堕ちた神と同胞(はらから)たちの話

鳳天狼しま

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第二部

第二話 序曲〜引き合う運命の者たち〜

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「母さんっ!」

ゼロの呼びかけにも、黒衣のジルカースは全く動じる様子はない。ゼロを自分の血を引いた息子だと認識していない表情だった。
テオを抱えたまま、時空の歪みへ消えようとした黒衣のジルカースへ、咄嗟に祈ったルトラの杖先から現れた霊体の一撃が炸裂する。
背中に手痛い一撃を喰らいふり返った黒衣のジルカースの目に、霊体の姿がかすかに映った。

「ハハッ、こいつは面白いな!黄泉路を飛び越えてまたお前と再会するとは!」

ルトラの真横に居たジルカースの目には、呼び出された霊体が何者であるのか伺い知れなかったが、ウィークポイントとなる霊体を呼び出すと言う特性と、黒衣のジルカースの反応からして、“あいつ“だろうな、という予想が走る。

「ごめん、ウチ咄嗟に呼び出しちゃったから、こいつが真っ黒くんとどういう関係があるのかサッパリ分かんないんだけど……!とりあえずやっちゃって!」

『……了解』

かすかに聞こえたどこか懐かしい声。銀髪に雑面(布で出来た面)で顔を隠している霊体の横顔がルトラの瞳越しに見え、ジルカースは一瞬身を固くした。予想していたのとはだいぶ違った出立ちであったが、その面影は確かに“あいつ“のものであった。
黒衣のジルカースの目にルトラの呼び出した霊体はどう映っているのか。ジルカースはかすかに興味が湧いた。

「いいのか?俺は闇に堕ちた別時空のジルカースだからな、俺を倒せば、そこにいるこの世界線の俺にも影響があるかも知れないぞ?」

闇堕ちしたと言う黒衣のジルカースの言葉に、ルトラが一瞬攻撃の手を止めた。その瞬間だった。闇堕ちジルカースはテオを抱えたまま跳躍すると、ジルカースたちの乗っていた馬車のひとつに飛び乗ろうと動き出す。
そこへ幼子特有の俊敏さで飛び込んだのはゼロだった。

「母さんを返せ!」

「ゼロ!?」

ジルカースが呼び止めたがすでに時は遅く、闇堕ちジルカースの振り払った腕により、ゼロの体は閉じかけていた時空の裂け目に吸い込まれてゆく。

「……!」

伸ばしたジルカースの手が、ゼロへ届かずに空を切る。
闇堕ちジルカースは、その紅い瞳にジルカースの絶望した表情を映して、かすかに憐れむような顔をした。

「お前には悪いが、どこの世界線であろうと俺にはもう何も無い、テオさえ取り戻せればそれでいいからな」

馬車へと飛び乗った闇堕ちジルカースは、テオを抱えたまま手綱を手に取る。
傍若無人な言葉に、ジルカースは“こいつは本当に自分と同じ由来を持つ人間なのだろうか?“と言う疑問を持つ。元来グレーであるはずの瞳が紅に染まった理由は定かではなかったが、おそらくはテオを失ったことが原因なのであろうと思われた。
そして最悪なことに先ほどの時空の歪みは閉じていたゆえに、闇堕ちジルカースは時空を飛び越えることができないようだった。
それはつまり、“闇堕ちジルカースは、神殺しの刀も、輪廻転生の玉も手にしていない、仲間を全員失った世界線のジルカースである“ことを示していた。

「あいつは自力で時空を飛び越えられない、それならばまだ望みはあるか」
「詳細はわからないけど、旦那は何度離れてもお嬢さんと再会したんだ、それならきっと今回も大丈夫ですよ」
「ああ……そうだな、きっとそうだ」

キスクの言葉に頷きながらも、ジルカースは動揺を隠せぬままに俯く。まさかテオとゼロと、二人同時に離れ離れになってしまうとは。

“そう信じなければ気がおかしくなってしまいそうだ“

先ほどまで、自分と同じ人間であると信じられなかった闇堕ちジルカースの姿に、微かにシンパシーのようなものを感じながら、ジルカースは再びテオを己の元に取り戻すと固く誓った。

***

その頃、東の国シュウヨウではデオン・ギロとその仲間の軍勢が破竹の勢いで戦乱を起こしていた。
デオンの振り上げたナイフの先端から発生した紅の雷が、鳴動しながら地を裂き東国国軍の人の波を分かつ。

「こいつ……!“神力“を使えるのか!?」
「聞いたことがある……!前代の総司令官レビィ殿も神力の使い手であったと」
「それにこいつの顔、やけに見覚えがあるぞ……!風貌は変わってはいるが、前代の精鋭部隊長のデオン・ギロ殿じゃないか!」

「覚えてくれてる奴がいたんだね、光栄だよ」

そう言って振り翳したナイフを、王城の方角目掛けて振り下ろしたデオンの前に、真紅の雷(いかづち)の波が伝ってゆく。
王城の大階段前まで開けた道を確認したデオンの目に、王城へと降りる雷光が映る。仲間たちが王城を制圧した合図であった。

「仲間たちも王城へ到達している頃あいのようだね。前代の王が滅びた今、東の国の次代の王となるのはボクさ。さぁ、城まで案内を頼もうか」

背後から夕陽に照らされたデオンは、雷の紅色のオーラを纏いながら、やがて部下となる民衆たちへ宣言した。

***

日が落ちようとしていたその頃、逃亡の最中にあった闇堕ちジルカースは、テオを連れ西の国の片隅の廃屋へと逃げ込んでいた。
廃屋内部へ入るなり、闇堕ちジルカースはすぐに暖炉へ火を起こし、テオの座る場所へ上着を敷いてくれるほどの甲斐甲斐しさであった。
テオは攫われたことに不安を覚えてはいたものの、相手は世界線が違うとはいえ長年連れ沿ったジルカースである。相手の対応も思った以上に紳士的であったため、対話の道を試みることにした。

「ジルカース、よかったら少し話をしない?」
「まさか攫われたテオから声をかけてくれるとはな、俺が怖くないのか?」

攫ってしまったという事実を、わずかでも悔いていることを知って、テオはやはりこの人はジルカースなのだと思い知る。

「優しい人、あなたはやっぱり世界は違ってもジルカースなんだわ」
「嬉しいな、テオがそう言ってくれるなら、この世界にきた甲斐もあるってもんだ」

そう言って嬉しげに笑った闇堕ちジルカースは、壊物を扱うかのようにそっとテオを抱きしめる。その腕の中で微かに震えながら、テオは核心に迫る問いを投げかける。

「……あなたはどうしてこの世界に来たの?何をしようとしているの?」

テオからのその問いに、闇堕ちジルカースは一時黙ると、物言わずテオの首筋から顎まで指先を這わせる。

「テオにはどう見える?君を攫った今、俺にはもう怖いものはない。骨の髄まで食らい尽くして、君を俺のものにしてしまいたい……もうどこへも失わないように」

ようやく怯えた表情を見せたテオに、闇堕ちジルカースは皮肉ったように笑うと、ふとその身を離す。
俯いて背を向けると、テオにだけ打ち明けるようにつぶやいた。

「何も考えていなかった。ただテオを取り戻す事だけを考えてこの世界まで来た。俺にはもう、残されたものも何もない。もう君しか……」
「なら私があなたに希望をあげるわ、名前という名の希望を」
「名前……だと?」

闇堕ちジルカースの問いに、テオは続けた。名前には魔力が宿るのだと。
テオがジルカースとの間にもうけた息子“ゼロ“、彼の名には語れば長いゆえんがあった。
それを話して聞かせると、闇堕ちジルカースは「そうか、あいつが俺とテオの子か……」と、思うところがある様子で黙する。
それを見留めたテオは、ふふっと、どこか嬉しげに笑って続けた。

「私は、この世界のあなたの妻。だからもう誰にも何も譲り渡すことはできないけれど。それでも、私は欲張りだから。あなたにも、希望をあげたいの」

そう言ったテオは闇堕ちジルカースの手を取る。
そしてその手のひらに指先でとある名を綴った。

「アカツキ・ライデン・シャフト―――アカツキは“暁“と書くわね。わかると思うけど、ジルカース、かつてあなたが神と呼ばれていた頃の真名から。ライデン・シャフトは“情熱“という意味よ。あなたは物静かそうに見えて、いつも優しさと温かい心を忘れない人だったから。今後も、どうかこの二つを忘れないで、そうすればきっとあなたにもまた幸せが訪れるわ」

そう言って、闇堕ちジルカースの手を握ったテオは、その手を額に当て、祈るようにして“神力“を込めた。
その瞬間、闇落ちジルカースの血流に乗るようにして、温かな気の波が流れ込んでくる。
その優しさという体温を受け取った闇堕ちジルカースは、表情を崩さぬままに、紅に染まった瞳から一筋涙をこぼした。

「私にいま目覚めている神力は、あなたのものとは違っておまじないみたいなものだけれど、それでも、かつて神と崇められていたあなたになら、きっと奇跡が起こるから」

そう言って微笑んだテオに、アカツキと呼ばれた闇堕ちジルカースもつられるように微笑み返す。
そしてテオの膝に額を寄せると、ようやく安堵したように「ありがとう」と返し、深く息を吐いた。

「やっぱり君はテオだな、俺の予想もしない喜びを運んできてくれる」

うふふと笑ったテオを愛おしむように見たアカツキの目が、次の瞬間鋭い眼差しに変わる。

「“あいつ“が近くに居る。同じ命の波動を持った人間だからこそ分かる」
「ジルカースが?」

助けにやってきたと知ったテオの眼差しが一瞬明るくなるのを、アカツキは見逃さなかった。
折角取り戻したテオをここで易々と返してなるものかと、アカツキは手にしたリボルバー銃をまっすぐ構えると、出入り口のドアへ向けて一発撃ち放った。
ガァンとけたたましい音がして、取手もろとも鍵を破壊すると、黒衣の上着を頭から被せたテオを抱え、天窓めがけて跳躍した。ガシャンとガラスを肘で打ち割り屋根へと逃れたアカツキは、テオを抱えたままぐるりと外を見渡す。

廃屋の周囲に立ち込めた霧の中から現れたのは、どこか苦しげに眉根を寄せたジルカースであった。

***

真っ白で背の高い城と聖堂の景観が、遥か遠方に見える緑地帯。
ゼロはどこか懐かしい景観の東の国王都の片隅で目を覚ました。
さっきまで父母たちと共に居たこと、そして不意に時空の歪みに飛び込んでしまったことを思い出したゼロは、キョロキョロと周囲を見渡した。人の姿は見当たらない。
背後に佇む廃屋の門にかけられたプレートには「王都研究施設~閉鎖~」と小さく記載されていた。
不意に立ち上がった拍子にふらつき、あわや転んでしまうところであったが、門に片腕をついたことで怪我は免れた。しかし門に掛かっていたプレートと頑丈そうな錠前が、どういうわけかパキンと音をたて外れてしまった。

「えっ……!?ど、どうしよう、開けるつもりなんてなかったのに」

戸惑うゼロの耳に聞こえてきたのは、研究施設内部から聞こえる中性的な声色だった。

『招かれるべき血を引く者……』

「誰?誰かいるの……?」

静かな廃屋といった様子だったはずなのに、ゼロがそう問いかけた途端、研究施設の入り口の電灯が灯り、迎え入れるかのように入り口の扉が観音開きに開く。
とうに閉鎖されたはずの研究施設の内部には、施設内部に灯るあかりのもとで、忙しなさげに生き生きと働く人々の姿があった。
これはどうしたことかと目を擦れば、景観はそのままに人々の姿が夢幻のようにキラキラと煌めきながら消えてゆく。

『招かれるべき血を引く者よ、私が出会うべき存在よ……』

中性的なその声色を聞き届けたゼロの意識に、“施設内部をたどった先にとある人物がいる“ことを指し示す映像が流れ込んできた。

そこへ足を踏み入れようとした時、ふと隣に立っている少年がいることに気づく。

「あれ?お前もあの声が気になってここに来たの?僕はイルヴァーナ。折角だから二人でお化け屋敷探検と行こうよ!たまには面白いことしないとね」

「えっ、い、いいよ、僕は遠慮するか……「よし決定!はぐれるんじゃないぞ弱虫!」

断ろうとしたゼロの言葉を軽快に一蹴した、イルヴァーナという名の銀髪を緩く結った少年は、ゼロの前に出ると構うことなく研究施設内部に足を踏み入れた。
そして一方的に弱虫とレッテルを貼られたゼロは、年相応に素直な様子でイラつきを見せると、イルヴァーナの後を追うように仕方なく施設内部へ踏み入ったのだった。
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