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ひとつのギルドができるまで

とてもつらいこと

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 とてもとても、辛いことがあった。
 自分を愛してくれている家族には話せないくらいに、辛いことがあった。
 それは数年の時を経た今もヒュウガ──ひなたの心に深い傷を残しており、そこから溢れ出る痛みはその辛さを決して忘れさせてはくれない。

 人が怖い。
 外の世界を嫌った訳ではなく、家の中を愛したからでもなく、ただひたすらに人が怖い。
 それが、ひなたを自らの部屋へと縛り付ける感情であった。


「……」
「あれヒューガくん、出てきちゃったのー?」
「……あ……」

 職人組合へ立ち入る寸前で引き返してきたヒュウガに、ラテは去り行く足を止めて駆け寄った。
 ヒュウガは、俯いて地面を見詰めている。

「……」
「どしたの? 入るの怖い? ですかー?」
「……」
「んーどうしましょーねー」
「……ごめんなさい」
「んー……ちょっと行きましょっかー」


 「ここ景色きれいでしょー? ストーリー上は来る必要ないし、写真撮るならほかに映えるとこがあるのでー、人気もないしお気に入りなんですーよー」
「……きれいです、ね……」

 ヒュウガとラテは、ハジマリの古都を見下ろせる高台にいた。
 景色を綺麗だと評するヒュウガだが、その視線は依然、足元へと向けられている。


(入れなかった)

(……けど、ゆきみと一緒にお散歩することはできたし)

(お友達も、できた)

(……でも、入れなかった)


(……入れなかった)


(……人と、話せなかった)


 絵を描いている時、妹のために料理をしている時、拙い手つきで掃除をしている時。それらの時間だけがひなたから自己嫌悪を忘れさせてくれる。だが、それ以外の時間。彼はいつでも、いつまでも自分を責めていた。寝食を忘れて絵に没頭するのは、眠れば悪夢を見て食事をすれば吐き気を催すからだ。
 ヒュウガは、自分というものが大嫌いであった。

「……」

 そんな彼を、ウェルシュ・コーギー・カーディガンの円な瞳が見詰めていた。
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