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真空二重構造
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庭つきの一軒家とアパートが入り混じる区画の中、黒川は夏の日差しを避けるように家々の壁に寄り添いながら、足早に恋人のアパートに向かっていた。
週末は俊樹が黒川の部屋に来るのが常だが例外もある。俊樹が忙しい時には、今日のように黒川が俊樹の部屋を訪ねることが多い。こうして日曜日の午後に細い道を歩く日は、過ごす時間の短さに寂しさを感じる。しかしその一方で、年若い恋人の、人が来ることなど考えていないであろう簡素なアパートに招じ入れられる特権に喜ぶ自分がいることも確かだ。人間というのはつくづくややこしい生き物だな、と思いながら黒川は歩みを進めた。
狭い階段を上って薄いグレーのドアの前に立ち、チャイムを鳴らす。合鍵は持っているから、単に来たという合図のためだけだ。
「いつも時間ぴったりですね」
出迎えた俊樹がそう言って玄関に置かれた時計を見る。なんだかいつもこの瞬間はぎこちない。おそらく、なんと言って出迎えたら良いのかまだ探っているところなのだろう。
そういうところが可愛いなんて思う自分に呆れつつ、後ろ手に鍵を閉めて部屋に上がる。勝手知ったるなんとやらで、ベッドの横に置かれたローテーブルの前に腰を下ろした。
なんだかやけに暑いな、と思いながら目線を上げると、エアコンのルーバーがぴったりと閉まっている。空気にはまだわずかに冷気が残っているところから考えると、少し前に電源が切られたようだった。
いくら親しい仲とはいっても人の部屋に来て早々エアコンをつけてと言うわけにはゆかず、黒川はせめてもの抵抗としてシャツのボタンを一つ外した。
背後ではコップと氷がぶつかる涼やかな音がする。
俊樹が両手に銀色のコップを持ってきてテーブルの上に置いた。色からしてどうやら麦茶らしい。
ここでホットコーヒーでも出されたら流石の黒川もエアコンを催促したかもしれないが、氷がたっぷり入った麦茶なら体の熱も少しは冷めるだろう。
そう期待した黒川の予想に反して、俊樹はテーブルの黒川と反対側の端に二つのコップを寄せた。そして滑らかな動きでテーブルと黒川の間の床、というより黒川の足の間に座り込む。
面食らう黒川に構うことなく、俊樹は腕を黒川の首に回し、開けた首元に頬を寄せた。
「ちょっと、汗かいてるから離れて」
俊樹はそんな黒川の訴えに耳を貸す様子はなく、さらにぴったりと体を寄せる。
「黒川さん、麦茶セックスって知ってます?」
「は?」
耳慣れないフレーズに困惑の声を漏らす。麦茶とセックス。全く接点のなさそうな組み合わせだ。
「クーラーをつけたり麦茶を飲んだりする時間も惜しんでしちゃう、っていうシチュエーションらしいですよ」
それで? と聞くのは野暮だろう。
「そんなことしたら熱中症になっちゃうよ」
「いざとなったら麦茶を飲めば良いじゃないですか。クーラーはいつでも付けられるわけですし」
「なるほどねえ。でも汗かいてるから」
「僕はついさっきシャワー浴びたからそんなに汗かいてないですよ。僕の方は、黒川さんの汗は気になりません」
さてどうしたものか、とまだ決心のつかない黒川の唇に、俊樹が伸びあがってキスをした。
「ね、良いでしょ。ちょっとした手軽なスリル」
中年の黒川にとってはちょっとしたスリルでは済まないと思わなくもないが、ここで俊樹を突っぱねるほど理性的にはなれない。
今度は黒川の方から俊樹の唇にキスを落とす。深い口づけを何度か交わす間に、黒川は俊樹の体をそばにあるベッドの上へと誘導していく。完全に俊樹の体がマットレスに乗ったところで、黒川は彼の体に覆い被さり、部屋着のTシャツの裾を胸の上までたくしあげた。
俊樹の言うシチュエーションは、それだけの勢いがあるという点が重要なのであって、こんな風に二人で示し合わせてやるようなものではないような気もするが、俊樹がこれで良いと言うのだから良いのだろう。
黒川は考えるのをやめて、いつもと同じように俊樹の体を愛撫してゆく。俊樹の肌はしっとりと汗に濡れて、黒川の手に吸い付くような手触りだ。胸元に唇を這わせると、俊樹が押し殺したような吐息を漏らす。
ショートパンツと下着を下ろし、黒川はその露わになった肢体を見下ろして喉を鳴らす。手を腹から下にゆっくりとずらしてゆくと、俊樹は恥ずかしそうに視線を逸らした。しかしその体は何かに焦れるように小さく震え、透明な蜜を零している。上気した頬が艶っぽく、あどけなさの残る面差しとの対比が黒川の劣情をかきたてた。
「んっ」
黒川の指が俊樹の中に入ったところで、俊樹が小さく声を漏らす。防音のあまり行き届かないアパートで、昼の光の下で発せられるその声はどんな嬌声よりも官能的だ。
「結構、慣らしてあるから、もう多分大丈夫、ですよ」
指の動きに抗うように眉根を寄せながら息も絶え絶えに言う俊樹に、黒川は目を細める。いつもはそんな言葉には構わないことにしているが、今日の黒川には余裕がなかった。
脳が焼き切れるような熱情は、暑さからくるものなのか、それともこの状況に興奮しているのか。
「本当に?」
俊樹が頷くのを見て黒川は指を抜くと、自身の前を寛げ、ベッドの宮からゴムを取り出す。
「あっ、んん」
やや無遠慮に俊樹の中に自身を突き入れると、俊樹の体が小さく跳ねた。いつもより高い体温に、このまま溶け合ってしまいそうな錯覚を覚える。
「大丈夫?」
黒川は精一杯の理性をかき集めて、俊樹の額の汗を指の背で拭ってキスをした。俊樹が潤んだ目で大丈夫です、と囁いたのとほぼ同時に黒川が腰を引く。
「やっ、ああ、黒川さ、」
俊樹が黒川の首に手を回す。黒川はその声を吸い取るように唇を合わせた。
「ふっ、んんっ」
何度目かの抽挿の後に、俊樹の体が一際大きく震えて精を吐き出す。少し遅れて黒川も果てる。
最後にもう一度キスを落とし、結合を解く。俊樹はそれに合わせて一つ大きく息を吐くと、すぐにベッドサイドにあったリモコンでクーラーのスイッチを入れた。そのままベッドに仰向けに倒れこむ。
「あっつい。ああ、やっぱりクーラーって最高ですね」
「そりゃそうだろうね」
余韻も何もあったものではない俊樹の言葉に黒川は苦笑する。
「シャワー、お先にどうぞ」
「じゃあお言葉に甘えて」
俊樹に呆れながらも、実のところ黒川の頭は一刻も早くシャワーを浴びたいという思考に埋め尽くされていて、遠慮のふりをする余裕すらなく立ち上がった。
手早くシャワーを済ませてやっと床に落ち着き、テーブルの上の麦茶を口に運ぶ。ぬるくなったコップを大きく傾けて、喉を伝う液体の感触に黒川は驚いた。
「あれ、これまだ冷たい」
「ふふ、そうでしょう。このコップ、中が真空になってて飲み物の温度が変化しにくくなってるんです。だから結露もしないんですよ」
ベッドに起き上がった俊樹が得意げに笑う。
「魔法瓶みたいなものか」
「そうです」
俊樹の用意周到さに感心しながらも、黒川は何となく複雑な気分になった。火照った体に冷たい麦茶は確かに快いが、やはりここは氷で薄まったぬるい麦茶が似合うのではないか。
ちょっとからかってやろうかと視線をあげて、俊樹の楽しそうな顔が目に入る。こういうのが自分たちらしいのかもな、と黒川は思い直して、浴室へと消える俊樹の後姿を見送った。
週末は俊樹が黒川の部屋に来るのが常だが例外もある。俊樹が忙しい時には、今日のように黒川が俊樹の部屋を訪ねることが多い。こうして日曜日の午後に細い道を歩く日は、過ごす時間の短さに寂しさを感じる。しかしその一方で、年若い恋人の、人が来ることなど考えていないであろう簡素なアパートに招じ入れられる特権に喜ぶ自分がいることも確かだ。人間というのはつくづくややこしい生き物だな、と思いながら黒川は歩みを進めた。
狭い階段を上って薄いグレーのドアの前に立ち、チャイムを鳴らす。合鍵は持っているから、単に来たという合図のためだけだ。
「いつも時間ぴったりですね」
出迎えた俊樹がそう言って玄関に置かれた時計を見る。なんだかいつもこの瞬間はぎこちない。おそらく、なんと言って出迎えたら良いのかまだ探っているところなのだろう。
そういうところが可愛いなんて思う自分に呆れつつ、後ろ手に鍵を閉めて部屋に上がる。勝手知ったるなんとやらで、ベッドの横に置かれたローテーブルの前に腰を下ろした。
なんだかやけに暑いな、と思いながら目線を上げると、エアコンのルーバーがぴったりと閉まっている。空気にはまだわずかに冷気が残っているところから考えると、少し前に電源が切られたようだった。
いくら親しい仲とはいっても人の部屋に来て早々エアコンをつけてと言うわけにはゆかず、黒川はせめてもの抵抗としてシャツのボタンを一つ外した。
背後ではコップと氷がぶつかる涼やかな音がする。
俊樹が両手に銀色のコップを持ってきてテーブルの上に置いた。色からしてどうやら麦茶らしい。
ここでホットコーヒーでも出されたら流石の黒川もエアコンを催促したかもしれないが、氷がたっぷり入った麦茶なら体の熱も少しは冷めるだろう。
そう期待した黒川の予想に反して、俊樹はテーブルの黒川と反対側の端に二つのコップを寄せた。そして滑らかな動きでテーブルと黒川の間の床、というより黒川の足の間に座り込む。
面食らう黒川に構うことなく、俊樹は腕を黒川の首に回し、開けた首元に頬を寄せた。
「ちょっと、汗かいてるから離れて」
俊樹はそんな黒川の訴えに耳を貸す様子はなく、さらにぴったりと体を寄せる。
「黒川さん、麦茶セックスって知ってます?」
「は?」
耳慣れないフレーズに困惑の声を漏らす。麦茶とセックス。全く接点のなさそうな組み合わせだ。
「クーラーをつけたり麦茶を飲んだりする時間も惜しんでしちゃう、っていうシチュエーションらしいですよ」
それで? と聞くのは野暮だろう。
「そんなことしたら熱中症になっちゃうよ」
「いざとなったら麦茶を飲めば良いじゃないですか。クーラーはいつでも付けられるわけですし」
「なるほどねえ。でも汗かいてるから」
「僕はついさっきシャワー浴びたからそんなに汗かいてないですよ。僕の方は、黒川さんの汗は気になりません」
さてどうしたものか、とまだ決心のつかない黒川の唇に、俊樹が伸びあがってキスをした。
「ね、良いでしょ。ちょっとした手軽なスリル」
中年の黒川にとってはちょっとしたスリルでは済まないと思わなくもないが、ここで俊樹を突っぱねるほど理性的にはなれない。
今度は黒川の方から俊樹の唇にキスを落とす。深い口づけを何度か交わす間に、黒川は俊樹の体をそばにあるベッドの上へと誘導していく。完全に俊樹の体がマットレスに乗ったところで、黒川は彼の体に覆い被さり、部屋着のTシャツの裾を胸の上までたくしあげた。
俊樹の言うシチュエーションは、それだけの勢いがあるという点が重要なのであって、こんな風に二人で示し合わせてやるようなものではないような気もするが、俊樹がこれで良いと言うのだから良いのだろう。
黒川は考えるのをやめて、いつもと同じように俊樹の体を愛撫してゆく。俊樹の肌はしっとりと汗に濡れて、黒川の手に吸い付くような手触りだ。胸元に唇を這わせると、俊樹が押し殺したような吐息を漏らす。
ショートパンツと下着を下ろし、黒川はその露わになった肢体を見下ろして喉を鳴らす。手を腹から下にゆっくりとずらしてゆくと、俊樹は恥ずかしそうに視線を逸らした。しかしその体は何かに焦れるように小さく震え、透明な蜜を零している。上気した頬が艶っぽく、あどけなさの残る面差しとの対比が黒川の劣情をかきたてた。
「んっ」
黒川の指が俊樹の中に入ったところで、俊樹が小さく声を漏らす。防音のあまり行き届かないアパートで、昼の光の下で発せられるその声はどんな嬌声よりも官能的だ。
「結構、慣らしてあるから、もう多分大丈夫、ですよ」
指の動きに抗うように眉根を寄せながら息も絶え絶えに言う俊樹に、黒川は目を細める。いつもはそんな言葉には構わないことにしているが、今日の黒川には余裕がなかった。
脳が焼き切れるような熱情は、暑さからくるものなのか、それともこの状況に興奮しているのか。
「本当に?」
俊樹が頷くのを見て黒川は指を抜くと、自身の前を寛げ、ベッドの宮からゴムを取り出す。
「あっ、んん」
やや無遠慮に俊樹の中に自身を突き入れると、俊樹の体が小さく跳ねた。いつもより高い体温に、このまま溶け合ってしまいそうな錯覚を覚える。
「大丈夫?」
黒川は精一杯の理性をかき集めて、俊樹の額の汗を指の背で拭ってキスをした。俊樹が潤んだ目で大丈夫です、と囁いたのとほぼ同時に黒川が腰を引く。
「やっ、ああ、黒川さ、」
俊樹が黒川の首に手を回す。黒川はその声を吸い取るように唇を合わせた。
「ふっ、んんっ」
何度目かの抽挿の後に、俊樹の体が一際大きく震えて精を吐き出す。少し遅れて黒川も果てる。
最後にもう一度キスを落とし、結合を解く。俊樹はそれに合わせて一つ大きく息を吐くと、すぐにベッドサイドにあったリモコンでクーラーのスイッチを入れた。そのままベッドに仰向けに倒れこむ。
「あっつい。ああ、やっぱりクーラーって最高ですね」
「そりゃそうだろうね」
余韻も何もあったものではない俊樹の言葉に黒川は苦笑する。
「シャワー、お先にどうぞ」
「じゃあお言葉に甘えて」
俊樹に呆れながらも、実のところ黒川の頭は一刻も早くシャワーを浴びたいという思考に埋め尽くされていて、遠慮のふりをする余裕すらなく立ち上がった。
手早くシャワーを済ませてやっと床に落ち着き、テーブルの上の麦茶を口に運ぶ。ぬるくなったコップを大きく傾けて、喉を伝う液体の感触に黒川は驚いた。
「あれ、これまだ冷たい」
「ふふ、そうでしょう。このコップ、中が真空になってて飲み物の温度が変化しにくくなってるんです。だから結露もしないんですよ」
ベッドに起き上がった俊樹が得意げに笑う。
「魔法瓶みたいなものか」
「そうです」
俊樹の用意周到さに感心しながらも、黒川は何となく複雑な気分になった。火照った体に冷たい麦茶は確かに快いが、やはりここは氷で薄まったぬるい麦茶が似合うのではないか。
ちょっとからかってやろうかと視線をあげて、俊樹の楽しそうな顔が目に入る。こういうのが自分たちらしいのかもな、と黒川は思い直して、浴室へと消える俊樹の後姿を見送った。
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