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しおりを挟む「ごめん、……」
口元が引き攣る。何で俺、布団なんかで寝ちゃったんだろう。何で考えなかったんだろう。
昨日、ラーメンを食べて帰って映画を見てたらいつの間にか意識が飛んでいたらしい。それを聞いて寝ぼけ眼のまま布団に入った映像がボヤッと出てくる。
「ごめん、ふとん、すてて、弁償、する、」
午前4時。たまたま起きた慶君がうなされていた俺を起こそうとして気づいたらしい。まだ熱を持った布団が憎い。
「気にすんな気にすんな。風呂入るか?」
頭、霧がかかったみたいにボーッとする。体が重くて、息がしにくい。脱衣所に行くだけで疲れて、何もしたくない。
「着替えここ置いとくね」
扉が閉められた瞬間、しゃがみ込んだ。服を脱ぐのがしんどい。指一本動かしたくない。
(からだ…へん…)
「…おーい、大丈夫?」
体育座りで蹲っていたら、声をかけられる。一向にシャワーの音が聞こえないから確認しにきたのだろう。
「あ…ごめ…」
「どっかしんどい?熱測ってみっか」
正直あると思ってた。こんなに動きたくない理由があって欲しかった。でも、体温計の数字はいつもの平熱を示している。
「ごめ、だいじょうぶ、眠かっただけ…」
脱がなきゃ。服脱いで、洗わなきゃ。そんで、シャワー浴びて、あ、お風呂入れてくれてるって言ってた。入って、早く掃除しなきゃ。それから、。
「…おーい、おーい、」
「ぇ、」
目の前で揺れた手。立ち尽くしたままぼーっとしていたらしい。
「どした?風邪ひいちゃうから早く脱ぎな」
ノロノロと一つ、また一つとボタンを外す。
「ぁ…」
何も考えていないのに急に視界がぼやけて頬を伝う。何で俺泣いてるんだろう。何で脱ぐことさえも出来ないんだろう。
「ごめ、」
俺、ますますバカになっちゃったのかな。手に力が入らない。何もしたくない。何も出来ない。
立ってられない。座り込んでも全然楽にならない。どこも悪くないのに、ずっと息が重い。
「…ごめん、体までバカになったかも、」
引き攣りながらの薄ら笑いはさぞかし気持ち悪いことだろう。見られたくなくて下を向いた。
「…ごめん、さき、ねてて、」
「…ごめん、」
恥ずかしくて恥ずかしくて仕方ない。見られたくない。みっともない奴って思われたくない。
「へへ、おねしょ、人間だから、」
中途半端に笑おうとして、声が裏返った。さぞかし耳が赤いことだろう。どうせなら笑って欲しい。ネタにして欲しい。
「ずっと笑ってるけどさ、何かおかしい?」
「ぇ、あ、ごめん、めいわくかけてるのに、」
「そういうことじゃなくって、…」
しかめた表情の慶君は、俺の服のボタンを外し始める。
「周音さ、自分では気付いてないかもだけど、結構重症だよ。はいばんざーい、」
言われるがまま手を上げたら偉い、と頭を撫でられる。
「大人だってさ、しちゃう奴は居るわけ。ストレスで一杯一杯になってんの。分かる?」
「だ、って、ほぼまいにち、、、」
「じゃあ毎日ストレス溜まってんじゃねえの?ちゃんと吐き出してねえから体が悲鳴上げてんだろが」
「っ゛~、笑わ、ない?」
「笑うわけないだろ」
「みっとも、なくない?」
「ない。絶対ない」
顔を上げると、しゃがんだ慶君と目が合う。相変わらずしかめっ面で、でも心配してくれてるって分かった。
「何、家の人に言われたの?」
「っ、゛~、ん、かたづけ、わらわれる、いっしょのせんたくき、使いたくないって、」
しゃくり上げていた。自分でも何を言ってるか分からない。ただ、言葉にすると余計に自分が惨めなんだって分かって辛くなって。
「汚れたモン洗うのが洗濯機だから。一緒に片付けよ?な?」
「ん゛…」
「風呂、頑張れそう?」
「ん…」
「よし偉い」
また頭を撫でられる。偉い?ただ風呂に入るだけで?どれだけ甘いんだよ。でも、久しぶりに褒められた。
「上がったら一緒にアイス食お?」
「慶くん…食べ物与えたら元気になるって思ってるでしょ」
「そんだけ悪態つけるならもう大丈夫だな。ほら風呂沸いた。さっさと入ってこい」
風呂場に入る。いつもは1人で布団を濯いでいた場所。思い出したくも、入りたくもない場所。
ああ、お湯が張っているだけでこんなに温かいのか。誰かが外で待っている、それだけでこんなに安心するものなのか。
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