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「すみません、お手洗い行ってきます」
「ん、ここで待っとくわ」
とある建物の角を曲がった瞬間、早歩きに留めていた足を早める。
「ぁっ、ぁっ、」
(おしっこおしっこおしっこおしっこおしっこっ、)
青いタイルを踏んで、1番手前の便器の前に立って。
今にも緩みそうな鈴口を太ももを擦り合わせながら叱責して。
っしぃいいいいいいいいいい!!!
パンツから取り出した瞬間、けたたましい音を立てて小便が溢れ出した。
「は…まにあった…」
たった1時間の会議。始まる前にもトイレに行ったのに。俺のこの小さい膀胱には辛かったらしい。ガンガンと効いたクーラー、大きな紙コップに入ったコーヒー。普段カフェインを控えている俺には拷問だった。
 残して良いものかも分からない。先輩が全部飲んでたから頑張って飲んだだけ。30分を超えたあたりから、下腹はジクジクと落ち着かなくなり、何度前を抑えたいと思ったことか。本当に漏らさなくて良かった。

「お待たせしました」
「おー、今日はこれで終わりだから、会社戻るか」
何で先輩はおしっこ行きたくならないんだろう。我慢できなくならないんだろうか。

 自分が人より膀胱が小さいってことは、割と早い段階で気づいていた。2時間の映画はどれだけ水分を控えていてもキツいし、長距離のバスはいつサービスエリアに着くかドキドキだし。実は、この歳になっても替えのパンツは常備しているし、カフェインとか取ったらその後ずっとトイレ近くなるし。
(電車…大丈夫かな…)
さっき膀胱を空っぽにしたばかりなのに、次のトイレを心配してしまう俺は神経質なのだろうか。
「あ゛~…あつい…何か飲むか」
駅までの坂道を歩いている時だった。汗をだくだくに垂れ流した先輩は、自販機の前に立ち止まった。
「お前何する?」
「いや、自分は…いいです…」
「この時期暑いんだから飲んどけ。熱中症になったらしんどいぞー」
本当は飲みたい。でも、今水分を取ったらおしっこが。
「じゃ、じゃあ水で…」
「ん、俺も水にしよーっと」
キンキンに冷えて汗をかいたペットボトル。先輩はグイグイと一気に飲み干し、もうほとんど空っぽ。
(おいし…)
たっぷりの小便を吐き出した後の体は水分を欲していたらしい。体の欲に負けて結局俺も半分以上飲んでしまった。


「あと5分後…俺トイレ行こっかな」
「あ、俺もいきます、」
電車には1時間弱乗っていないといけない。沢山の水分をできるだけ出しておかないといけない。
「んっ、ん、」
さっき行ったばかりだからか、少ししか出ない。絶対に我慢が辛くなる。何であんなに飲んでしまったんだろう、と後悔した。

 クーラーの中はもちろん寒い。薄手のカーディガンを羽織っても、膀胱は確実に寒さを感知するだろう。
(まだ…20分…)
キュンとお腹が疼く。おしっこ、行きたい。
 座席に座った先輩は音楽を聴いて目を瞑っている。そっと腹を撫でた。まだ大丈夫。

「~っっっ、」
足を開いたり、閉じたり、股の間に両手を差し込んでみたり。大好きなゲームで気を紛らわせていたけどトイレ、行きたい。
 さっき限界まで我慢したからなのか、コーヒーの利尿作用のせいなのか。まだ20分以上乗っていないといけないのに、もうヤバい。先輩に言って途中降りる?いや、さっき行ったじゃんって思われたくない。電車の振動が辛い。太ももの内側を摩るけどどうしようもなく落ち着かない。
 駅着いたらトイレ。階段降りて右。ズボンめいいっぱいに引っ張り上げて、走って。
 間に合うかな。もし間に合わなかったらどうしよう。

千笠ちかさ?どした?酔った?」
「ぁ、いえ、」
気づいたら先輩は起きていて。
「なら良いけど…」
あ、ゴソゴソしすぎてた、俺。カッと恥ずかしくなった。子供みたいに無意識に体、揺らしてた。慌てて擦り合わせていた足を止めて、股から手を抜く。ガタンと車両が揺れるたび、出口が緩む気がする。おしっこの事しか考えられない。
「寒い?」
「…ちょっと…」
「もう少しだからな」
おしっこ。おしっこおしっこおしっこおしっこおしっこおしっこおしっこおしっこおしっこ。冷房も相まって、何度鳥肌を立てたことだろう。何度前を押さえかけただろう。お腹、揺れないで。後少しだから。少しでも温まって収まってくれ。冷えて冷たくなった手のひらをそっと腹に当てた。



(やっとついた…)
電車から降りるとむわりとしたアスファルトの匂い。何度もズボンを引き上げて、足を組み替えて耐える。
「先輩、俺トイレ…」
青いピクトグラムが見える頃。ああ、やっと。やっとおしっこが出来る。そう思ったのに。
「すっげえ混んでるな…」
「ぁ…」
そんな。泣きたくなった。解放されると思っていた膀胱が、きゅううう、と縮んでいる気がする。
「オフィス戻った方が良さそうだけど…我慢できそ?」
「ぁ、はい…だいじょうぶ、デス…そこまでじゃ、ないんで…」


 一歩、一歩歩くたびにズキンと膀胱が揺れる。せいぜい10分。だから先輩は会社を勧めた。足がガクガク震える。前押さえたい。ジタバタと足踏みしたい。会社に入ったら入り口の、来客用の、あそこで。ベルト、緩めとこうかな。そんでチャック開けて、ちんちん出して、そんで。おしっこを、ぷしゃああああって。
「っ、ぁ、」
じゅわり…
最悪。チビった。考えるんじゃなかった。汗じゃない温かさ。耐えられなくてチンコをキュッと押さえた。
 歩けない。一歩でも動いたら決壊する。ちょっとでも腹に力を入れたら漏らす。ここはトイレではないのに、体がバグを起こしている。
「ん?千笠?」
少し前を歩いていた先輩が後ろを振り返る。この期に及んで、人前でチンコを押さえる行為が恥ずかしい事だと認識している。
「ぁ、ぅ、~、っ、」
チビるくらいに限界なのに前を離してしまったら?答えは簡単だ。押さえの無くなった出口が緩む。必死にズボンを引っ張り上げて、体をくの字に曲げて。
「ぁ、、っ、で、っ、でる、」
あちこちを握りしめすぎてくしゃくしゃな癖に、出口辺りはピンと張ったズボン。そんな布地に擦り付けるように尻を動かしたのがダメだった。
しぃっ!!
「ぁ、あっ、」
情けない声が漏れた。前を押さえれば良いのに、もう漏らしかけてるのに。どこまでもくだらないプライドがそうはさせてくれない。
おしっこがパンパンに詰まった腹を摩って、湿ったズボンをサッと撫でて。
(も…だめ…)
大きく肩が震えた。じわぁ…と、太腿、膝が濡れていく。ガクガクに震えた足のまま、へたり込むようにしゃがみ込む。
 今更チンコを押さえ直しても意味がない。一度ぱっくりと開いた出口は閉じることはない。
じわぁああああああああ…
乾いたアスファルトが俺を中心にどんどん色濃くなっていく。
「えっ、え!?おしっこ!?」
「ぁ、あ…」
漏らした。最悪。道のど真ん中で、先輩も見てんのに。
「っ゛、ぅ、゛~」
恥ずかしい。上向けない。この歳で、仕事中に。駅で我慢できないって言えば良かった。変な意地張らなければ良かった。
「そんなに限界だったのかぁ~…ごめんな?会社のロッカーにスーツあるから着替えに行こ?な?」
「っ゛、、」
「もしかして電車でもめっちゃ我慢してた?」
頭、撫でられてる。こくりと頷くとより一層撫でる手が強くなった。
「言いにくかった?」
「っ、ん、」
「体調悪いわけじゃない、んだよな?」
「…といれ、ちかい…だけです、」
「そっかそっか。なら良かった。裏口から入ろ?なら誰にも会わないから。な?」
のろのろと立つとまた、足が温かい。さっきまで寒かったのに、泣いたからだろうか。今はめちゃくちゃ火照って熱い。ていうか、貧血みたいにクラクラする。
「お前…ほんとに大丈夫?」
「ん…ごめんなさい、」
「泣きすぎたらマジで体しんどくなるぞ。あんまり気にすんな」
「…はい…」





3日後

「あ、千笠。トイレ大丈夫か?」
「ぁ、ぅ、いってきます…」
あれからというもの、看板を見つける度に声をかけてくれるようになった先輩。
会議中でも俺が少しでもモゾモゾし始めたらおしっこ?と耳打ちしてきて、行っておいでと背中を叩いてくれる。まるで子供のような扱いに、今日も今日とて顔を真っ赤にしながら俺は、小走りでトイレに走るのである。







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