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 5日連続。失敗は止まらない。部屋の中は薄らに小便とカビの臭いが充満している。使い物にならなくなった布団は部屋の隅に追いやって、今は片付けも楽な床で寝ている。脳みそは負けている癖に、体だけは子供じみている。自尊心なんてものはもうボロボロだった。俺は一生バカなままで、次戦いが起こっても使えない駒。ずっとずっとお荷物のままなのである。





「…アルス、アルス!!!」
意識を失っていたのだろうか。手に持っていたはずのパンは皿の上に落ちて、卵の黄身を潰していた。
「最近眠れてない?」
床での睡眠、一度覚醒してしまったら眠れない体。いつもの半分も眠れていない。体に支障が出るのは分かっていただろう。
「…べつに、」
師匠の皿はすでに空っぽ。慌ててパンを口に詰める。
「具合悪い?無理して食べなくて良いんだよ」
 ああ、昔は吐いてでも食べろって言ってたのに。卵もベーコンも貴重で、余ろうものなら皆で取り合いをするくらいだったのに。
 食べ物を捨てられるほど豊かになった。俺を養うだけの余裕が出来たのだ。もしこの状況が変わって師匠に捨てられたら?
 いよいよ浮浪者だろう。心臓が鳴った。飲み込んだパンが逆流しそうなぐらいに気持ち悪くなった。







「うわっ、おしっこ!?」
ヨモの叫び声に目が覚めた。口から出ていた涎を反射的に拭く。
「…なに、……………ぁ、」
サァっと血の気が引いた。小便、でてる。椅子を垂れたソレは、すでに水溜りを作っていて。
「なあなあししょーー!!!しっこ漏らしてるーーー!!」
「はいはい、だーれ?ヨモ?ニケル?」
「んーんー、アルスーーーー!!」
「えっ、アルス!?」
 せめてもの抵抗でペンを投げ捨て股間を押さえ、今出ているものを止める。ふと、3席隣のニケルと目が合った。ヨモとは正反対の、滅多に喋らない大人しい女の子だ。心配そうに駆け寄ってきて、ポケットから小さなハンカチを出した。
「だっせーーーー!!きったねえーーーー!!!」
顔が上げられない。頭ふらふらする。
「俺より文字読めねえし、計算も1桁しか出来ねーし。その上漏らすとか、恥ずかしくねーの?」
惨めだ。自分より一回り以上も小さい子供にバカにされて、心配されて。
「俺よりガキなんじゃねーの?」
ぼろりと涙がこぼれた。限界だった。
「ヨモっ!!!…アルス、体調悪かったもんね。2階行って着替えよっか」
師匠の背中を摩る手とか、優しい言葉とか、俺の歩くスピードに合わせてくるのとか。全部が惨め。何も出来ないってまざまざと自覚させられて、涙を拭こうとする手にも苦しくなって振り払った。




一階で怒鳴り声と泣き声が聞こえる。久しぶりに聞いた。あんなに師匠が怒るの。やがて静かになり、階段を登る音だけとなる。
「アルス、大丈夫そう?」
ああ、まただ。また、俺を甘やかす。柔らかい手つきで俺の背を撫でる。
「っ、゛、っひ、」
「ヨモとニケルには帰ってもらったよ。僕とアルス、2人だけ。ね?」
涙が止まらない。何で。さっきはあの怖い夢、みなかったのに。ただ漏らしただけ。
「ヨモにはちゃんと誰にも言わないようにって釘刺しておいたから」
俺のぐしょぐしょに濡れた手が拭かれる。ズボンの上からポンポンと水気を拭かれる。
「じぶんでやるから」
これ以上世話されたら本当に何も出来ない奴になってしまう。無理やり師匠を外に出して、張り付いて気持ちの悪い下着ごと脱いだ。
(ぁ…まだ…)
おしっこ残ってる。冷えた下腹部が出したいと悲鳴を上げ始めた。ほんの10秒前には気にも留めていなかったのに、パンパンに膨れ上がったソコはもう限界だと訴えている。
乱雑に水気を拭いて、おぼつかない足踏みを繰り返しながら服を身につけていく。


(っっ、で、でる、)
右手で手すりを持って、上手く力の入らない手で腹を押さえて。左足を引き摺るようにして階段を降りる。早く、早く早く早く早く。足が上手く動かないのがもどかしい。早く一階のトイレに駆け込みたいのに体は許してくれない。
「、ぁっ、あっ、」
波が来た。慌てて手すりから手を離し、ぎゅうう、と前を押さえる。こんな階段のど真ん中で失敗なんて許されない。そう必死になったのがダメだった。バランスが崩れ、上半身が投げ出される。4段差の転倒。肘と膝に鈍い痛みが走った。
「アルスっっっ!?大丈夫!?」
足も手も全部が痛い。幸い小便は漏らしていない。でも、唯一の要の右足首が痛くて立てない。目の前のドアを開けるだけ。そしたらいくらでも小便器にありつけるのに。
「血出てる…痛かっただろうに…」
あ、おしっこ、出る。わかりやすく体が跳ねた。
「ししょ、ぁ、しっこ、っっっっ、!!!」
みっともなく前に倒れたまま、小さな子供の駄々みたいに。
 床に圧迫された腹がきゅうぅ、と収縮する。出口の熱がじわじわと広がっていく。
「ぁあ、あああ…」
あ、俺、お漏らししてる。情けない声とは裏腹に、頭は嫌に冷静だった。
「そのまましちゃいな。2階行かせちゃってごめんね、辛かったね」
濡れた腹周りに師匠の手が挟み込まれ、上体を起こされる。途端、小便の勢いは増し、師匠の膝も手も汚した。さっきの寝小便は何だったんだろうってくらいのけたたましい量が溢れていく。恥ずかしさで頭がクラクラする。全身が痛い。苦しい。涙が出て息が苦しい。もう嫌だ。全部全部嫌だ。



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