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「…慎ちゃん?起きたの?」
ドアの向こうからノックとともに聞こえる声。
「っぃ、こ、ないで、」
全力で出したいつもの声も、情けなく震えてしまう。
「どうしたの?何かあった?」
「おねがい、だから、こないで、」
「…あけるよ?」
鍵も何もかけてなかったから、あっさりとドアは開き、酷い光景を見られてしまう。
「片付けようとしてたの?」
「っ゛、」
恥ずかしいを通り越して、どうしようもなく死にたくて、下を向く。
「しんどかったんだもん、仕方ないよね」
俯いた先の自分の握っているシーツを回収され、タンスが開いた。
「おしっこ、もう残ってない?」
「さっき、もらしたから、」
「そっか。じゃあ早く着替えちゃおっか。お粥食べれそう?」
すごく気を使って喋ってくれてるのが分かる。湯たんぽのことにも、汚れた寝間着のことにも不自然なくらいに話題に出さない。
「しーつ、またよごした…」
「うん、でも洗濯したらいいだけだから。予備の布団しこうね」
「…や゛だ…」
「慎ちゃん?」
「また、どうせよごす、あたらしいの、いらない…」
「大丈夫大丈夫。体調悪かったからだもんね」
宥めるような声色で、優しく背中を撫でられて。でもそれが今は辛い。
「ちが、う、」
「ん?」
嗚咽に混じった小さな言い訳。次の言葉をきっと待っている。なるべく冷静に返す、なんてことは無理だった。
「げんきでも、するも゛ん、まいにち、とちゅうでおきないとっ…も゛ぉ、や゛だぁ…」
泣きすぎて頭が痛い。嗚咽で息が苦しい。
「そっかそっか。嫌なこと聞いちゃったね。ごめんね?」
「っぃ、も゛、ゆかでねるっ、このままっ、寝るから、」
「んー、でもそれじゃもっとしんどくなるよ?」
「べつにっ、どーでもいいしっ、ほっといて、」
顔が熱くて、ふわふわして、とてつもなく心がざわざわする。
「濡れてて気持ち悪いでしょ?さっぱりしよ?」
優しくしないで。そんな壊物を触るみたいに背中を撫でないで。
「なんで、おこら、ないの…?」
一瞬、手が止まる。でもまた、あやすように背中をさすられる。
「したくてしたんじゃないでしょ?」
「なぐら、ないの?」
「何で?」
「だって、いぶきさん、やすみっ、だったのに、おれっ、じゃま…っ、」
これ以上、言葉が出せない。馬鹿みたいにしゃくりあげて、息が詰まって、ぐちゃぐちゃに感情が溢れて、自分の作った水溜りに涙が何滴も垂れていく。
瞬間、ふわりと体が浮く。抱きすくめられてるんだってことをしばらく理解できなかった。
「慎ちゃんの家なんだから邪魔も何もないのにねぇ」
穏やかな、声。心臓の音が直に聞こえて、何でか分からないけど安心する。
とん、とん、とん…
背中にかかる振動と心音が重なって、息がしやすくなって。ぼーっとして、さっきとは打って変わって何も考えられない。
「落ち着いた?」
「…ぇ、」
どっと体が重くなって、熱い息が口から漏れる。涙をタオルで拭われて、ペタペタと顔を触られるけど、不快感はない。
「お着替えしよっか」
「おき、がえ…」
ずるりと濡れたパンツごと下ろされて、びっしょりの自分の性器があらわになる。その部分に柔らかくて温かいタオルが当たって、気持ちいい。この歳で下の世話をしてもらうという、何とも異様すぎる光景が目の前に広がるけれど、ふわふわした頭では現実だと認識できない。
「ここ持てる?そうそう、足上げてー。上手上手」
言われるがままに直哉さんの肩に手を置いて、足をあげて、乾いたズボンを穿かされて。
「さっぱりしたねぇ。お粥、食べれる?」
「ん゛~…」
声を出すのが億劫なほど、眠い。なんでも良いから早くこの眠気から解放されたい。
「眠い?」
「ん゛~~~っ、」
「ふふっ、どっちなの」
直哉さんの手が俺の髪をゆっくりと梳いていく。かけられた毛布が温かい。
「おやすみ。起きたらご飯食べよーね」
埋めた直哉さんの胸に沈んでいく感覚。自分も使っている柔軟剤の匂い。意識をもう、保っていられなかった。



 
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