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「あれ、さかき?どしたのこんな朝早くに」
「あ…えっと、」
午前4時、洗面台。眠そうな目を擦った恋人の問いかけ。
「ちょっと失敗しちゃって…」
「失敗?…あーなるほど。俺手伝うことある?」
「大丈夫ですよ、高校のときよくしてましたから。一応防水シート敷いててよかったです。これが無かったら大惨事ですから」
「そう…」
「ほらほら、俺なら大丈夫だから寝て寝て!!明日も早いんでしょ?」
「…うん。さかきも洗濯機回すだけでいいから。そこそこにね。あ、布団ないでしょ。あとで俺のとこ…」
「予備、あるので。だから大丈夫です」
「…そう?いつでも来ていいからね。んじゃあおやすみ」
おやすみなさい、と笑顔で言うと、開けられた扉が閉まる。釣り上げた表情筋を緩め、汚れた部分を軽く水洗い。濡れたズボンもパンツも全部脱いで洗濯機に入れて回す。こんな夜中に近所迷惑かも、そう思ったけどこの家はかなり防音に力が入っているから大丈夫だろう。

 この出来事が2週間前。
「いや流石に多すぎるだろ…」
 久しぶりにやらかしたあの日から、今日で5回目。この歳で、と悲観しているわけではない。高校時代も片付けに慣れる程度には何度か失敗していたから。でも、すぐに治ったし、せいぜい月に片手で数える程度だったと記憶している。
でも今回は。流石に3日に一回ペースで洗濯を回すのはめんどくさいし、漏らしすぎ。気にしないって言うのも難しい。


「ねえ最近寝てる?」
2人で朝ご飯であるパンを齧っていた時。不意にはやてさんが問いかける。
「寝てますけど…あ、ごめんなさい、今日も洗濯機回してたから…うるさかったですか?」
「いや、それは良いんだけど…顔すっごく疲れてるから…」
「あー…中々治らなくて…イヤになっちゃいますよねー。でも気にしたら酷くなるって言うのであまり考えないようにします!!」
恥ずかしい、その感情を思い出すときっと涙がこぼれてしまう。何か言いたげなはやてさんも、もしかしたら引いているのかもしれない。でも、24にもなっておねしょで泣くなんてそっちの方が恥ずかしい。
 大丈夫だ。気にしなかったらそのうち治る。今は仕事とかが忙しいからたまたましちゃってるだけ。そう必死に思いこんで喉に引っかかったパンのかけらをコーヒーで流し込んだ。無理やり上げた頬が引き攣って、痛い。



(またかよ…)
深夜3時。また、じっとりとした感触に目を覚ます。今週1週間は特に酷い。ほぼ毎日だ。
「っはぁ…」
 シーツを剥がしていつものように洗面台に向かう。ぐしょぐしょの下と一緒に洗濯機に放り込んで、洗剤を撒いた。
「ぁ…」
軽くシャワーで体を流した後、廊下を歩いているとちょうどトイレから出てくる颯さんにかち合う。
「…うるさかった?」
後ろで微かに鳴っている洗濯機の音で、もう彼は俺の失敗を知っている。気まずくて、咄嗟に出た言葉は掠れていて、やけに上ずっていて。
「ううん、ただのおしっこ。…さかき、あのさ、」
「ん?俺の顔に何か付いてます?」
「いや、あのさ…ほんとに大丈夫?」
「え?ぁあ、おねしょのことですか?いやぁ…本当に最近止まる気配がなくて…何でだろ、はは」
「いやそうじゃなくて…!何、無自覚なの?」
いきなり頬を挟みこまれて、むにむにと引っ張られて。
「ん、にゃに、するんですか、」
「すっごい泣きそうな顔してるよ?」
何で。さっきからずっと笑顔だったはずだ。その証拠に揉まれた頬が痙攣している。
「しんどくなったらちゃんと言いな。ずっと寝れてないんでしょ」
「いや、何言ってんすか。最近そんなに忙しい時期じゃないの分かるでしょ?俺はずっと元気で…」
「クマできてるから言ってんの!…ねえ、こういうの、デリケートだから口挟まなかったんだけどさ…結構参ってるよね?」
そんなわけない。だって、これは生理現象だし、気にするともっと悪化するもの。そりゃあ夜中起きるのはめんどくさいし、だるいけど。
「気にして…ないです…はは…」
さかき!!だからさ…」
「でもこんだけするならオムツとか…買っちゃおうかな…そしたらいっぱい寝れるし」
あ、だめだ。何か、崩れそう。
「明日薬局行ってみます。はやてさん、明日休日出勤でしょ?早く寝ないと。夜何食べたいですか?思いついたらまた連絡下さいね」
矢継ぎ早に捲し立て、颯さんの手を俺の頬から離し、早歩きで部屋に入る。
「っ、」
 ドアを閉めた瞬間、無性に泣きたくなった。同時に、何もかも投げて放ってしまいたくて。布団を敷くの、めんどくさい。めんどくさくてそのまま床に寝っ転がる。
 大丈夫。気にしないでいたらいつかは治る。だってそもそも俺にはストレスなんてない。同僚にだって恵まれてるし、大好きな颯さんと暮らせているんだから。
 子供じゃないんだし。
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