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 泣きすぎて喉が枯れた。せっかく着替えた服がびしゃびしゃに濡れた。怪我をした足ではまともにバランスも取れないから、師匠に足も汚れた部分も全部拭いてもらう始末。
「冷たくない?ここ被れてる。薬を塗ろうね」
毎日のように失敗をしていたから。内腿の辺りは掻きむしりすぎて赤くなってしまっている。
「じぶんでする、」
「良いから」
充分に温められたクリームが丁寧に塗り広げられていく。こんな事さえ上手く出来ない自分に嫌気がさした。
「今日は店休みにしようか。1人は何かと不便だろう?泊まっていきなさい」
「…いい、かえる、」
これ以上ここを汚す訳にはいかない。意識のない自分は小便の管理すらも出来ないのだから。
「でも足も腫れてきている。熱も出るかもしれないし」
「…いい、大丈夫だから、っい゛、」
いつも通り立とうと力を込めた右足に、激痛が走る。
「ほらやっぱり。今日は泊まっていきなさい。ね?」
迷惑かけてばっかり。本当は知っている。師匠くらいの人間はそろそろ結婚を考える時期だって。頭も良く、顔も男前な師匠は引く手数多だってことも。俺が居るから。俺がこんなのだから師匠は独り身。街の人だってそう思っている。1人で歩いている時に聞こえる陰口だって全部全部聞こえている。

「何で俺が生き残っちゃったんだろう」
思わず声に出していた。それだけ今日は気が沈んでいた。
俺より頭も良い奴、人当たりのいい奴。そういう奴程よく死ぬのは何故だろう。きっと彼等なら俺みたいに体が動かなくても生きていく術を持っていただろうに。

「あの時死んじゃえばよかった」
師匠の引き攣る息が上から聞こえた。と同時に頬に痛みが走った。
上を見上げると、唇をかみしめて、今にも泣きそうな師匠の顔。言うんじゃなかったと思う反面、だってその通りじゃん、正論を言って何が悪いんだって気持ちも浮かんだ。
「…痛いんだけど」
「本気で言ってる?それ、」
「だってほんとの事じゃん。もしここに居るのがセアだったら、代筆だろうと経理だろうと何でも出来た。モゼリーぐらいに明るい奴ならもっと街の人にも好かれてた。師匠だってそう思ってるでしょ?」
「そんなことっ、微塵も思っていない!!」
「思ってる!!!俺がっ、こんなんだからっ、同情なんだろ!?」
「違うっ!!僕はただ、アルスが大切だから、」
「こんな何も出来ねえ人間養って何の意味があるんだよっ!!楽だぜ?俺が居ないだけで1人分の食いぶちが浮くんだから!!結婚だって出来る!!五体満足の働ける子供も出来るかもな!!」
「アルスっっ!!!!」
肩を掴まれた。師匠は泣いていた。俺の顔も濡れていて、多分また涙がこぼれているんだろう。
「僕は、アルスが生きてるだけで嬉しい。救われている。分かる?」
「っ、分かんねえし、」
「アルスはもっと子供でいいの。小さい頃から戦ってたんだから、休んだって良いの」
「だって、」
なら何で家族は、親戚は俺を非難した?街の人だって俺の事をよく思っていない?こんな事を言うのは師匠だけ。師匠しか許してくれない。師匠の言葉だって本心じゃないかもしれない。
「…かえる、」
「ダメだって、怪我が…」
「帰る!!!」
足が痛い。でもここに居る方が辛い。苦しくて苦しくて仕方ない。
「アルス、待っ…」
「帰るからっ!!!!」
小さな子供のよう。半ば叫ぶようにして腕を振り払ったら、それ以上は追いかけて来なかった。



 夕方にもなれば足の痛みに慣れてじんわりとした痛みになってきた。それと引き換えに、体中が熱い。熱が出てきたのだろう。眠ろうにも泣き喚いた事で興奮状態から戻れず、慢性的にぼーっと座り混んでいる。
「アルス?夕飯は?食べていないだろう?」
不意に鳴ったノックと共に、数時間前に聞いた声が聞こえる。一食くらい食べないくらいで死にはしないのに。相変わらずの過保護ぶりに胸がちくりと痛む。
「入るよ?」
「ぁっ、」
ダメだ。この中は。この中を見られたら。鍵は閉めている。しかし、師匠は鍵を持っているから関係ない。立ち上がる間もなく扉は開く。
「………ふとん、弁償するから、」
「ベッドも、…」
自分は鼻が慣れてしまったが、この独特な臭いだ。もう気づかれているだろう。
「ここだと寝にくいだろう?お布団ならあるからうちにおいで」
「…漏らすから」
「良いから」
あれだけ反発したのに、抵抗もできずに後ろに抱えられて師匠のお店に逆戻り。
「店は?」
「今日はお休み。ご飯は?食べられそう?」
「…食欲ない」
「スープだけでも食べな」
温かいスープを飲んで、足を冷やしてもらって。久しぶりの清潔な布団に横になってしまえば、眠気がドッと押し寄せてくる。
「叩いてごめんね」
ゆるりと撫でられる頭はくすぐったくてでも、心地がいい。
「僕はさ、アルスと一緒に居られて幸せだよ。…あー…上手く言えないね」
「アルスが生きていてくれるだけで嬉しい。口下手だけどさ、伝われば良いな」
ここでも謝れない俺はどれだけガキなのだろう。目を閉じて眠っているフリをした。ずっと撫でてくれる手。あんな事を言うんじゃなかった。酷く後悔した。とてつもなく卑怯な事を言ったと自覚した。こうやって俺は甘え続けている。師匠の優しさにつけ込んでいる、卑劣で浅ましい人間だ。



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