手作りが食べられない男の子の話

こじらせた処女

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 手作りは苦手だ。



「食べて」
「またぁ?俺は良いけど…こんなにうまそうなのに、もったいねえ」
「苦手なんだよ。何が入ってるか分かんねーの」
「へいへい。っ、うっめー!!おにぎりの中に唐揚げ入ってる!!!」
友人の上野の頬張る姿を横目に、彼と交換したメロンパンを口に入れる。よくもまあ、何が入っているか分かんないものを食えるよな、そう思ってしまう自分はきっと、病気なのだろう。

 昼食問題は解決した。しかし、夜ご飯を食べてくれる友達は居ない。豚の炒め物に、サラダ。律儀にサランラップを巻かれたそれらを見るだけで息が詰まる。鍋にある味噌汁に、炊飯器の中でほかほかと湯気を立てているご飯。俺を引き取ってくれた人は料理が得意。毎日夜遅くに帰ってくる癖に、律儀に朝早く起きて料理を作ってから会社に向かう。活動時間が合わなくてほとんど顔を合わせることがないのに、彩り豊かなご飯を作ってくれる。
 でも、俺はこの人の料理を食べたことがない。味噌汁をお椀に注いで、流しに捨てる。ご飯も、おかずも、サラダも全部、ゴミ袋に入れる。そんで、明日の朝に駅のゴミ箱に捨てる。心が痛まない訳ない。でも、どうしても食べられないから。
(ごめんなさい…)
こっそり買ったカップ麺を今日も啜るのだ。



「あ、おかえりー」
いつものように学校から帰ると、いつもは仕事で居ないはずの安倍さんがいる。咄嗟に持っていたコンビニ弁当の袋を隠した。
「今日早かったんだー、着替えておいで。ご飯一緒に食べよ」
テーブルには、唐揚げに、サラダに、味噌汁に、ご飯。完璧すぎるラインナップ。こんなものが毎日食べられる生活にはこの先一生巡り合えないだろう。
「フユ君と家で一緒に食べるのって初めてだよね?休日も中々休み取れなくて…ごめんね?」
初めて会った日は外に食べに行ったし、次の日からは谷部さんは仕事仕事で。俺が避けてたってのもあって、一ヶ月近く居るのに初めてなのだ。
「忙しいピークは抜けたから、今度からは一緒に食べれる日、増えると思うよ」
普通の男子高校生なら喜ぶのだろうか。出来立てが食べれるって、無邪気に笑うのだろうか。
 でも、俺の内心はそれどころじゃない。目の前にあるご飯を食べなきゃいけない。手作りの、何が入ってるかが分からないご飯を。
 震えた手で椅子を引いたら大きな音が鳴った。目の前の食事が、安倍さんがやけに大きく見える。
「いただきます」
あ、安倍さん、手を合わせた。あ、箸、握った。食べてる。
「ん?食べないの?」
「ぁ、ぃえ、いただきます…」
 食べなきゃ。食べなきゃ食べなきゃ食べなきゃ。手が冷たい。心臓がバクバクして苦しい。吐きそう。箸が上手く持てない。嫌な汗が背中を伝う。食べなきゃ。でも、食べたら力入んなくなって、体熱くなって、変になって、それで。

 犯される。

「っ゛、、」
口元まで唐揚げを持って行った。でも、衣が唇についた途端、頭が真っ白になって。
「ぁ、」
唐揚げがぼとりと机に落ちる。バウンドした箸が、床に散らばった。
「ご、ごめん、なさい、」
思い通りに指が動かせない。慌てて拾おうと立とうとすると立ちくらみを起こして足が崩れる。
 思い出すな思い出すな思い出すな。安倍さんは変態クソ親父とは違う。今まで風呂覗いてきたことがあったか?ベッドに潜り込んできた事、一度もないだろ?俺の下着が無くなったことも、裸にされて、前を弄られたことも。思い出すなって命令すればするほど、今まで蓋してた記憶が脳内一面に広がっていく。

「フユくんさ、俺のご飯いつも食べてないよね」
「…………え?」
この人、何て。だって、俺、ちゃんとバレないように。

「顔色悪いまま。それに…あー…真っ白」
目の裏を捲られて、ため息をつかれる。
「なん…で…」
ちゃんとゴミ袋に入れて、毎朝捨ててる。ちゃんと食器も洗ってる。
「今日さ、忘れ物取りに帰ったの。そしたらさ、駅でフユ君見かけたんだけど…」
体が固まる。目を合わせるのが怖くて思わず俯いた。
「ゴミ袋の中、あれさ、」
「…ちがう、…」
「…今日帰ってきた時に持ってた袋は何?」
あ。ダメだ。全部バレてる。ジッと自分の方を見る目が怖い。
「俺のご飯、嫌い?」
首を振る。食べれないだけ。俺の問題。安倍さんは何にも悪くない。
「何で食べないか、教えてくれる?」
知っている。この人は仕事で忙しいのに、朝早くから起きてご飯を作ってくれているって事を。手の込んだメニューだってあった。前日から下準備だってしているのだろう。なのに。
「…ごめんなさい、」
頭痛い。吐きそう。視界がどんどん狭くなる。なのに、腹が鳴った。こんな気分とは裏腹にお腹は空いているのだ。
「…たべ、ます、ごめんなさい、」
唐揚げ、美味しそう。冷めてて少しフニャッとしてて、でも醤油の匂いがして。
「っ、゛、」
座り直す。味噌汁が入ったお椀を持って、口元まで持っていく。なのに。
 口に入れる寸前で、固まってしまう。まるで自分の体じゃないみたいに言うことを聞いてくれない。
「ごめ、なさい、たべる、から、」
 食べたいから。何で。コンビニ弁当は食えるじゃん。見た目は一緒じゃん。絶対美味しいって分かるのに。頭ではわかってるのに。
「もう良いよ、お箸置きな」
「っ、ちがう、たべる、すててたのは、ごめ、なさい、ちがうの、」
「ん、大丈夫。怒ってない。…食べれないもの、あった?」
声が出せないまま首を横に振る。
「嫌いなもの、ある?」
ちがう。
「人とご飯食べると気持ち悪くなっちゃう?会食…恐怖症だっけ。あるみたいよ」
ちがう。そんなんじゃない。
「…何はいってるか…わかんねえ…から」
ポツリと呟いて、間違えたと思った。失礼過ぎるだろマジで。すでに嫌われてんのに、これ以上嫌われてどうすんだよ。
「ちが、いまのは………」
「手作り苦手?」
心臓が止まるかと思った。胸が痛い。もっと早く言えば良かった。食べれないんです、って。1日目に言えば。事情を言えば、この人は毎日早起きして作る必要なんて無かったのに。
「…いわなくて、ごめんなさい…」
初めて弁当を受け取った時、どうしようと思ったけど嬉しかった。何度も何度も食べようとした。無理矢理口に入れて、おいしくて、でも体が言うことを聞いてくれなくて吐いて。
 いつも俺の弁当を美味そうに頬張る上野が羨ましかった。砂糖たっぷりの甘い卵焼き、ニコちゃんマークのケチャップのついたピーマンの肉詰め、具材が溢れんばかりに入った春巻き。心底自分が嫌い。上野みたいに美味しそうな顔して食べれたら、作り甲斐もあるのだろう、って苦しくなった。
「食べるの、怖い?」
「……ん、」
「これだったらどう?」
俺の唐揚げを別の皿に移す。包丁で二つに分けた安倍さんは、一つを口に放り込んだ。
「うん美味しい」
もう一つは、俺が食べろってことだろう。恐る恐るそれを指で掴んで口に入れる。
「…おいしい」
コンビニのじゃない。ちょっと薄くて、出汁が効いて、ちょっと醤油のこげた匂いがして。
「もう一個食べる?」
頷くとまた、同じように。二つに分けられたものを口に放り込む。
「みそしるも…」
そうお願いすれば、ご飯と、味噌汁と、サラダを一口ずつ食べる安倍さん。
「食べれそう?」
「ん…」
美味しい。全部、美味しい。こんなに美味しいものを俺は何回捨てたんだろう。変な意地を張らずに言えば、もっと早く食べられたのに。ハンバーグも、煮魚も、オムライスも。全部全部味わえたのに。
「っ゛、」
「どした?やっぱ食べるのしんどい?」
違う。
「そっか。無理しなくて良いからな」
ごめんなさい、何度も呟く。
「誰かと食べるって美味しいね」
うちに来てくれてありがとう、そう言って、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。


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