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3章 王都救出絵巻
第88話 side―ララ(ⅱ)当日
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「ララお嬢様、起きてください」
ドア越しにエレイシアの声が響く。あの後、私が寝たあとに帰ってきたはずなのに元気だな、なんて寝ぼけながら考える。
さて、泣き言も昨夜までだ。どうせ逃げられない運命なら、今までのようにきっちりこなしてみせよう。
人間はやっぱり睡眠を取ると心が少しは落ち着くようで、食事を取った後はこの日のために仕立て上げてもらったドレスの着付けなど、夜の晩餐に向けての準備が始まった。
エレイシアはただの護衛の騎士というわけではなく、幼い頃からずっと一緒に育ち、侍女としてこんなふうにドレスの着付けも手伝ってくれている。
次女でお家に残ることもない運命だったので、このお屋敷でも本当にずっと私の味方だったのはエレイシアだけだった。
他の使用人達もいい人達で仲も悪くはなかったけど、どうしたってこの家に残る兄達につくのは道理だ。
私がいなくなればエレイシアの居場所はなくなってしまう。彼女にとってもここを出ていくほうがいいだろう。
「ねえ、エレイシア、お願い。
今日、パーティーにいくまでだけでいいの。昔のように、ララって呼んで」
それでも、心細くなると姉のように思っている彼女に甘えたくなる。今は着付けの最中で他に家の人はいない、彼女との最後の思い出が欲しかった。
「……… 、ララ。私からもお願い。最後まで私を、私達を信じて…… 。
今、私から言えるのはこれだけです」
そういって優しく抱きしめてくれた後はいつもの口調に戻ってしまったので、言葉の真意は聞くことはできなかった。
離れても思い合えるって意味かしら、それは確かに素敵かもしれない。
今日の晩餐パーティーの最後に、ヴァイアージ家の当主がこの婚約の話を招待客の皆に話し、そこで私も紹介されると聞いている。
詳しい段取りがあるので夕方にはヴァイアージ家のお屋敷に着くように家を出る。
流石、この王都でも指折りの大家であるヴァイアージ家のお屋敷は壮観なものだ。
私も数度だけ、お訪れたことはあるが、ここは王都にいる貴族すべてを招待できるほどの広さがあり、今日も名目上はただの晩餐会なのだが、総勢200名以上の貴族に連ねる人達が招待されていると聞く。
裏庭なんてさながら森のような広さだ。『軍事』を司る家だけあって、まるで要塞のようだった。
中へと招かれ、当主の部屋へ向う廊下で、二人の男が私のことを待っていたかのように立っている。
相手は当然こちらに敵意など向けてこないが、それでも後ろに控えるエレイシアに緊張が走るのが伝わった。
私だって怖い、初老手前の紳士はともかく、もう一人の男は普通じゃない。冒険者ギルドの受付をしていたけど、こんな男は見たことがなかった。
大きさ体格も普通じゃないけど、何より特殊な金属でできている彼の左腕の義手が、この男の歴戦の過去を物語っていた。
「ラディッツオ、下がっていなさい。レディが怯えている」
「ケッ、下がれっていうなら帰るぞ。
貴族の晩餐に興味はねーからな。まっ、豪華な飯だけは頂いていくか」
その後、数度二人で小言と憎まれ口を交わしたあと、紳士の方が私に近づき、話しかけてくる。
「大変失礼をしました、今日の主賓のレディよ。私はこの家の客分も纏めております、メイスと申します」
―メイス、私でも知っている。彼の実績、そして何より彼の経歴を。
元々、彼の家だった領地は私の家の伯爵領と同じ北方の領地として、親しい間柄であったとか。
「お初にお目にかかります。あなたのお噂はかねがね、伺っておりますわ。あなたがいるからこそ、私達は街の命運をヴァイアージ家に託すのです。
どうか、私達の領民をお救いください」
私がそういって頭を下げると、
「…… 、お強い方なのですね。しばし、辛抱なさってください。
『かの森』を討伐した暁には、そのまま私とラディッツオで『不可能のダンジョン』へと向かい、解呪のアイテムを探して参ります。それをあなたの犠牲に対する贖罪とさせてください」
と、私以上に深々と頭を下げてきた。
解呪のアイテムか。強制ではなく、誓いとともに自らつける「貞淑の契り」は通常、解呪方法がないらしい。
あるとすればそれはssランクダンジョンである「地底古代文明ダンジョン」というのは理解できるけど、それは何年後の話なの?
その頃には私はどうなっているのかしら、考えたくもない。別にこの人に恨みがあるわけじゃないし、贖罪というのもたぶん本当なんだろう。
それでも、何だかこんなことを言われると八つ当たりしたくなる。
けど、それは単なる私のワガママだ。そのまま素通りをして、当主との話し合いを済ませる。
そこで聞いた話はとても滑稽なお話だった。
ロッシという、私の婚約相手はやはり今日も公の場に出すつもりはないらしい。
このパーティーの最後に婚約が発表され、私は一人、衆人環視の中で誓いを口にして、「貞淑の契り」を嵌めなくてはいけないらしい。
どんな道化だ、乙女としてこれ以上の恥なんてあるのだろうか?
婚約発表といっても、今日この場にやってくる貴族達の大半は、もう公然の事実として知っている。
哀れな生贄を見る目の中、一人でその場にもいない相手にすべてを捧げる誓いの言葉をするだなんて、死で許されるなら死んでしまいたい。
けれど、私には死も許されてはいない。私の肩にはあまりにも重い、領民すべての命が懸かっているんだから。
そんな私の想いなど無関係にパーティーは遂に始まってしまう。
エレイシアとは会場の前で別れ、彼女は護衛の控室に移る。ここから先の警備はヴァイアージ家が責任を持つ形となっている。
音楽が奏でられ、貴族の社交場として男性が女性をダンスに誘い、みなパーティーを楽しんでいるようだった。
私はというと一人、ポツンと佇んでいるしかない。婚約発表を知っているものなら、誰も私を誘ったりしないだろう。
私の出番はこのパーティーの最後なのだ。こんなことなら私も控室でエレイシアと待っていたいだなんて、皮肉が思い浮かぶ。
―そんな時だった。あの人がやってきたのは。
知らない黒髪の若い男性が、おろしたてのスーツを着こなし、真っ直ぐ私の方へ歩いてくる。
周りの客人達もざわめくほどの美形だ。
きっと田舎の街から出てきたばかりの事情をよく知らない、社交界デビューの人なのだろう。
可哀想に、残念だけどどう断ろうかしらと思案していると
「レディ、お手を」
と膝を下げ、手のひらを差し出してくる。
断らなければいけない。けれど、私は手を口元にやり、溢れそうになる涙を必死にこらえていた。
だって、だって……… 。
『必ず助けにいく、約束だ』
その手のひらには、いつかの記念の魔石が置かれていたから。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
予告回収。
いかがだったでしょうか?
あまりにもクサイ演出でしたが、ダンディズムはあったかなと思っています。(結局ダンディズムって何だよ?)
もし、ここまで読んで面白いと思っていただけましたら、ご感想やエールでの応援、お待ちしています(_ _;)
ドア越しにエレイシアの声が響く。あの後、私が寝たあとに帰ってきたはずなのに元気だな、なんて寝ぼけながら考える。
さて、泣き言も昨夜までだ。どうせ逃げられない運命なら、今までのようにきっちりこなしてみせよう。
人間はやっぱり睡眠を取ると心が少しは落ち着くようで、食事を取った後はこの日のために仕立て上げてもらったドレスの着付けなど、夜の晩餐に向けての準備が始まった。
エレイシアはただの護衛の騎士というわけではなく、幼い頃からずっと一緒に育ち、侍女としてこんなふうにドレスの着付けも手伝ってくれている。
次女でお家に残ることもない運命だったので、このお屋敷でも本当にずっと私の味方だったのはエレイシアだけだった。
他の使用人達もいい人達で仲も悪くはなかったけど、どうしたってこの家に残る兄達につくのは道理だ。
私がいなくなればエレイシアの居場所はなくなってしまう。彼女にとってもここを出ていくほうがいいだろう。
「ねえ、エレイシア、お願い。
今日、パーティーにいくまでだけでいいの。昔のように、ララって呼んで」
それでも、心細くなると姉のように思っている彼女に甘えたくなる。今は着付けの最中で他に家の人はいない、彼女との最後の思い出が欲しかった。
「……… 、ララ。私からもお願い。最後まで私を、私達を信じて…… 。
今、私から言えるのはこれだけです」
そういって優しく抱きしめてくれた後はいつもの口調に戻ってしまったので、言葉の真意は聞くことはできなかった。
離れても思い合えるって意味かしら、それは確かに素敵かもしれない。
今日の晩餐パーティーの最後に、ヴァイアージ家の当主がこの婚約の話を招待客の皆に話し、そこで私も紹介されると聞いている。
詳しい段取りがあるので夕方にはヴァイアージ家のお屋敷に着くように家を出る。
流石、この王都でも指折りの大家であるヴァイアージ家のお屋敷は壮観なものだ。
私も数度だけ、お訪れたことはあるが、ここは王都にいる貴族すべてを招待できるほどの広さがあり、今日も名目上はただの晩餐会なのだが、総勢200名以上の貴族に連ねる人達が招待されていると聞く。
裏庭なんてさながら森のような広さだ。『軍事』を司る家だけあって、まるで要塞のようだった。
中へと招かれ、当主の部屋へ向う廊下で、二人の男が私のことを待っていたかのように立っている。
相手は当然こちらに敵意など向けてこないが、それでも後ろに控えるエレイシアに緊張が走るのが伝わった。
私だって怖い、初老手前の紳士はともかく、もう一人の男は普通じゃない。冒険者ギルドの受付をしていたけど、こんな男は見たことがなかった。
大きさ体格も普通じゃないけど、何より特殊な金属でできている彼の左腕の義手が、この男の歴戦の過去を物語っていた。
「ラディッツオ、下がっていなさい。レディが怯えている」
「ケッ、下がれっていうなら帰るぞ。
貴族の晩餐に興味はねーからな。まっ、豪華な飯だけは頂いていくか」
その後、数度二人で小言と憎まれ口を交わしたあと、紳士の方が私に近づき、話しかけてくる。
「大変失礼をしました、今日の主賓のレディよ。私はこの家の客分も纏めております、メイスと申します」
―メイス、私でも知っている。彼の実績、そして何より彼の経歴を。
元々、彼の家だった領地は私の家の伯爵領と同じ北方の領地として、親しい間柄であったとか。
「お初にお目にかかります。あなたのお噂はかねがね、伺っておりますわ。あなたがいるからこそ、私達は街の命運をヴァイアージ家に託すのです。
どうか、私達の領民をお救いください」
私がそういって頭を下げると、
「…… 、お強い方なのですね。しばし、辛抱なさってください。
『かの森』を討伐した暁には、そのまま私とラディッツオで『不可能のダンジョン』へと向かい、解呪のアイテムを探して参ります。それをあなたの犠牲に対する贖罪とさせてください」
と、私以上に深々と頭を下げてきた。
解呪のアイテムか。強制ではなく、誓いとともに自らつける「貞淑の契り」は通常、解呪方法がないらしい。
あるとすればそれはssランクダンジョンである「地底古代文明ダンジョン」というのは理解できるけど、それは何年後の話なの?
その頃には私はどうなっているのかしら、考えたくもない。別にこの人に恨みがあるわけじゃないし、贖罪というのもたぶん本当なんだろう。
それでも、何だかこんなことを言われると八つ当たりしたくなる。
けど、それは単なる私のワガママだ。そのまま素通りをして、当主との話し合いを済ませる。
そこで聞いた話はとても滑稽なお話だった。
ロッシという、私の婚約相手はやはり今日も公の場に出すつもりはないらしい。
このパーティーの最後に婚約が発表され、私は一人、衆人環視の中で誓いを口にして、「貞淑の契り」を嵌めなくてはいけないらしい。
どんな道化だ、乙女としてこれ以上の恥なんてあるのだろうか?
婚約発表といっても、今日この場にやってくる貴族達の大半は、もう公然の事実として知っている。
哀れな生贄を見る目の中、一人でその場にもいない相手にすべてを捧げる誓いの言葉をするだなんて、死で許されるなら死んでしまいたい。
けれど、私には死も許されてはいない。私の肩にはあまりにも重い、領民すべての命が懸かっているんだから。
そんな私の想いなど無関係にパーティーは遂に始まってしまう。
エレイシアとは会場の前で別れ、彼女は護衛の控室に移る。ここから先の警備はヴァイアージ家が責任を持つ形となっている。
音楽が奏でられ、貴族の社交場として男性が女性をダンスに誘い、みなパーティーを楽しんでいるようだった。
私はというと一人、ポツンと佇んでいるしかない。婚約発表を知っているものなら、誰も私を誘ったりしないだろう。
私の出番はこのパーティーの最後なのだ。こんなことなら私も控室でエレイシアと待っていたいだなんて、皮肉が思い浮かぶ。
―そんな時だった。あの人がやってきたのは。
知らない黒髪の若い男性が、おろしたてのスーツを着こなし、真っ直ぐ私の方へ歩いてくる。
周りの客人達もざわめくほどの美形だ。
きっと田舎の街から出てきたばかりの事情をよく知らない、社交界デビューの人なのだろう。
可哀想に、残念だけどどう断ろうかしらと思案していると
「レディ、お手を」
と膝を下げ、手のひらを差し出してくる。
断らなければいけない。けれど、私は手を口元にやり、溢れそうになる涙を必死にこらえていた。
だって、だって……… 。
『必ず助けにいく、約束だ』
その手のひらには、いつかの記念の魔石が置かれていたから。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
予告回収。
いかがだったでしょうか?
あまりにもクサイ演出でしたが、ダンディズムはあったかなと思っています。(結局ダンディズムって何だよ?)
もし、ここまで読んで面白いと思っていただけましたら、ご感想やエールでの応援、お待ちしています(_ _;)
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