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ガサガサと紙の擦れる音がする。体が熱くて、でもひんやり冷たい。
「っ、なにして、」
閉めていたドアは空いていて、俺の上にあの人が乗っかっている。
「かぎっ、あけんなって…」
「だっておむつ汚れてるから。被れちゃうよ?」
「ぇ…」
いつの間にか俺の下半身には白いものが身につけられていて、それは今、ぐっしょりと濡れている。
「私が履かせてあげなかったら今頃お布団びっしゃびしゃよ?」
「勝手にとか、やめてって、」
全身の服が剥ぎ取られている。俺、何で起きなかったんだろう。脱がされてる間に目覚めなかったのだろうか。それに、何で押さえつけられている腕を退けられないのだろう。力の入らない体が怖い。逃げられないのが怖い。
荒い息が太ももにかかる。ペリペリと音がして、ああ、脱がされているんだって分かる。じっとりと眺められて、舐めるように触られているんだって分かる。
「やめて、ほんとに…おれじぶんでするから、」
返事はない。まるでおもちゃの人形みたいな扱いだ。
「おむつ、ちゃんとはく、だから、」
でも俺は生きてるし感情だってあるから。この状況は死にたくなるほど恥ずかしいし、逃げられないのは怖い。
「だから、おねがい、ねえ、」
こちらの意見はまだ聞き入れられない。性器に当てられているのはタオルではない。やわやわと肌の柔らかさを確かめるような手つきに気持ち悪いほどのいやらしさを感じる。


「本当にこうしてみるとちっちゃい子みたいね…」
どれだけの時間が経っただろう。触り飽きたのか、あの人が口を開いた。
「ちっち、いっぱい出たねぇ~、」
耳元で、内緒話をするみたいに。でも赤ちゃん言葉を使って。
「新しいふかふかのおむつにしてあげるからねぇ~、」
「あんた、ほんとに頭おかしい、」
何で俺には素直に心配してくれる母親が居ないんだろう。お粥と薬を置いてそのあとはそっとしてくれる親が居ないんだろう。
「マジで異常なんだって、…、」
「大きくなったわねぇ…前はプニプニ太ももだったのにねぇ」
「離せって、マジでさわんな、」
「足上げて~?お尻まだばっちいばっちいよ?」
「さわんなっ、やめろって、」
日本語が通じない。イカれてる。自分は何を叫んでいるんだろう。喉がガサガサになるまで抵抗して、でもやめてくれない。それどころか、性器の先端をぐりぐりと押して、竿を擦り始める。何をしようとしているか、想像したくなくてもできてしまう。
「いや、だ、おねがい、」
何で勃起するんだよ俺の体。何で、この人は下を脱いでいるんだろう。
先端にピトリと他人の肌の感覚。
「や゛、やだっ、」
俺はあんたの彼氏でもなんでもない。セックスがしたいなら不倫でも風俗にでも行けばいい。
 だから、それだけは。

「あ゛ぁ…ぁ゛…」
果てた。あの人の、ナカで。仮にも戸籍上では母親ってことになっている人の、膣の中で。
 初めて、だったのに。





 目が覚めたらさっきよりは体が軽い。夢だったんじゃないかってぐらいに信じたくない出来事は、着ているパジャマの色が変わっていることから現実なのだろう。オムツはまだ乾いている。尻も、体もさっぱりしている。しているはずなのに、べっとりとあの人の体温が残っている。
「っ、ひっ、゛、」
もう嫌だ。恥ずかしすぎて死にたい。胸の中はぐっちゃぐちゃで、涙が意図せず流れて、ずっとずっとずっとずっと死にたい。何度も何度も目が覚めて、お粥を口に入れられたり、あの人の膣内に手を突っ込まされたり。いっそ目覚めなければ良かったのに。火照った動かない体は意識だけは覚醒させて嫌な光景だけをインプットするだけさせて。本当に役立たずな体だ。



「もー…いーや」
何分経っただろう。幾度となくあの光景を思い出した、n回目。ひとしきり泣いて、部屋のものを薙ぎ倒し、荒らしまくった後のふとした瞬間、急に体が軽い。もういいじゃん、フッと力が抜けて、そんで外に出たくなった。
 頭が異常に冴えて、ぽんぽんと浮かぶ考え通りに体を動かす。
 オムツもパジャマも履いたままコートを羽織って、廊下に出て。靴を履いてドアを開けようとしたら案の定後ろからあの人が何かを言いながらこちらに向かってくる。お粥食べる?だとか、体拭く?だとか。猫撫で声で、ご機嫌を伺うように。玄関に置いてあるガラス製の招き猫を地面に叩き落とすとけたたましい音が響く。後ろを見ると、怯えた表情でこちらを伺っている。そんな顔するくらいならあんなことしなければ良かったのに。鼻で笑ってしまう。さっきまで何で泣いてたんだろうってくらいに息が軽い。


「…あやせ?」
「え、せんせぇ?」
いきなり俺の隣に車が停まったと思えば、聞き馴染みのある声。
「せんせーだぁー、何してんのこんなとこで」
「制服、洗濯できたから。ちょっと遅くなっちゃったけど親御さんに電話したらOKもらえて。綾瀬こそどこ行くの?やけにご機嫌だけど…もう動いても平気なの?」
「へーきへーきっ、じゃーねー」
「いやいやいや…病み上がりなんだからウロウロしちゃだめでしょ。ほら車乗りな。送ってくから」
「えー、やだぁ、」
「でももう6時半だよ?暗くなってるのにどこ行くの」
「分かんなーい、でもすっごく体軽いから空でも飛ぼっかなー
「…あやせ、おいで、」
「えー、だって俺の家行くんでしょ?いーやーだーーーーっ」
車から降りた先生は俺の腕を掴んだまんま、離してくれない。
「ねー、せんせーはなしてよー」
「それなら一緒にドライブしよう、ね?それならいい?」
「え!?どらいぶ!?するっ、」
「ん、そっか。じゃあ乗ろっか」
「うんっ、せんせー大好きっ!!!」
ああ、気分が良い。脳に酸素がどんどん入ってくるみたい。





「んふふっ」
 異常に上機嫌な生徒は俺のあげた飴玉を舐めながら外の景色を見ている。
 さっき家に電話を入れたら、何度も平謝りをされた。さっきまで部屋で部屋を荒らして癇癪をあげていたらしい。いつもはこんなに反抗する子じゃないだけに、今の彼は違和感だらけ。
「お母さんと喧嘩しちゃったの?」
「母親じゃないし。あの人の話したら降りるから」
何を聞こうとしても教えてくれない。何があったかを聞く時だけは声がワントーン落ちる。
「…どこ行きたいの?」
「んー、遠く!!」
ぱあっと声が明るくなって、一人でケタケタ笑っている。元気になったのならそれで良いのだけれど、どこか不気味で安心できない。
とりあえず家から遠ざかる方向に進む。遠くってどの辺までだろう。高速に乗った方が良いのだろうか、そんなことを悩んでいると、さっきまで隣で聞こえていた鼻歌が止んだ。見ると、うとうとと目が閉じかけている。
「眠い?」
「ん゛ー…ねむくなぃ…」
曖昧な返事をむにゃむにゃと呟いたあと、すぐに寝息を立て始めた。
 とりあえず今日は遅いしどれだけ嫌と言おうとこの子は未成年。必ず保護者の元に送り届けなければならないのである。
「もー…何があったの…」
でも、このまま家に向かったらまた出て行ってしまうだろう。
何がストレスで、何が辛くてこんな行動に出たのだろう。この歳の子の考えていることはやっぱり分からない。
分からないなら聞くまでだ。正直この行動は大人として注意しなければならない。でも、何故こんなことをしたのかを聞き出さないで怒るのはあまりにも理不尽だ。これが甘いと言われてしまう所以なのだろうか。やっぱり俺は先生にはなりきれない。



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