うそつきなのは恋のせい

浜芹 旬

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 その姿勢のまま三十秒ほど経った頃、俊樹は黒川の顔をちらりと見ると、ばつが悪そうに目を逸らした。

「あとそれから、木山が元カレだなんて嘘だし」

 言葉の意味を理解するのに二秒、怒りがわくのは一瞬。それを抑えるのにもう二秒。

「どういうこと?」

 極力平静を装ったつもりだったが、明らかに失敗していた。

「木山は本当にただの友達です。今も昔も」

「なんでそんな嘘を」

「少しくらい動揺してくれるかなって」

 動揺なんてもんじゃない。この一週間をどんな気持ちで過ごしたと思っているのか。

「ちょっと質が悪いんじゃないかな」

 黒川が思っていたよりもきつい口調になってしまった。

 俊樹は目を逸らしたまま何も言わない。

「俊樹く――」

「だって!」

 突然の大声に驚いて、黒川は俊樹の顔を見た。

 俊樹の方も一瞬黒川の方を恨めしそうに睨んで、すぐに視線を落とした。

「黒川さん、全然興味なさそうだったじゃないですか。本当は、その場限りのちょっとした冗談のつもりで、すぐに嘘ですよって言うつもりだったんです。でも黒川さんの反応があんまりにも薄いから悲しくて、何だか腹が立って、それで……」

「や、それは」

 本当は動揺していたと、言うべきか言わないべきか。

「でも、やっぱり嘘はダメでした。ごめんなさい」

 さっきとは打って変わって消え入るような声でそう言われてしまうと、もう怒ったりするわけにもいかない。黒川は一つため息をついた。呆れが二割、安心が三割、愛おしさが五割。

「嫌いになりました?」

 思ってもみなかった言葉にはっとして俊樹の顔を見ると、今にも泣き出しそうな表情が浮かんでいる。

「そんなの、なるわけないだろ」

 半ば無理やり俊樹の体をこちらに向かせる。正面から良く見れば、うっすらと目が潤んでいるのが分かった。

「嫌いになんかなれないから、怒ってるんだよ」

 俊樹の目に見る見るうちに涙が溜まってゆく。

 黒川は俊樹をきつく抱きしめた。ごめんなさい、という小さな声にもういいよ、と答えて、腕の中の体温をしばしの間堪能することにした。




 目が腫れていないのを鏡でよく確かめて、俊樹はもう一度念のため顔を洗うと、玄関に下りた。

 黒川はそんな俊樹の様子を眺めながら、ずっと言おうかどうか迷っていた言葉を口にした。

「今日、やっぱりここに帰っておいでよ」

 戸惑った表情で俊樹が黒川を見る。

「え、でも」

「何時になったって構わないから。遅かったら先に寝ておくから気にしないで」

 本当はそんな気は全くなかったが、俊樹を安心させるためにそう言っておく。

「それならそうします」

 俊樹が照れくさそうに笑った。数秒見つめあった後、どちらからともなく唇を合わせた。

「じゃあ行ってきます」

「気を付けてね」

 扉から流れ込む乾いた空気が、穏やかな夜の始まりを告げていた。
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