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「ぅ…」
「あ、目覚めた?具合どう?」
(あれ、俺…)
未だ覚醒していない脳で体を起こす。そうだ俺、風呂入ったらすんごく眠くなって、それで、寝ちゃったのか。
「いまなんじぃ?」
「んーと、8時半だね」
「え、朝!?樹仕事は!?」
「休ませてもらった」
「ごめん…」
「なーに言ってんの!俺も休みたかったし、どうせ金曜だし。三連休しちゃおう」
「うん…あ、」
会社に連絡しないと無断欠勤になってしまう。でも先輩が出たらどうしよう。ケータイを持つ手が震える。
「俺が電話しようか?」
心配そうな表情でこちらを伺う樹。もし電話されて、先輩がでて、樹にあのことがバレたら。考えただけでゾッとする。
「ううん、めーるする」
「そっか。んー、ちょっと熱いね。食欲ある?」
「お腹すいた…ご飯食べたい。あと甘い卵の、」
「おっけー。久しぶりの敦とのご飯だ」
わしゃわしゃと頭を撫でてくれて、ぎゅーってしてくれる。平和だ。ポカポカして、ぼーっとして少し眠くて。ずっとこんな時間が続けばいいのに。


「ごちそーさま…ふぁ…」
「眠い?」
「んー…ちょっと…」
「ちょっと寝てくる?」
「ごめん、そーする…」
一緒に食器を洗って洗濯物を干してソファに座っていると、また眠くなってあくびをしてしまう。
「おやすみー。いっぱい寝ておいで」

布団に入り、充電器に差していたスマホを見ると、思い出す背けていた現実。震える手でメールの返信を見ると、事務的なもので安心した。
(ん?もう一件…)
ドキドキと心臓が鳴って、息苦しい。先輩からの、動画ファイル。眠気なんて吹き飛んでいて、温まった体が冷えていく。
『いやだっ、やだっ、やだ、え゛っ、』
さっきまでの穏やかな感情がザッとなくなって、頭が真っ白になる。
「っ゛~、!!」
どうしようもなくその媒体が怖くて、思い出したくなくてスマホを床に叩きつけた。自分のうるさい息だけが聞こえる。
(あれ、なんか、)
「っは、っぁ、かひゅっ、」
おかしい。息は吸ってるはずなのに、首を絞められたみたいに苦しい。怖くなって首を掻きむしるけど、意味がない。
「ん、っは、っはぁっ、っは、」
あ、吐きそう。昨日から経験してるこの感覚。震える手でゴミ箱をひっくり返して手繰り寄せる。
「っげほっ、っはぁっ、ぁ、っは、」
さっき食べた卵焼きが未消化のまま出てくる。吐ききった。のに、呼吸は治らない。ずっと溺れてるみたいだ。
「敦!!あつ、落ち着きなって、」
耳がこもってて遠くに聞こえる。でも背中に手の感触がするから、近くにいるんだって分かった。
「い、つき、っぃ、」
「だいじょーぶだいじょーぶ。息吐いてみな?すーって」
「む、り、っは、」
「できるできる。ちょっとずつでいいから。吸ってー、吐いてー、」
「そーそー、上手。もっかいやってみよっか」
「っは、っは、っ、はぁ…」
「どー?落ち着いた?」
「っはぁ、っはぁ、…ん…」
「さっきまで普通だったのにねー。やっぱり消化に良いものの方がよかったかな?はいお水。ここにぺってして」
「いつき、だっこして、」
「ん?いいけど。おいで」
広げられた腕。その真ん中に飛び込めば、いつもみたいにギュッと抱きしめてくれる。
「今日は甘えただねぇ」
「いつき、おれ、」
「ん?」
「しにたい…」
もう、何も考えたくない。もう、家から出たくない。このまま時間が進んで欲しくない。
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