魔法なんていらない

浜芹 旬

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 俊樹をベッドに仰向けに寝かせると、黒川は服を脱いで彼の足元に座る。さてどうしたものかと思いながら、頬を上気させて軽く横を向いた俊樹を眺めた。

 汚しても良いと言われてはいても、なるべくダメージは抑えるべきだろう。そうすると先に脱がせるのが最善だが、できればもう少しこの姿を堪能したい。

 ちらりと横目でこちらを窺う俊樹の頬を撫でて軽いキスをする。いつもなら頭も撫でるところだが、今日はウィッグのせいでそういうわけにはいかない。目元や口元を下手に触らないように気を付けながら、手を頬から首に下ろしてゆく。

 首元のボタンを外すと、顔よりも少し色の濃い、見慣れた肌が現れる。ジャンパースカートの肩ひもを腕の方によけ、ブラウスのボタンを三つ外して前をはだけさせた。裾は捲り上げて腹の上に軽くかぶせるように置く。
広がったスカートの上で露わになった細く筋張った足は黒いタイツに包まれて鈍く光を反射している。

 そしてその根元では、男物のグレーのボクサーパンツが透けて見えている。
ここに見えるものは何もかもがちぐはぐで異質なのに、その全体は俊樹という存在の上で一つにまとまり、芸術品のように魅惑的だ。

「本当に可愛いね。よく似合ってる」

 黒川はもう一度鮮やかなピンク色の唇にキスを落として、タイツの上から中心の膨らみを指でなぞった。

「ひゃっ、やっ」

 今日初めて直接的な刺激を与えられた俊樹の体が小さく跳ねる。黒川はそのまま指を上下させた。

「タイツの上からだと、いつもと違う?」

「そんなのわかんな、んっ」

「じゃあ脱いでみようか」

 そう言って黒川がタイツのウエスト部分に手をかけると、俊樹は素直に腰を浮かせる。途中まで下すか全部脱がすか一瞬迷ったが、結局全部脱がしてしまう。

 こうして肌を合わせる段になると、互いを隔てる全ての物が邪魔に思えてくる。たとえそれが特別な服装であっても同じことだ。

 下着の色が濃くなった部分を手のひらでこする。

「ああっ」

「やっぱり無い方が良いんだ。あんなに薄いのにね」

 俊樹は恥ずかしそうに手を口元にやった。

「上はどう? ブラウス越しと、直接と」

 黒川はそう言ってブラウスの上から俊樹の胸の突起を軽く撫でる。

「ねえ、どう?」

 黒川はくぐもった声を漏らす俊樹に畳みかける。俊樹は焦れたように身をよじると、潤んだ目で黒川を睨んだ。黒川はそれに微笑みを返す。

「んっ、なんかもどかしい、です」

 仕方なくといった様子でやっと答えた俊樹の額に、黒川はご褒美とでもいうようにキスをした。黒川は自身が望む答えを引き出せたことに大きな満足感を覚えていた。

「ふふ、そっか、それならまあ汚しても悪いしもう全部脱ごうか」

 黒川がジャンパースカートを引き上げるようにすると、俊樹もそれに従って体を浮かし、腕を上げる。

 恥ずかしがるふりをしながらもこういう時には従順な俊樹を黒川はこの上なく可愛いと思うが、口には出さないでおく。

 いつもと同じ裸体を晒した俊樹に、黒川はどこか安心感を覚えた。

 さっきまで白いブラウスに覆われていた腹にゆっくりと手を這わす。浅い息を繰り返す俊樹の口を塞ぎ、深い口づけを交わす。

 その最中に、黒川は俊樹の中に指を差し入れる。

 その瞬間に俊樹の細い体が震えて、半ば無意識に黒川を押し戻そうとする。黒川は彼の腕を掴んで、宥めるようにさすってやった。その間も彼に埋めた指の動きを止めることはなく、黒川は俊樹の弱点を的確に探り当てる。

 長い口づけと指による責めに溶かされて俊樹の腕の力が抜けたところで、黒川は俊樹の唇をようやく解放した。俊樹は肩を上下させて、蕩けた視線を黒川に向けている。ぽってりと蠱惑的に色づいた彼の唇に黒川はもう一度吸い付きたくなるのを押しとどめて、手の甲で彼の頬を撫でた。

「彬之さん、もう、」

「ん? 何?」

 俊樹が何を求めているのかなんてことは重々承知しているが、彼の可愛らしいおねだりが聞きたくて、ちょっとした意地悪をしてしまう。
反抗する気力すらもう無いらしい俊樹は、甘えたような吐息を漏らす。

「どうしてほしいの?」

 赤く色づいた唇が、ゆっくりと震えながら開く。

「も、挿れて、ください」

 俊樹は夢見るような切ない視線を黒川に投げかける。その光景に黒川は満足げな笑みを浮かべると、俊樹の体からゆっくりと指を引き抜いた。
わざと焦らすように時間をかけてゴムをベッド横のチェストから取り出して準備をする。

「ふっ、んんっ」

 黒川が少し勢いをつけて俊樹の中に侵入すると、俊樹は大きく体を仰け反らせた。落ち着かせるように、黒川はその腹を優しく撫でた。しかしその穏やかさとは裏腹に、黒川は自身の腰を動かし始めている。

「あっ、あっ、やっ、彬之さん、」

 注挿が始まると、俊樹は縋るように黒川の首に手を伸ばす。黒川は俊樹が手を回しやすいように少し身を屈めた。

 自身の動きに合わせて揺れる、まだ微かに残る少年らしさをファンデーションで塗り隠したその顔が乱れてゆく様を、目に焼き付けるようにただ見つめる。次第に息が荒くなって、限界の訪れを予感させた。

「んっ、あ、ああ」

 俊樹の体が一際大きく跳ねて、白濁が吐き出される。少し間を置いて黒川も果てて、俊樹の上に覆いかぶさった。




 二人ともシャワーを浴びた後、黒川はベッドの脇に寄せられたブラウスとスカートを拾い上げた。

「良かった、特に汚れてなさそうだね」

 黒川はそう言いながら服のサイズを見ようとタグを探す。

「サイズが同じだったら、結構どんな服でも大丈夫なの? やっぱりメーカーとかで違う?」

 しばらく待ってみるが、返事は帰ってこない。怪訝に思って俊樹を振り返ると、彼の顔にはどことなく影が落ちているように見えた。

「どうしたの? どこか痛い?」

 俊樹は黙って首を横に振る。

「何、なんでそんなにご機嫌ななめなの」

「別にそんなことないです」

「僕何かおかしなことした? 言ってくれなきゃわからないよ」

 それでも俊樹は口を割らない。ね、言ってよ、ともう一度黒川が畳みかけると、ようやく重い口を開いた。

「彬之さんは、やっぱり女の子の方が良いんですか」

 拗ねたような顔でそっぽを向いた俊樹を見て、思わず黒川は吹き出した。

「何、そんなこと気にしてたの? 相変わらず俊樹君は可愛いなあ。スカート履いて化粧したって、俊樹君は俊樹君のままなのに」

 黒川は指の背で俊樹の頬を撫でる。俊樹はまだ少し拗ねた顔で猫のように片目を閉じた。

「俊樹君が可愛い格好をするのが見たいんだから、他の人なんて意味ないよ。本当は服とか買ってあげたいんだけど、今の流行とかよくわからないから難しくて。今度一緒に見に行こうね」

「流行なんて僕もわかりません」

「ドレスシャツとか買おうよ、昔の貴族みたいなフリルが付いたやつ。きっと可愛い」

「何それ」

 俊樹は少し照れたように顔を赤らめて視線を下げた。その姿を見て黒川は頬を緩めて、俊樹の腕を引いて抱き寄せた。

「でもなんだかんだ言って、やっぱりそのままが一番可愛いね。さっきの可愛さも良いけど、あれはちょっとよそ行きだから」

 黒川は俊樹の柔らかな髪を撫でると、何も塗られていない滑らかな頬を両手で挟み込んで、淡い色の唇にキスをした。
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