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「死にたい、も、やだ…しんじゃいたい、」
ギュッと俺のシャツを握りしめ、ボロボロと泣きながらうわ言のように繰り返す恋人を見て、胸がどうしようもなく締め付けられる。
「なんでー?俺、敦居ないと寂しいんだけどなー」
繕って穏やかな口調で言うけれど、言葉の端々が震えてしまう。自然と撫でる手がぎこちなくなっている気さえする。
今の彼は異常だ。ずっと何かに怯えている。よく見たら、彼の近くのスマホはヒビが入っている。落としたのかも知れないけれど、几帳面な敦がそのまま置きっぱなしにするのはありえないし、相当強い力じゃないとここまで損傷しない。
「しにた゛いっ、も゛、やだぁ…」
ひっひっ、と引き攣った呼吸で泣き喚く敦。肩のあたりがぐっしょりと濡れてて、声も掠れて。一体何があったのだろう。昨日、もっとちゃんと聞き出せば良かった。何が浮気だ。一瞬でも疑ってしまった俺が恥ずかしい。あんな泣き腫らした顔でそんなことするわけないじゃないか。


 泣き疲れて眠ってしまった敦をベッドに寝かせて、スマホを拾う。敦は何も言ってくれないけど、会社で何かがあったのは確実だし、多分それはただの人間関係のもつれではない。
(ごめん敦)
いくら恋人だろうとプライバシーは守る。勝手に部屋に入るとか、ましてやスマホを覗き見るなんてしない。
 でも、これは非常事態だ。これだけ一緒にいるんだ。パスワードくらいわかる。そっと解除すると、予想していたものより遥かに酷い。彼が何に怯えていたのか、何に苦しんでるかがはっきりと分かった。
 脅迫めいた高圧的なメール、動画、敦の、泣き顔。辞めたら動画サイトに出すだの、会社にばら撒くだの。彼らの声や顔だってばっちりと映っているから、そんなことできるはずないのに。きっと彼らは、敦をじわじわと苦しめて、判断力を鈍らせて、半ば洗脳まがいのことをしていたのだろう。
 許せない。これらは敦にとっては見たくもないトラウマだろうが、証拠でもある。
(こいつら全員、地獄に落としてやる)



髪が揺れる感覚。ちょっとくすぐったいけど気持ちいい。
「ん、いつきぃ…?」
「あ、ごめん起こしちゃったね」
俺の頭をふわふわと撫でている樹が上から見下ろしている。
「喉乾いてない?リンゴジュースあるよ」
「ん、飲む…」
「りょーかい」
手渡された小さいパックのジュース。カラカラだった喉に染みて、美味しくてすぐに無くなってしまう。
「もう一本あるよ」
「…のむ…」
「ゆっくり飲みなね」
新たにストローを差してもらい、今度は言いつけ通りチビチビと飲む。
「ねえ敦、ちょっとお話していい?」
いつもより柔らかい声。幼稚園児に話しかけるような口調。ぼーっとした頭で頷いた。
「会社辞めたい?」
「…ぇ?かいしゃ…」
会社、その単語を聞くだけでまた息が苦しい。
「なんで、」
「最近の敦ずっとしんどそうだったから。ほらまだ若いし、体調戻ってから仕事探しても見つかると思うよ」
「でも、そのあいだお金入らない…から、」
「俺の稼ぎがあるから大丈夫」
「でも、そんなの、…ごめん…」
「何で?俺たち家族じゃん」
「でも、おれ、」
「あの動画、拡散されるの怖い?」
さっきとは打って変わって、声が低くなる。
「え、いま、なんて、すまほ、見たの?」
「うん、だって敦教えてくれないし」
「おれの、みたの?」
「…ごめん…」
「なんでっ、勝手にみたの!?」
「だって敦、何も言ってくれないから」
表情が固い。怒っているのだろうか。軽蔑しているのだろうか。真意は分からない。
「おれっ、何にもないっ、いつきっ、しんじて、不倫とか、そーいうの、してない、」
「知ってる」
「おねがいっ、いつき、ごめ、なさい、」
嫌だ。樹にだけは見られたくなかった。1番大好きな人に、あんな姿、見られたくなかった。
「もー…何で謝るの。敦は何にも悪いことしてないじゃん」
「だって、…」
背中を撫でられて仕舞えば、呼吸は落ち着いて、力が抜けて樹に寄りかかる。
「いつからああいうことされてたの?急に帰り遅くなった時から?」
「うん、」
「結構前じゃん…何で早く相談しないの?」
「だって、いつき、」
「だって?」
「だって、不潔だし、きたないじゃん、おれ、樹以外の人と…スマホ見たんなら分かるでしょ!?」
「でも敦は辛かったんでしょ?なら早く言いなよ!!仕事なんて辞めてしまって警察にでも何でも通報すれば良かった。そうでしょ?」
「だって、おれ、いつきにだけは見られたくなかったぁ…、あんなの、だって…」
「それはごめん…でもね、俺はずーっと敦が大好きで、ずーっと敦と居たいの。分かる?」
「…でも、俺、汚いから、やだって思わない…?」
「思わない!!敦は汚くないし、綺麗だし、かわいいし、大好きだしっ、だから、お願い…会社行かないで…辞めて…」
俺の肩に顔を埋めて固まってしまう。
「もーやだよ俺…敦がしんどそうなの…」
突然黙り込む樹。抱きしめられる体が痛い。
「え、樹ないてる…?」
「当たり前じゃん!最近敦おかしかった、から、…死んじゃうんじゃないかって、っ、」
「ごめん…」
毎日ご飯を作ってくれてたのも、寝るまで起きててくれたのも、もしかしたら心配させてしまっていたのだろうか。
「もーずっとニートでいいよ…」
「樹…流石に俺働くよ…?でも、仕事は、やめたい…新しいとこ、探してもいい?」
「ん。でもゆーっくり休んで、元気になってからね」


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