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千笠ちかさ、ちょっと」
7月の半ば、蝉がミンミンと鳴いて、じっと立っているだけで汗が吹き出す、夏の真っ只中。隣で歩いている後輩をベンチに座らせた。
「何ですか?急に…」
「飲んでないだろ、今日」
ギクリと体をこわばらせた千笠は、だって、と歯切れの悪い返事をする。
「だって…また…」
「トイレ、心配?」
トイレ、その単語を発すると元々火照った耳がさらに赤くなった。きっとこの前の失敗を引きずっている。しかも今日は車移動だ。高速にだって乗る。催しても電車のように途中下車が出来ない、それが不安になっているのだろう。
 俺だっていじめたくてこんな事を言っているのではない。会話のテンポがずれたり、フラリと体が一瞬傾いたり。人間には水分が必要。軽度の熱中症の症状が出かけているからこう言っているのである。
「出来るだけ休憩入れるから。車ん中もエアコン控えるし」
あ、また腹さすっている。こいつとよく一緒に居る時間が長くなって分かった。何かを飲む前にこいつは絶対にこの仕草をする。
「携帯トイレも置いてあるから」
「っ、」
ああ、顔真っ赤。何も言い返せないのは、この前盛大な失敗をしたから。
「熱中症はなったらしばらくずっとしんどいぞ?ちゃんと飲んどけ。」
ごくりと何度も唾を飲み込んでいる。きっとこいつも喉がめちゃくちゃに渇いているのだろう。しばらく思案したのち、ペットボトルの蓋を開け始める。
「頭痛いか?」
「…すこし…」
「気分は?」
「だいじょうぶ…です…」
ペットボトルの中身は全然減ってない。せいぜい数口と言ったところだろうか。
「じゃあもっと飲みな。マジで。汗止まってるだろお前」
「ほんっとにしんどいんだからな。1週間ぐらい引きずるの。」
少し語気を強めて言葉を重ねると、一瞬びくりと肩が跳ね、ゴクゴクと飲み始める。
「首筋冷やしときな」
「…ごめんなさい」
怒ってるって思われただろうか。少しシュンとした表情に胸が痛い。
「大丈夫。足りん水分を入れただけだから。早々小便にはならんよ」
肩を何度か叩くと、腑に落ちない表情のまま、こくりと頷いた。


「寒くない?」
28℃に設定した車内は、俺からすると少し暑い。でも、千笠にとっては丁度いいようだ。いつも取り出すカーディガンをまだ着ていない。
「首筋だけ冷やしときなー」
さっき公園で濡らしたタオルを巻き付けると、トロンとした目で気持ちいい、と呟く。
「眠れそうなら寝ときな」
疲れていたのだろう。5分もしないうちに隣からすぅすぅと寝息が聞こえてくる。相当気を張って疲れて居たのだろう。
 まだ赤みの残る頬はぷくりと丸い。半開きのだらしない口は、小さな子供みたいにあどけなさが残っている。

 仕事は良くできる奴だし、素直だし、真面目だし。細かいところにもよく気がつく。だからだろうか。少し神経質で不安になりやすい性格なのは。






(のど…かわいた…)
 目が覚めるとすごく口の中が渇いていた。寝ぼけ眼のまま手に持っていたペットボトルを開けてごくごくと飲み干す。頭は少し痛くて怠い。今目を閉じたらまだまだ寝れそう。
「もう少しかかるから寝ときな」
ぼーっとした頭のまま、その言葉通りに従ってもう一度目を閉じた。




(…おしっこ…)
下腹部のずしりとした重み。次に目が覚めた要因はこれだったようだ。
「せんぱい…ここ…」
「ああ起きたか。具合はどう?」
「あ、…だいぶ楽になりました、」
「そうか、…道が混んでてな、もう少しかかりそうなんだけど…」
 トイレ大丈夫そう?
 歯切れ悪く、申し訳なさそうにそう言われ、ふるりと体が震えた。
「ぁ、はい、だいじょうぶ…です、」
おしっこしたい。手に持っているペットボトルはほぼなくなっている。いつの間にこんなに飲んだのだろう。寝ぼけた自分に殺意が沸いた。

 足を広げて、閉じて、広げて、閉じて。
「っ゛、!!!!」
 前、押さえたい。無意味に太ももあたりの布地を握りしめて、モゾモゾと足を擦り合わせて。手のひらを股の間に差し込んで、触れた小指で出口を少しだけ擦る。
 お漏らし寸前。頻尿故に自分の限界は悟ってしまう。ほぼ100パーセント間に合わない。でもここは車の中で、絶対に汚しちゃいけない場所で。
「…大丈夫?」
ハッとして顔を上げると、先輩は俺のモジモジしている下半身を気まずそうに見ていた。
「…せんぱ、けいたいトイレ…」
「ん、そこ入ってるよ」
目の前のボックスを開けると、3つ入っている。
『おしっこ』『緊急トイレ』
それを手にした瞬間、パッケージングの文字が膀胱をまた、苦しめる。ペットボトルを股に挟みこみ、尻を少しだけ突き出してモジモジと揺らす。
(ぁうっ、で、る、)
早く開けなきゃ。説明、頭入ってこない。
「は、ぅ、」
乱雑に袋を破って器を作り、今すぐ決壊してしまいそうな出口に当てる。
(まにあった…)
あとは出すだけ。なのに。
「ぅ、え?」
出ない。さっきまでしたかったはずなのに。今もめちゃくちゃ漏れそうなのに。

 車内。先輩が隣にいる中でちんこを出して。それだけでも恥ずかしいのに、早く終わらせてしまいたいのに。
(はやく、はやくっ、)
(もっ、なんででないの、)
お腹に力を入れてもずきりと痛むだけ。出口はずっと不安定にびくびく震えている。
「緊張しちゃった?」
「ぁ、あ、」
「これかけときな」
必死すぎて気づいていなかった、携帯トイレの付属物である前掛け。
「しんどい思いさせてごめんな。あともう少しだから」
車はさっきよりもスムーズに動いている。サービスエリアまであと800m。
「っ゛~、っ、」
あと少しだった。あと少し我慢して、ちゃんとトイレに行けば。こんな痴態を晒さずに済んだのに。時計を見るとちょうど10分がすぎたところ。こんな短い時間にも耐えられない自分が嫌になる。

「着いた。トイレまで持ちそう?」
「っ、ぅ、」
「流石にゲロ袋みたいに持っては行けねえから…我慢できんかったらここでしちゃおうな」
「っ、できるっ、」
ちんこをしまって立とうとした瞬間だった。今までにない波がやってきて、ぎゅううう…と中心を握りしめる。
何で。さっきまでうんともすんとも出なかったのに。中途半端になった中腰から動けない。狭い車の中でヘコヘコと尻を揺らし、恥を上塗りする始末。
「ん、千笠、無理すんな。おしっこ袋借りるぞ」
背を柔くさすられて、座らされて。
「前出せる?」
さっきしまったモノをもう一回出す。
「すっきりしような」
下腹あたりを骨張った、俺より大きくて乾燥した手のひらが。
「しー…しー」
すっぽりと大きな手のひらに膀胱がおさまって、何度も何度もゆるく押される。
「焦らんでいいぞ」
「背もたれ、もたれてみ?」
「あとは手の力を抜いて…ふぅーって息吐く。そうそう上手」
「…………ぁっ、」
ちょろ…
先端にいつもの熱が伝わり、パタパタと入れ物に落ちていく。
「ぁう、ああっ、」
「おしっこ出せた。えらい」
けたたましい音が鳴り響く。意図しない息が漏れてしまう。先輩が入れ物を持っている。恥ずかしい。全部全部全部全部、恥ずかしい。しにたい。


「もうない?」
「…ない、です、」
「気分はどう?」
「大丈夫、です、げんき、です…」
「じゃあ昼飯でも食ってくか」
顔が、全身が熱い。色んな意味でスッキリした体は正直にぐぅぅ…と腹を鳴らす。
「お、元気な返事」
熱中症ではない健康的な火照りが憎い。もう先輩の顔、見れないじゃん。




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みんなの感想(1件)

yuna
2023.06.23 yuna

可愛い後輩さんですね、
これから羞恥プレイになると性癖突入です笑

こじらせた処女
2023.06.24 こじらせた処女

考えただけでご飯がススム…☺️

解除

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