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第2章

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「ん……朝か」
 ノアの朝は早い。それは戦争中も、戦争が終わって捕虜みたいな扱いの中でも変わらない。カーテン越しの朝日に目を覚まし、んんーっと伸びをする。
 隣ではカーティスが気持ち良さそうに眠っていた。
「…………」
 昨日は散々ヤりまくったというのに呑気な寝顔にちょっとため息をつきたくなる。まぁ、僕が相手じゃなかったらこんなに激しくできないと思うけど。
 カーティスはノアのことを毎晩のように求めてくる。ベッドの中では散々愛の言葉を囁くが、一度外に出れば勝者のトロフィーのような扱いをされる。
(まあ変に闇陣営から色々勘繰られるよりいいけどね…)
 孤児となり少年兵として育てられたノアは多くは望まない。ただ、せめて、自分の存在で光の仲間たちが無事であればいい。なので自分の待遇に対してあれこれ悩むことはやめた。逆に大事にされ過ぎて、居心地が悪いくらいだ。
 コンコン!
 部屋のノックに反応し、ドアへと向かう。朝ごはんの準備でも出来たのかな?そう思ってドアを開ける。
「はーい…」
「カーティス様ぁ!今日は早朝から公務ですのでこのセシリーが起こしに参りましたわ♡」
 ノアが開けたドアの先にはカーティスの腹心の一人、セシリア・アスターがいた。体のラインの出たセクシーなドレスに、赤い唇。敵として戦場で何回もやりやったが、中々強く厄介だ。何より。
「…は?」
 ノアを認識した瞬間、一気に冷ややかな視線に変わる。
「なんでカーティス様のお部屋に、薄汚い光の民がいるのかしら?」
「いや…あの…その…えっと…」
 内心ダラダラ冷や汗をかきながら、ノアは苦笑いを浮かべる。そう、あれだけヤりまくっているくせに、カーティスとの関係はオープンにしていない。友達と育ての親には伝えたが、変に公言すると双方の陣営から狙われる可能性がある。
(だから言わないでって、僕がお願いしてるんだけど…!)
 その時のカーティスの無表情さは中々怖いものがあった。
「貴方もしかして…」
「うっ…」
 セシリアの訝しげな目が寝起きのラフな格好のノアに突き刺さる。チクチク刺さって落ち着かない。
「カーティス様の寝込みを襲おうとしましたの!?最低ですわね!この卑怯者!」
「はぁ!?」
(えぇーーそっちぃ??)
 美しい顔を険しくさせ、指をこちらに向けてくる。
「大体、そんな貧相な身体で誘惑したって無駄ですわよ。もっと肉付きがよくなってから出直して来なさい!」
「いや!違うだろ!てか誘惑って何!?」
「ともかく!このセシリアが来たからにはもう安心ですわ。カーティス様には指一本触れさせませんわよ!!」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!!僕は別にカーティスなんか……!!」
「問答無用ですわ!!!」
 セシリアはノアの言葉を遮ると、どこから取り出したのか短いナイフを振り翳す。
「ちょ!」
 慌てて避けたが髪の先がちょっと切れた。
 (相変わらず手強い…!ってそうじゃない!)
「…何をしているんだ?セシリー」
ノアの背中の方から、低い声が響く。
「あっ!カーティス様!」
 セシリアがパッと笑顔になって振り返る。そこには気だるげにシャツに身を包んだカーティスが立っていた。
「おはようございます、カーティス様♡今日もお麗しいですね」
「ありがとう、セシリー。君も相変わらず美人だね。だが……」
 カーティスはスッと目を細める。その瞳の奥に一瞬暗い炎が見え隠れする。
「私の妻に手を出すとは……覚悟は出来ているだろうね?」
「ふぇ!?」
 セシリアが驚いた顔で振り向く。ノアは千切れそうなくらいブンブンと首を振る。「妻」ってなんだ!?
「か、カーティス様!?もしかして」
「お前…!」
「「寝惚けて(らっしゃ)る??」」 
 2人の言葉が被る。闇の帝王は朝が弱かったのだ。
***
「…死ぬかと思った」
ベッドに戻り、シーツの上で足をパタパタしながらノアは呟いた。セシリアも同じ気持ちだったに違いない。慌てて『ではまた後程伺いますわね!』と逃げ帰ったが、果たしてどう受け止めたのか頭が痛くなる。
「あぁ、悪かったな」
隣では先程までとは別人のカーティスが欠伸をしながら謝罪している。
「全く……僕のことなんだと思ってるんだよ……」
「妻だと思っているが?」
「…………」
まだ寝ぼけているのだろうか。そう言われると何も言い返えせない。
「大体、君が私との関係を公にしないからこういうことが起きているんじゃないか?私が誰彼構わず手をだすような男だとでも思っているのかい?」
「それは……」
ノアは言い淀む。
「…そう」
「ノア?」
笑顔だが、明らかに怒っている。
「君は私のことを信用していない。そういうことだね」
「ちがっ」
まあそれは無いわけではないけれど。
「なら何故秘密にしたがる?」
「だってお前、絶対派手にするだろ?僕達の関係は、まだ表に出すべきじゃ無いと思う」
「それこそ今更じゃないか。私はノアのことを皆に自慢したい。私のものだと言って回りたい。可愛いノアを独り占め出来るなんて、こんな光栄なことはないだろうってね?」
「うぅ……」
ノアの頬を撫でながらカーティスは妖艶な笑みを浮かべる。
「それに、私達の関係を隠したところで、結局こうなる運命だと思うがね?」
「どういう意味だ?」
「そのうち分かるさ」
そう言うとカーティスはノアの上に覆いかぶさった。
「ちょ、ちょっと待ってよ!まさか……!」
ジタバタと抵抗し、なんとか良い顔を引き離そうとする。その瞬間だった。
「カーティス様!お時間です!このゼイン・ラドルグが参りました!!」
バーンっと勢いよく扉が開かれる。そこに居たのは貴族出身の少年騎士、ゼインだ。
「ご苦労、ゼイン」
「はっ!本日の予定を申し上げます!午前10時より謁見式、その後昼食会となっております!」
「分かった。支度をするから下がっていい」
「かしこまりました!では失礼します!」
嵐のように去っていく。
「……今の、何?」
「何って、部下だが?」
「いや、それは分かってるんだけど……」
 蹴って引き離しておいて良かった。カーティスの部下はみな、カーティスに心酔しているか圧倒的な力を恐れているかのどちらかで、どちらにせよ逆らうことが出来ない。ゼインもセシリアも、カーティスに心から忠誠を誓っているタイプだ。
(そんな二人に関係がバレたら…)
 思わず身震いする。もし恋仲だとバレた場合、光の皆からは「洗脳された」「寝返った」「闇堕ちした」などと言われかねない。特に女性陣は敵に回る。調停式で仮面を取った姿にマディソンですら見惚れてた訳だし。そして闇の陣営からも「帝王が唆された」だの言われるに違いない。公開することでノアにメリットがあるとすれば、カーティスとの仲を隠す必要が無くなって楽になることくらいか。
(デメリットが多すぎる!!)
 ノアが頭を抱えていると、カーティスがこちらを見ていた。
「なに?」
「いや、やはり愛らしいなと思って」
「は!?」
「可愛いよ、ノア」
 チュッと軽く口づけられる。
「ば、馬鹿じゃないの!早く準備してこいよ!」
顔を真っ赤にして叫ぶノアを見てクスリと笑いながらカーティスは寝室を後にする。
「……心臓に悪い」
 ノアはボソッと呟きながら熱くなった顔を押さえていた。
***
 ノアは屋敷の中での魔法を禁じられている。それは停戦の条件であり、破ればノアだけでなく、他の者も罰せられる。身の安全の確保とはいえ、ノアには不満があった。
「あーあ、やっぱり外行きたい」
 今日は仮面舞踏会に参加するため、正装をして仮面をつけている。まるで着せ替え人形のようだと時々思う。
「仕方ないだろう?我慢してくれ」
「でも…」
 ノアは不満げに頬を膨らませるが、カーティスには逆効果らしい。可愛い猫でも見るような目で頭を撫でられた。
「そういえば、例の件はどうなったんだい?」
「例の件?」
「ほら、昨日話していただろう?」
「?」
 小首をかしげるノアに、カーティスは呆れたように溜息をつく。
「君は本当に鈍感だね。戦場ではあれ程鋭い勘を持っているというのに」
「うるさいなぁ…」
「まあ野良猫も家猫になってしまえば腹を出して眠るようになると言うしね。君をそこまで変えられるのは私だけということかな」
「はあ!?誰がお前なんかに……!」
「私はもう君のものだよ?」
「~っ!」
 いつもこうやって揶揄われる。反論しようにも、その度に言いくるめられてしまうのだ。
「いい加減正式に、私達の関係を公にしたいのだが」
 丁寧に髪をセットしながら、カーティスは少しだけ残念そうに呟く。
「だから、ダメだって言ってるだろ。僕は皆に、お前に騙されたとかそそのかされたとか、思われたくないんだよ」
「それはまた可愛らしい理由だ」
「お前、絶対僕を怒らせるためにわざとそういう言い方してるだろ」
 わざとらしく肩をすくめて闇の王は惚けて見せる。
「まさか。私はノアのことを思って言っているだけだとも」
 さあ出来た!とカーティスは満足そうにノアの姿を上から下まで見つめる。あちこち跳ねている黒い髪はブラッシングを丹念に行った猫のように正装に相応しくアップされた。身に纏うローブも、シルバーの刺繍がさり気なく施され、光の加減によっては深緑にも見える。魔法使いの兵士として生きてきたノアは落ち着かないようだが、仕立てた本人は目を細め、そして何故か不機嫌さが顔を過ぎった。
「…しかし、皆に君の可愛い姿を見せたくなくなってきたな」
「なんで?」
 お前が着せたんだろ…と服に着られているような気持ちのノアは即座に突っ込んだ。
「嫉妬してしまうからね」
「……は?」
「参ったな。また私が知らないノアの姿を知ってしまった」
「ちょっと待って落ち着いて」
 誰も僕にこんなかっこさせようとする人いないから!
 ノアは心のなかで突っ込んだが、カーティスは自分の世界に入り込んでいた。
「私の知らないノアの姿を他の人間が知っていると思うと、胸がざわつく」
「なにそれ」
 ノアは思わず吹き出した。世界を恐怖に陥れた男の一面になんだか笑ってしまう。
「ふふ、カーティスって案外独占欲強いよね」
「おや、知らなかったかい?」
「うん。今知った」
 カーティスは丁寧にノアに服を着せ、胸元で大きなリボンを結び、顔を隠す仮面をつける。穏やかな表情だがその目には独占欲が見え隠れしている。
「君を見せて回りたいが、同じくらい誰にも見せたくない」
「うわ、重い」
「それだけ私の愛が深いということさ」
「はいはい、ありがとう」
「心がこもっていないな」
「はいはい、愛してるよ」
「もっと感情を込めてくれ」
「面倒臭い奴だな」
 ノアはカーティスの腕を取り、自分の腕を絡めて上目遣いで見つめる。
「これで良い?」
「……ああ」
 カーティスは満足気に微笑む。
「全く、手のかかる男だな」
「お互い様だろう?」
「そうだね」
 二人はクスリと笑い合い、会場へと歩き出す。
闇夜に浮かぶ月だけが、二人の仲睦まじい姿を照らしていた。
***
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