***

その頃、東の国王都の一室では、軟禁状態下のゼロとイクリプセの元へ、イルヴァーナが訪ねてきていた。
暇さえあれば顔を出すイルヴァーナに、見張りの衛兵二人たちもいつものことと慣れきってしまい、揃って船を漕ぐように居眠りする始末だった。

出窓の縁で、まんまるい月が高く登った夜景を眺めているイクリプセに対し、イルヴァーナとゼロは寝床に寝そべりながら他愛無い話をしていた。

「そういえばイルヴァーナは“腕に刺青がある“んだね。ぼくの仲間のアイラさんって人も肩に昇り龍の刺青があるんだよ」
「へぇ、そいつ“ソルティドッグ“の名前を持ってるだろ。部下の兵士たちが噂してるのを聞いたことあるよ」

イルヴァーナが知っているほど名が知れ渡っているんだなぁと、ゼロはアイラの高名さが、さも自分のことのように誇らしく思えた。

「この刺青は、僕が小さい頃に彫られたものなんだ。レビィという人が居たのは覚えてるんだけど」
「なんだか聞いたことあるような名前だなぁ、父さんが前に話をしてたような……ていうかイルヴァーナ、小さい頃って言うけど今も子供じゃない?」
「子供のお前に言われたくないな」
「なんだって!」

無用な争いの気配を察したイクリプセが、イルヴァーナとゼロの間に割って入る。

「二人が争っていると私も悲しいよ。どうか仲良くしてくれないか」

イクリプセの言葉にハッとした二人は、どちらからともなく“ごめん“と謝って、イクリプセの視線を感じながらぎこちなく握手をした。

「そういえば、イルヴァーナの刺青からは不思議な“匂い“がするね。どこか懐かしい香りだ」
「匂い……?僕の腕そんなに臭う?」
「相変わらずイクリプセは不思議なことを言うなぁ」
「確かに、過去の記憶もない私が“懐かしい“など、不思議なことだね」

そういってイクリプセは心底嬉げにふふっと笑ったのだった。
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