ハウリング・ユー

KANAME(小僧)

文字の大きさ
上 下
14 / 14
終 チームハウリング

ハウリング・ユー

しおりを挟む



頂上からは、青い空が見えた。
2割ほどの雲が空の高さを感じさせ、涼しく吹く風が秋の訪れを感じさせる。
それほど高く登った覚えはないのだが、下側に広がる景色がこの場所の高さを想像させる。

眼下には下まで続くコンクリートロード。そこから枝分かれするように、これまたコンクリートの道が伸びている。
コンクリートといってもキレイに舗装されたものではなく、長年使い込まれたようにデコボコが目立っている。


横に伸びる道の脇には、芝生と、道に沿うように一定間隔に置かれた艶やかな石。
そして、この一帯の区画を囲うように生い茂る木々が、ここが現実から隔離された場所であるようなイメージを生み出している。


こういうような区画は、他にもいくつかあるようだ。
現に、今までに通ってきた道にも、ここと同じような区画が3つあった。
さらに、まだ奥にも続いている様だったので。この場所の敷地面積の広さが感じられた。



「こっちだ」


月彦が先陣を切って、坂を下っていく。


「…あのさ」


俺は足を止め、後ろに着いてきている3人に向かって言う。


「ここで待っていてくれないかな…?」

「…ユイ、大丈夫なの?」


茜が代表して答える。その声は、まだ不安を残しているように感じた。


「うん、大丈夫。これは、ちゃんと俺自身が向き合いたいから」


誰かの力ではなく、自分自身の力で。


「…分かった…良いわよね?」
「了解っす」

茜は1度考えてからそう言って、滉もそれに同意する。
俺はその言葉を聞き、踵を返して歩き出そうとしたとき。


「…あの!ユイ先輩…」


鈴が声をかけてきた。手を胸の前で強く握っている。


「ん?」
「…月彦くん…あぁ言ってましたけど…やっぱりユイ先輩のこと、ずっと心配だったんだと思うんです…だから…」
「…あぁ、分かってるよ。これでも付き合い長いしさ」
「…そう…ですか」


鈴は安堵したように手を下ろすと、優しく微笑んだ。


「付き合いで言ったら、鈴には全然敵わないけどね…まぁとにかく頑張りなよ」
「はい…え…?…あ!もしかしてユイ先輩…あのときのこと覚えてるんですか!?」


鈴は紅潮して、慌て始める。
俺は思い出しただけで、人が変わった訳じゃない。当然、記憶をなくしていた自分も覚えている。
茜はハテナマークを浮かべ、滉は「なんのことっすか?」と首を傾げている。
滉、お前も頑張りな。


「さぁな?……あぁあと、ユイはやめろって言っただろ?男のあだ名じゃないっての…」
「!」


そうだ、この言葉は、こういう意味だった。 
鈴は一瞬驚いたように目を見開いて「考えておきます」とだけ言った。
これは、多分直らないな。そう思った。


俺は「それじゃあ、行ってくる」と伝えて振り返り、坂を下る。
月彦は、道を6本分下ったところで待っていてくれた。


「すまん」
「いや」


それだけ会話をして、6本目の道を歩き出す。

1、2、3………16個目の石を過ぎたところで、月彦は足を止める。





「ここだ」




そこには、灰色の竿石に『飯嶋家之墓』と書かれた墓。


「ここが、穂香の墓だ」


月彦は、一歩下がり俺の通る道を開ける。玉砂利をジャッと鳴らして俺は拝石に立った。
墓誌には、飯嶋 穂香の文字。確かに、ここは穂香の墓だ。
俺達の前にも人が来ていたのだろう。花立と香立には新しさを感じる花と、未だ煙を放っている線香があった。


俺は目を閉じしばらく手を合わせてから、目を開けその場にしゃがみこむ。




「…穂香……4週間ぶりだな…」


1ヶ月ぶりに、その名前が明確な対象をもったような気がした。



「…ごめん……ホントは…もっと早くに来るべきだったのに……
……俺は…俺は…何度も…穂香のことを……忘れようとしたッ……!……ごめん…ごめん…」


熱いものが頬を伝って、止めることができなかった。


「怖くて、嫌で…俺は逃げたんだ……他でもない…穂香から…
たくさん嘘をついた…たくさん裏切った…穂香との約束………本当にごめん…」



守りたかったもの、叶えたかった夢。そういうものはもう過去のものになってしまって。
でもそれを、俺はいつまでも過去に出来ないでいた。今もずっと。
だから、伝えなければいけなかった…



「…もう、忘れない…絶対に。穂香の遺したもの、ちゃんと持って生きていくよ…だから…」




「ごめん……ありがとう……そして」





「さようなら」






涙が、止まらなかった。


「…………ぅ……ッ………………」 



それでも、やっと伝えることができた。
もっと、もっと早くに伝えなきゃいけなかったのに、拗らせて伝えられなくなっていたこと。
穂香へのお別れを。






一体、どれほどそうしていただろうか?
長い間涙を流していたような気もするし、短かったかも知れない。


俺は重くなった目を拭って、腰を上げる。振り返ると月彦がこちらを見上げていた。
その顔からはいかなる感情も読み取らせてくれない、頑なな表情だった。


俺は、拝石から降りてもう一度玉砂利を鳴らしてコンクリートに足を付ける。



「なぁ、月彦」

「ん?」

「…思い付いたよ。脚本…刻み付けて、もう2度と忘れないための物語」

「……………」

「題名は『ハウリング・ユー』だ」



そう言ったとき、月彦は少し微笑んだように見えたが、すぐに俺に背を向けて、来た道を引き返し始めた。



「……もう本番まで時間ないぞ?初めから創るなら、急げよ」




「…!……あぁ!」




俺は月彦の背中を追いかけた。その背中の向こうには、茜と滉と鈴の姿。


5人のチームハウリング。もう元通りに戻ることは出来ない。
大切なモノが欠けてしまった、俺達の形。
それでも、刻んで飲み込んで受け入れて、前に進まなきゃいけない。


哀しみに暮れるのももう終わりだ。前に進まない即興劇ももう終わりだ。



創ろう。




背中から遠ざかっていく、彼女に誓って。
俺は、そう心に決めた。







                                         ―完―
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

ヤマノ トオル/HSPの小説家

短く、深く、簡潔に。
素晴らしい作品だと思います、内容はもちろんだけども。

文量的な面が、テクい。

解除

あなたにおすすめの小説

かつて僕を振った幼馴染に、お月見をしながら「月が綺麗ですね」と言われた件。それって告白?

久野真一
青春
 2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。  同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。  社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、  実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。  それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。  「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。  僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。  亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。  あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。  そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。  そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。  夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。  とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。  これは、家族愛が強すぎて、恋愛を諦めざるを得なかった、「一生の親友」な久遠。  そして、彼女と一緒に生きてきた僕の一夜の物語。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

雪と桜のその間

楠富 つかさ
青春
 地方都市、空の宮市に位置する中高一貫の女子校『星花女子学園』で繰り広げられる恋模様。 主人公、佐伯雪絵は美術部の部長を務める高校3年生。恋をするにはもう遅い、そんなことを考えつつ来る文化祭や受験に向けて日々を過ごしていた。そんな彼女に、思いを寄せる後輩の姿が……?  真面目な先輩と無邪気な後輩が織りなす美術部ガールズラブストーリー、開幕です! 第12回恋愛小説大賞にエントリーしました。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

【完結】彼女はボクを狂おしいほど愛する ー超絶美少女の転校生がなぜかボクにだけぞっこんな件ー

竜竜
青春
————最後のページにたどり着いたとき、この物語の価値観は逆転する。 子どもの頃から周りと馴染めず、一人で過ごすことが多いボク。 そんなボクにも、心を許せる女の子がいた。 幼い頃に離れ離れになってしまったけど、同じ高校に転校して再開を果たした朱宮結葉。 ボクと結葉は恋人関係ではなかったけど、好き同士なことは確かだった。 再び紡がれる二人だけの幸せな日々。だけどそれは、狂おしい日常の始まりだった。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。