掃除屋(暗殺者)のわたしが生き返ったら、部屋の掃除をしろと言われました

もさく ごろう

文字の大きさ
上 下
39 / 43

第三十九話 大事な確認

しおりを挟む
 大きな廊下を十を超える手術室が囲うような構造になっていた。廊下の中央部分は簡単な壁で仕切られており、部屋のようになっている。

 珠と翠羽。ハシルヒメ三人はその中の一つのモニターが並ぶ部屋の床を、ダスタークロスで掃除している。

 この部屋には緑の服を着た麻酔科の人達がいたが、珠たちが作業を始めると姿を消した。

「いつも作業をするときは出ていってもらうの?」

 珠は翠羽の方を見て訊ねた。マスクとふわふわの帽子で目以外が隠れている。その目が右上を向いた。

「そうね……。こちらからお願いして出ていってもらうことは基本的にはないのだけれど、空けていただけることが多いわね。事前に確認しているからというのはあるのだけれど」

「確認?」

「ええ。作業をする箇所や時間。作業内容やそのほかに注意すべき点などを事前に確認しているの。自分たちが困らないようにというのが一番の目的ではあるのだけれどね。お互いの理解が深まるから協力してもらいやすくなるわ」

 翠羽は壁にかかる時計を見た。ちょうど15時を過ぎたくらいだ。

「例えばスケジュールを相手の都合に合わせれば、部屋を空けてもらいやすくなるわね。他には床を掃除すると事前に伝えておけば、普段は床に置いてある物をどかしておいてくれたりするわ」

 珠が周囲を見ると、使われていそうなデスクの椅子の上に段ボールが置かれていたり、シュレッダーの上に機械の入った袋が置かれていたりなど、確かに普段はそこに置かれていないだろうなと思えるものがいくつかあった。

「意外と協力してくれるんだ」

「人にもよるのだけれどね。大抵の人はより綺麗に掃除してもらいたいと思っているから、ある程度は協力してくれるわ」

 そんな話をしていると、ハシルヒメがダスタークロスのついた棒を前に押しながら、珠とハシルヒメの間に割り込んだ。

「そのぶん、仕事の期待値も上がっちゃうんじゃないの?」

「ハシルヒメったら、また文句ばっか言って」

 珠はハシルヒメを咎めようとしたが、翠羽は首を横に振って、それを止めた。

「確かにハシルヒメさんの言う通りよ。例えば机の下の物をどかしておいたのに、机の下が掃除されていなかったらがっかりするでしょう?」

 翠羽は段ボールの乗せられた椅子を引いて、机の下へダスタークロスを入れる。そして軽く拭って出てきたダスタークロスには、溢れるくらいたっぷりと青緑の埃がついてきた。

「でもそれは悪いことばかりではないの。その期待にきちんと応えれば、お掃除屋さんの立場の向上に繋がるわ。もちろん。一度だけではなく、積み重ねが大事なのだけれどね」

 翠羽はツナギのポケットから小さなノートを取り出し、メモを取った。

 その間に、ハシルヒメはしゃがんで埃のたっぷりついたダスタークロスを見る。

「でもこの埃の量を見るに、普段ここを掃除している人は手をつけてなかった感じじゃん? 翠羽が来たときだけ綺麗になってたら、普段ここを掃除している人の立場が悪くなっちゃうんじゃないの?」

「ハシルヒメさんは優しいのね。そうならないように、報告と提案はしておくわ。そこから先はここのスタッフ次第ね。少し厳しいかもしれないけれど、放っておくよりはずっといいはずよ」

「ふーん。まぁいいけど」

 そう呟いたハシルヒメはしゃがんだままダスタークロスを見つめていた。珠はその背中に手を置く。

「ハシルヒメ? どうしたの?」

「うんにゃ。埃が青いから、どうしてなのかなって。埃って灰色っぽいのが多い気がするんだけど」

「ああ、それは……」

 翠羽が周りを見た。そして離れたところで話している緑の服を着た人を指さす。

「ここは麻酔科のための部屋で、麻酔科の人はみんなあの緑の服を着ているの。室内で出る埃の多くが衣類と布団やクッション類からなのよ」

 珠は納得して、手を叩いた。

「なるほど。みんなが同じ色の服を着ていると、その色の埃が溜まるようになるんだ」

「そうなの。よく見る灰色の埃は、内綿とかから出てくる白い埃に、様々な色が混ざったものね」

 ハシルヒメが立ち上がり、珠と翠羽の間をしっかり維持する。

「色んな絵の具を混ぜると黒っぽくなるのと同じ感じ?」

「そうね。それとだいたい一緒ね」

 珠は本殿からゴミを運び出したときを思いだした。

「神社から家具のゴミとかを持ち出したとき、真っ黒な埃で汚れてたけど、あれは白い埃があまりなかったからあんなに黒くなったの?」

「あれは少し違うのよ」

 翠羽は周りを見て、少し屈んで珠の耳元に口を寄せようとした。だがハシルヒメが間に頭を入れたので、顔を寄せ合って内緒話するような状態になる。

 翠羽はあまり気にした様子はなく、声をひそめた。

「嫌な思いをする人もいるかもしれないから、大きな声では言えないのだけれど、きっとあれは虫や動物の糞が埃になったものだと思うの」

「うぇ! ばっちいじゃん!」

 ハシルヒメは顔をしかめた。声を抑えていなかったので、珠は人差し指を口に当てる。

「ハシルヒメ、声が大きい。ねぇ翠羽さん。じゃあ本殿には虫とか動物がたくさんいるってこと?」

「あの埃は長年の積み重ねだと思うから、たくさんいるかどうかはわからないわね。調査自体はしてみた方がいいかもしれないわ。ただあそこは人が過ごす場所ではないから、明確な被害が出ていないのなら気にしすぎなくて大丈夫よ」

 翠羽がなだめるように言った。珠は『ハシルヒメが住んでいるのでは?』と思ったのだが、ハシルヒメ自身が考え込むようにして黙っていたので、何も言わなかった。

 ハシルヒメが少し顔を上げる。

「近くでお店やるとしても、気にしなくて大丈夫?」

 翠羽が首を傾げた。

「お店……? そのお店が飲食店なら、放っておくことはできないわね。お店が開く予定なのかしら?」

 ハシルヒメが頷く。

「今度、神社でお祭りをやるんだけど、その時にお茶屋さんを開こうって珠ちんが提案してくれたんだ」

「そうなのね……」

 翠羽があごに指を当て、考えるようにした。

「臨時の営業なら……と思ったのだけれど、やっぱり対策は必要になってくると思うわ。場合によっては、衛生管理の仕方も変わってくるかしらね」

「うぅ……また予算が――」

「やぁ、やぁ! やってるな!」

 演劇じみたよく通る声が、翠羽の後ろ側から聞こえた。そこにいたのは紺色の服を着た背の高い女性で、マスクと帽子で顔はほとんど隠れている。それでも翠羽はすぐに誰なのか分かったようで、振り向きながら言った。

「刺美。もう手術は終わったの?」

「まぁ、おおむねはな。何か問題が起きなければ、関係者説明まで休憩だ」

 刺美は掃除中だということを気にせず、部屋に入ってきた。そして、身をかがめてハシルヒメを覗き込んだ。

「君はもしや、ハシルヒメくんじゃないか? まさか君も来ているとはね」

「まーね。わたしもまさか、働かさせられるとは思ってなかったよ」

 ハシルヒメは『やれやれ』といった感じでため息をついた。

「勝手についてきただけなのに、何言ってるの」

 珠がそう言うと、刺美は「ほう」と言いながら体を起こし、珠を見た。

「ならば休憩中だけハシルヒメくんを借りてもいいかな? 前回の食事では語り足りなかったのでね」

「ええ。どうぞどうぞ」

 珠はハシルヒメの背中を押し、刺美の方へと移動させた。

「ちょっと珠ちん! わたしは珠ちんのために……!」

 抵抗するハシルヒメの手を、刺美がつかんだ。

「感謝する。院内は複雑で迷いやすいからな。手を離すんじゃないぞ」

 刺美に引きずられ、ハシルヒメの姿はあっという間に部屋から消えた。「珠ちーん!」と叫ぶ声だけ聞こえたが、それもすぐに聞こえなくなる。

(これで落ち着いて掃除できる)

 そう思っていると、翠羽がハシルヒメの残したダスタークロスを手に取った。

 珠はすぐに手を伸ばす。

「あ、わたしが片付けるよ」

「いいのよ。部屋の端に置いておいて、最後に片付けましょう。それにしても、桜雷神社でお祭りをやるなんて知らなかったわ。どんなお祭りをやるの?」

 珠は帽子越しに頭をかいた。

「えっと……それがまだ決まってなくて。最初は参道を使ってマラソンをしようかと思ってたんだけど、参道の距離がわからなかったり、色々難しそうで他の案を考えてる」

「そうなのね。参道の距離なら、沼岡道路と全く同じはずだから、ある程度はわかるわよ。たしか表側が四キロくらいで、後ろ側が十五キロくらいだったと思うけど」

「え? 表側の参道でも四キロもあるの? いや、っていうかそれ聞いちゃ……!」

 ハシルヒメが隠していて、珠も探らないと決めたことをあっさり言われてしまい、珠は一瞬だけ何を言えばいいのかわからなくなった。三回深呼吸して、言葉を選ぶ。

「えっと、その距離のことなんだけど、ハシルヒメの前では触れないようしてほしいの」

「え、ええ。わかったわ。何か事情があるのね」

 腑に落ちない部分はありそうだったが、翠羽に約束してもらい、とりあえず胸をなでおろした。

「それと、ちょっと気きたいことが」

「なにかしら?」

「道が長さをサバ読むときって、短めに言うと思う? それとも長めかな?」

 翠羽は首を傾げるだけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

朱糸

黒幕横丁
ミステリー
それは、幸福を騙った呪い(のろい)、そして、真を隠した呪い(まじない)。 Worstの探偵、弐沙(つぐさ)は依頼人から朱絆(しゅばん)神社で授与している朱糸守(しゅしまもり)についての調査を依頼される。 そのお守りは縁結びのお守りとして有名だが、お守りの中身を見たが最後呪い殺されるという噂があった。依頼人も不注意によりお守りの中身を覗いたことにより、依頼してから数日後、変死体となって発見される。 そんな変死体事件が複数発生していることを知った弐沙と弐沙に瓜二つに変装している怜(れい)は、そのお守りについて調査することになった。 これは、呪い(のろい)と呪い(まじない)の話

処理中です...