わかんない

こじらせた処女

文字の大きさ
上 下
3 / 4

3

しおりを挟む
 2時間目のチャイムが鳴った。備え付けてあるトイレットペーパーは全て使い切ったが、ぐっしょり濡れたズボンのシミが消える事はない。早く戻らないと、また怒られる。でも、こんな格好でどうすれば良いのか、真っ白な頭では考えられなかった。

「保田…?大丈夫?」
控えめなノックと共に聞こえる、先生の声。
「間に合わなかった?ごめん先生が悪かったな」
「一緒に着替えに行こう?開けられそう?」
中ではもうどうしようもない。何も言わないまま、扉を開ける。
「あらら…ほんっとうにごめん!!先生いじわるだったよな」
「シャワー行こっか。知ってた?小学校にあるんだよ」
先生と2人。ビシャビシャの手も厭わず、低学年の子みたいに繋がれる。焦がれに焦がれた独り占めだったはずなのに。この歳での失敗は恥ずかしい。何も言えないまま、シンとした廊下を歩く。
「ズボン脱げる?」
冷静になっても、噛んだチャックは降りることはない。
「ちょっと貸してみ。あー、完全に挟まってんね」
しゃがんだ先生は、何度もチャックを上下させる。ぐい、ぐいと圧迫されるお腹。きゅぅ…と何かを思い出したようにチンコの先っぽが温まる。
「ぁ、ぁっ、」
さっき中途半端に止めたやつ。お腹に力を入れても止まることはなく、先生の手の甲を濡らしていく。
「ん、我慢せず出しちゃいな」
「ぁっ、っふぅ、…」
さっき全部出してしまえば良かった。中々止まらないそれは、俺の足下全部を覆うくらいの大きさの水たまりを作る。先生の足も、汚した。
「あっ、外れた。おいで、軽く流しちゃおう」
Tシャツを捲り上げると、お尻の辺りに温かいお湯が当たって、ハズカシイ汚れがみるみるうちに落ちていく。
「これ熱いのと冷たいの、自分で調節しないとダメだからさ。大丈夫?熱くない?」
 全身がムズムズする。眠くないのにボーッとして、瞼が緩む。
 ふかふかのタオルで尻の窪みまで拭われて、足首の水滴全部も拭き取られて。夢の中のような出来事。「保健室」と書かれたブリーフを履く屈辱よりも、先生が、俺だけを見ている、その事実がずっと頭を占めている。
「んー、あと30分かー…丁度いいや。こっちおいで」
誰も居ない物置。バラバラに置かれた机と椅子を適当に手繰り寄せた先生は、こっちに来いと手招きしてくる。
「朝ごはん食べてないだろ。給食までこれで我慢な」
 手に握らされた、個包装のチョコチップクッキーと、塩せんべい。
皆んなには内緒な、人差し指を当てながら言ったその言葉に思わず口が綻んだ。
「確認だけど、体調が悪いわけじゃ無いんだよな?」
頷いた。胸がやけにドキドキして、痛い。
「最近何かあった?嫌な事とか、友達と上手く行ってないとか」
違う。全く違う。自然と顔が下を向く。
「忘れ物も増えたし、授業も全然手上げなくなったしさ、」
「この前のテストだって、何も書いてなかったけど、本当に一問も分かんなかった?」
「わか、なかった、」
初めて発した言葉は掠れて上手く出せなかった。目の前がぐるぐるする。居心地が悪くて、せっかく先生と話せているのに逃げ出してしまいたい。
「算数の演習プリントも?」
「わかんない、わかん、なかった、」
「じゃあさっきのやつ、先生と一緒にやろっか」
さっきぶりの文章題。消しあとのない、新しいやつ。
「1番はさ、どこが分かんない?途中まででも良いから書いてみな?」
答えは8。計算式に書かずとも、頭の中は勝手に答えを導き出してしまう。分かんない?どこが、何が分かんない?どうやって分かんないって言えばいい?
「わかんない、わかんな、」
「とりあえず数字にマルしてみな?そう、それでね…」
 急に自分が気持ち悪く思えた。一生懸命に教えてくれてるのに、ふざけたことばっかり言う自分がすごく嫌になった。
「ちょ、保田、どしたの、」
ボロボロと溢れる涙は拭っても拭っても止まらない。
「わか、ない、わかん、ない、」
声が震えて、詰まって、息ができなくて。算数も、理科も、社会も、全部、全部全部全部分かる。なのに、何でこんな事をしちゃうのか、分かんない。何で熱もないのにこんなにしんどいのか、分かんない。自分の気持ちだけが、分かんない。


しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...