手作りが食べられない男の子の話

こじらせた処女

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「フユくん…フユくん!!」
電気、ついてる。時計を見ると7時を過ぎている。スーツ姿の安倍さんがそこには居た。
「具合どう?魘されてたから…すっごい汗…」
「ぁ…」
俺、制服のままだ。それに。
(袋、…ない…!!!)
開けっ放しのクローゼット。俺がまとめたゴミ袋がない。
「学校早退したんだってね。大丈夫?ご飯食べれそう?」
「…なんで」
「上野くん?が、プリント持ってきてくれたよ」
安倍さんは何も言わない。掠れた声のまま、リビングまでついて行く。テーブルには、今日の数学の課題プリントと、お弁当が置いてあった。
「…きょう…上野に弁当あげた…」
息が苦しい。何て言い訳すればいい?普通に冷蔵庫の朝ごはん、そのままにしとけば良かった。それで、しんどくて食べられなかったって言えば。何であんな事したんだろう。
「ん。美味しかったって言ってくれた。フユ君は?何かお腹に入れられた?」
「ぁ、えっと…ぜりー…もらったから…」
「そう。熱一回計ってみよっか。夜ご飯どうする?」
「ぁ、ねつ、ない、おなかすいた…」
自分が何言ってるか分かんない。いつもみたいにご飯と味噌汁をよそって、サラダも持って行って。生姜とタレの匂いがする。美味しそうな焼き音が、熱が伝わってくる。
 いつもみたいに大皿に盛られて、桜色の取り皿が置いてある。
「食べられるだけで良いからね」
いただきます、手を合わせてそう言ったと思う。
 大丈夫、変なものなんて入ってるわけない。だって、ご飯も味噌汁もよそったのは俺だし、全部一つに盛ってあるし。
 大丈夫、大丈夫だから。そう言い聞かせるのに、心臓がバクバクして苦しい。何が怖いのか分からないけど、逃げ出してしまいたい。
「無理そう?一応さ、レトルトのお粥買ってきたんだけど」
卵に、蟹に、普通のやつに。無意識に穴が空いてないかを確認してしまう自分が嫌になる。
「こっちする?」
顔を見れないまま頷くと同時に台所に逃げる。お椀に出して、電子レンジで温めると、1分もしないうちにシュー…という音が聞こえた。
「ぅ゛、…」
 すくったスプーンに齧り付く。量の少ないそれは、ほんの5口程度でなくなってしまった。
 ボロボロと涙がこぼれるのは何故だろう。感情が纏まらなくて、ずっとぐちゃぐちゃに掻き乱されてる。リビングではかちゃかちゃと箸の擦れる音が聞こえる。食べたかった。美味しい美味しいご飯を粗末にして、レトルトばかり食べて。もうご飯、作ってくれなくなったらどうしよう。嫌われたらどうしよう。
「泣いてるの?」
「あべ、さん、」
上野がお弁当食べた事、知られたくなかった。朝ごはん捨てたことも、今レトルトを完食したことも。お菓子を全部食べた事も、今、泣いてるのも。
「どしたー?しんどくなっちゃった?流石に生姜焼きは重かったかな」
何で聞かないの?全部全部知ってる癖に。
「おれ、たべれる、」
「たべる、から゛ぁ…、」
嫌いにならないで。聞こえたか聞こえなかったか、分からない。蹲って、苦しい息を吐く。
「疲れちゃったんだよね。大丈夫。具合よくなったら一緒に食べよ?」
優しいのが辛い。何も聞かれないのが怖い。昨日までは食べられたのに、悔しい。
 また、食べられなくなるのかな。また、食べるのが怖くて仕方なくなるんだろうか。

 

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